1:白亜の間
「ああ、クソ」
ウェルカムトゥ異世界、さよならマイライフ。
どこにでもいる三流大卒サラリーマンの俺、武生由晶34歳。アニオタでゲーオタでミリオタで、そのすべてがニワカ止まりという中途半端な独身素人童貞。小説家志望のラノベワナビーだったがその夢も叶わず、せめてキモオタで終わるのだけは避けようと身嗜みに気遣ってはみたものの、しょせん二次オタでしかない自分にはリアルな恋愛など無理ゲーだったのだ。
まあ、いい。どうせもう叶う筈のない夢だ。
なぜならいま、俺はどこぞの王国の城内にある、“白亜の間”とやらに転がされているからだ。
ここは異世界召喚を行う秘密の場所らしく、周囲にはローブをまとった魔導師らしき男がひとりと、ワシ王様ですといわんばかりの王冠かぶったヒゲのオッサン、何を塗ってんだか知らんけど白い仮面のようになった極厚化粧の中年王妃と、そのミニサイズコピーでしかない王女と思われる白塗りのアラサー女。どいつもこいつも蔑んだ目で俺を見ている。
そういう目には慣れてるけどな。問題は、その王族トリオの前に立つ甲冑姿の騎士たち。同じように鍛え上げられた大男が5人。こいつらは殺意を剥き出しにして俺を見据え、既に剣を抜いている。てめえら動くたんびガチャガチャうるせえんだよ、クソが。
「勇者殿、こちらへ」
白亜の間の中央に光っていた魔法陣は既に消え、そこから3人の若者たちが魔導師によって誘導されてゆく。
俺と同じく現代日本から召喚された、20代と思われるイケメン細マッチョと、体育会系ゴリマッチョ、それとリクルートスーツの女子大生風のゆるふわガール。
ウェーイでパリピな感じ(てのが実際どんなのかはもちろん知らんが)をぷんぷんさせたこいつらが、本来そこにいる王国筆頭魔導師だかの望んでいた勇者様御一行ということらしい。
……で、俺は?
中肉中背でショボくれ疲れた上に徹夜明けで顔が脂ぎった中年男、19800円のしわくちゃスーツを着た底辺社畜はといえば、いわゆる“たまたま召喚に巻き込まれただけの一般人”というわけだ。魔王を討つだか世界を救うだか全然興味も関心もないし、モブならモブでまったく構わないんだけど、王様を始めとした王国の皆さんはこの哀れなモブを生かしておくという選択肢はまったくないようだ。
なぜなら。
奴らは、見てしまったからだ。俺のステイタスを。
勇者様は無敵の体力と強靭な精神力、賢者様は膨大な魔力と凄まじい知識、聖女様は比類なき治癒能力とあらゆる聖霊からの加護、だっけ。聞き流してたんで細かいところまでは覚えてないけど、なんかそんな感じだ。
要するに、選ばれるべくして選ばれ、これからすぐ魔王城に行ってもレベル1でそこそこ無双出来そうなスペック。
そら結構。せいぜい頑張ってくださいな。
女の子は魔王を倒すまで元の世界に戻れないと聞いて泣き出したが、勇者と賢者――どっちがどっちか知らんけど――に慰められ王女と王妃に宥められ蹲ったままなんとか持ち直したらしい。
で、俺はというと。
ちなみにこの世界のステイタスは絶対値によるパラメータではなく一般人の到達限界を100とした数値になるのだそうだが……
名前:タケフヨシアキ
職種:**商人
階位:01
体力:23
魔力:31
攻撃:12
耐性:46
防御:66
俊敏:78
知力:63
紐帯:04
技能:
鑑定:51
転移:02
収納:84
市場:01
……ザ・ふつう。
わざわざ異世界から召喚しといて100を越えたもの、ひとつもなし。一般人の中央値とされている50を越えたものさえ、数えるほどしかない。この身体能力値は、騎士や兵士どころか平民の一般人としても並みかそれ以下なのだそうな。
でもこれ、あれだろ。“商人”とか“市場”ってことは、なんかチートスキルで異世界のレアアイテムやら最新コスメやら極上スウィーツやらを取り寄せたり作り出したりして仲間と金貨とコネクションをガンガン増やしてラブリーなハーレムメイツと幸せに暮らすってやつ? もしかして隠れ俺ツエー系じゃね? そうだよね? ね?
「期待外れも、ここまで来ると笑えんな。宮廷筆頭魔導師として、この責任どう取るつもりだ」
「申し訳ございません。こうなれば奴隷紋を刻み勇者様の贄として成長の糧にいたしましょう」
「ええ、それがよろしいですわ陛下。あんな下賤な者でも、その程度の役には立つでしょうね」
揃いも揃ってムスッとした顔で蔑んだ目を向けてくる魔導師と王族たちに、いくら温和な俺でもさすがにムッとした。
「奴隷? 贄? あんたら、ふざけんのもいい加減にしろよな」
「なにッ!?」
「そりゃあ、召喚やらなんやら掛かったコストがペイしないんだろうけど、それは俺の責任じゃなくね? だいたい、そっちの都合に勝手に引き摺りこんでおいて役に立つ立たないってどんだけ上から目線だよ。いいよ、別に特別扱いとか望んでないし、戦力外なら勝手に生きてくから。その代わり、こんなバカ騒ぎに巻き込んだ賠償金を払えよ。金貨の100枚ももらえばこんなとこ出てってやるからさ!」
発言の途中で、不穏な空気を感じはしたのだが、あいにく安定の徹夜明けハイでデリカシーとか飛んでた俺には、手遅れになるまでそれがここまで大ごとになるとは思っていなかったのだ。
騎士から殴り飛ばされ、魔導師から電撃を受けた俺は悲鳴を上げて転げ回った後、すっかり変わってしまった場の空気に戦慄した。
スーツも焦げてるし、髪も燻ってるし、何より騎士たちが全力で殺気立ってる。
「無礼な」
騎士のひとりが冷たくそう言って、剣を抜いた。残りの騎士たちも次々に抜剣して、話は振出しに戻る。
イマココ。哀れな俺が、無残に殺されるのを待つって場面だ。
クソが。
「貴様が暴言を吐いたのは、世界最大最強の超大国、我らがサリアント王国を統べる国王陛下であるぞ。上位貴族どころか王族でさえ許しを得ぬ直言など言語道断。その至高の存在を前に、なんたる不敬か!」
あら。これ、あれだわ。最初の会社クビになったときのやつだわ。
ろくに段取り教えもしないでアホみたいな量の仕事を無理やり突っ込んで、成功したら自分の手柄、失敗したら俺の無能のせいにしたバカ課長を罵倒したら、それが社長の息子だったっていうね。
見事に失態でっちあげられて馘首された上に賠償金請求されたんだっけか。全力でバックレたけど、残業代どころか最後の給料さえ取れなかったという、まあ冴えない話だ。
成長してねえな、俺。
前回との違いは、今回クビが飛ぶのは“物理的に”ってとこだけだ。
――しょうもねえな、おい。ホント、俺の人生ってば、最期までどうしようもねえ。
振り被られた剣を、俺は静かな思いで見つめた。