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ある愛の詩  作者: 瞳夜
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要求は自己申告でお願いします。


 「好きだ」

 「……ありがとうございます?」

 「どうして疑問形なんだ」

 「一応好意をいただいたわけですからお礼を申し上げるのが礼儀かなと思いましたので」

 「……。そうか……で、返事は?」

 「ですのでお礼を申し上げましたが?」

 「だからっ、……求愛の返事を聞いているんだ」

 「求愛の返事と申されましても……私もお慕い申しておりますと言えばよろしいのでしょうか?」

 「……っ……もういい……」

 「そうですか。では仕事が残っておりますので失礼いたします」


 (帰ってきたと思えばいきなりなんだろう……?)


 ぺこりと軽くお辞儀をして二人きりの空間から出て行くが、一体何がどうしてあんなことを言い出したのか。

 近衛騎士として王宮にお勤めしているロディウム様のことをそれほど知っているわけではないが、戯れで愛を囁く人ではないはずだ。

 真面目で勤勉。

 確か世間の評判はそんなものだったと思うし、私がこの館に預けられたときの彼の対応を思い出しても間違っていないと思う。それに『優しい』と『おおらか』を付け加えたら完璧だろう。

 だからこそ一体何があったのかと心配してしまう。



 この時代、貴族の『愛のささやき』なんぞその辺に掃いて捨てるほど転がっているし、恋愛遊戯を楽しんでいる紳士やご婦人方はいくつになっても愛人を囲ったりしている。それらは夫婦や恋人の暗黙の了解の上に成り立っているのだろうが、よくまあ下らないことにお金と時間を割くなと感心することしきりだ。さすがお貴族様だ。

 ……まあ、かくいう私もそのお貴族様の戯れの果てに生まれた存在なのだけども。


 私、エディアナ・プロッドは、プロッド商会の娘であるアリアナ・プロッドとビュレイス伯爵であるオーギュスト・ビュレイスとの恋愛遊戯と打算と駆け引きの結果としてこの世に生を受けた。

 貴族の愛の言葉が道端の石ころなら、庶子はちょっと珍しい雑草か。言われれば気づく程度で、気づかなければ誰も気にしない。しかし気づかれてしまったなら……まあそれなりの待遇が待っている。


 町中での陰険な陰口なんて可愛いもので、貴族、それも正妻側につく家からは嘲笑しながらも無視という高等技術を駆使され、伯爵家からは継承権を持たない女であるが故に駒として使おうという算段が見え隠れし、母親や祖父母からは商売に有用な商品と同じように扱われ、一歩間違えれば悲惨な人生を送るハメになること請負の生活だ。

 しかし実際には商魂たくましい母親の血と、女遊びの好きな図太い神経の父親の血を受け継いだからか、悲嘆に暮れることもなく日々淡々と生きているので悲劇の女主人公になる予定は今までもこれからもない。

 ただ問題は適齢期を迎え、そろそろ両家ともに駒として私を使おうとし始めたことだろう。当たり前だが私の人生に『おとなしく駒になる』なんて予定もない。


 女好きな伯爵とは言え、それなりの地位にいる男に他の愛人を切らせて自分一人に向き合わせた母親譲りの顔と体を卑下する気は微塵もない。

 どのような物であれ、元がどれだけ素晴らしかろうが手入れを怠れば質が落ちるのは自明の理である。だから私は己の『美』を維持するためにそれなりの手間暇をかけている。何も持たないどころか負の面の多い私の価値を少しでも上げるのが自由獲得のための布石だ。

 そのことで両親双方の思惑に拍車がかかったとしても私には関係ない。あくまで私が私を高く売るためにしていることにすぎないのだから。

 なので、それなりの容姿と曰く有りの生まれで私を愛人に、というような申し出はここ最近ちらほらと受けている。どうせ裏では父親側か母親側が一枚噛んでいるのだろうが、それを受ける理由は私にはないわけで。

 けれどもいつまでものらりくらりと躱せるほど世の中が甘くないのも当たり前なわけで。

 私はしっかりと男の選定に入っていた。


 贅沢は言わない。

 真面目で優しく、私を個人として認めてくれるならそれでいい。経済力その他、世間で言われる男の甲斐性など女がどうにでも出来る。

 ただ、本当に、根本的なものだけは他人がどれだけ腐心してもどうしようもないのだ。……ウチの両親のように。


 今まで言い寄ってきた男の大半は父親と同じ種類の人間なので問題外として、先程のロディウム様のように真面目な男性は最優良物件と言ってもいいだろう。

 それなりの浮名は聞くが、修羅場や別れた後のイザコザは聞いたことが無い。……まあそのほとんどが女性側からの秋波を受けて、それが途絶えただけというものだからかもしれないが。


 だから全くわからない。そんな人がなぜ私なんかに愛の言葉を囁くのか。



 「別に金銭的な恩恵もないだろうし……」

 侯爵家の次男だ。それも華々しい近衛騎士。お金にも女にも不自由などしていないだろう。

 (何かの懲罰的な?)

 醜態を話の種や酒の肴にすることもあるから、可能性としてはそっちのほうが高いなとロディウム様に同情していると、まさかの声が。


 「あら。それはお手当の値上げのおねだりかしら?」


 「いいえ! そんな、滅相もございません、奥様!」

 思わず礼儀作法を忘れ、ぶんぶんと顔を横に振ってしまうくらいには驚いた。



 今日の来客の確認のために応接控室に来たのだけど、扉はちゃんと閉めたはずだ。

 慌てて膝を曲げて頭を垂れると謝罪の言葉を続けた。今ここを解雇されたら困る。

 「仕事中に申し訳ございません。……少し実家の商いのことで考え事をしておりました」

 私を行儀見習いとして頼み込んだのは父親だろうが、母親のことも知っているはずだ。

 「まあ……いいのよ。そうよね。あんな話が流れていれば心配もするわよね。当然よ。でも家には何の連絡も入ってきていないし、ただの噂話でしょうから貴女は何も気にすることないわ」

 「お気遣いありがとうございます。侯爵夫人のようなお優しい方の下で見習いさせていただけておりますことに感謝の言葉もございません。母も祖父母もさぞ喜んでいることでしょう」

 実際両手をあげて喜んでいたので嘘ではない。これで侯爵家と縁を持てたと。

 (しかしアシュリー侯爵家にまで噂が流れてきてるのか……やっぱりもうダメだな)


 なんてことはない。贔屓にしてくれていた家がお取り潰しになっただけの話だが、その家を通じての不渡りが尋常ではない金額に膨れ上がってるはずだ。今さら父が……伯爵家が援助してくれるなんて都合の良い話もないだろうから、遅かれ早かれプロッド商会が潰れるのは決定事項だ。

 残念ながら今後の身の振り方を今まで以上に真剣に考えないといけないことになった。

 このままだと”援助”と引き換えに身売りさせられる未来はそう遠くないだろう。


 (それまでにどうにかしないと……)

 当たり前だが私の人生設計に『借金の形になって家族を助ける』なんてものも入っていない。



 「……そう言えばロディが帰ってきていたようなのだけど、何か言っていたかしら?」

 「いえ、特に何もおっしゃっておられなかったと思いますが……」

 「そう?」

 「はい。ですが私以外に誰かが何かを聞いているかもしれませんので、確認してまいりましょうか?」

 今日の予定にロディウム様関係の訪問客はいなかったはずだ。しかし突発的な来客もいる。なんてったって今をときめく近衛騎士様だ。先日の王女救出の際にも大活躍したと聞く。

 今までにも、どこから聞きつけたのか訪問の先触れもなく帰宅を狙って突撃してくる猛者がいたが、これからもっと増えるかもしれない。

 「……しなくていいわ……何もないならそれで。ああ、いえ、そうね。いつまでいるのかロディに聞いてきてくれるかしら?」

 「かしこまりました。どなたにご報告をすればよろしいでしょうか?」

 「ワードにお願い」

 「はい。では失礼いたします」

 あの有能すぎる家令ならそんなことは既に知っているんじゃないかとも思うが、夫人から直接言われたなら仕方がない。これも仕事である。

 本日の来客予定まであと一時間ほどあるが、来るのは結構時間にいい加減な子爵だ。いつでも対応できるように準備をしておきたかったが、先に簡単な用事を済ませるくらいなんてことはない。


 例えそれが今さっき微妙な空気で別れた相手だったとしても。




 「……と言うことですので、ロディウム様はいつまでご滞在予定でしょうか?」

 「……明日の朝には帰る。今回はゆっくりできる時間がないからな」

 「そうですか……お夕食はこちらでお召し上がりになられることでよろしいでしょうか?」

 「ああ」

 「かしこまりました。……お寛ぎのところ失礼いたしました」

 仕事として聞きたいことは聞いた。が、もう一つ個人的に聞きたいことをどう聞けばいいのか結局わからないまま、先ほどと同じように部屋を出ていこうとしたら小さな声で呼び止められた。


 「……なぜ帰ってきたのか聞かないのか」

 「私はそのような立場におりませんが……?」

 なんだか真剣に心配してしまう。いくら次男とは言え、侯爵家の人間がこれではダメだろう。

 (ワードさんに一応報告しとこうか……)

 なんだかお疲れのようである。急な帰宅といい、王宮で何があったのか知らないが、こんな風情ではその辺の涎を垂らした肉食女に美味しく食べられてしまうんじゃないだろうか。もしそんなことになって相手の女性が妊娠でもすればアシュリー侯爵家としては頭が痛いだろう。ある意味当事者だからその辺りの気持ちは痛いほどよくわかる。

 どんなコネか知らないが、庶子でしかない私を行儀見習いとして寛大に受け入れてくれた家だ。回避できる問題はできれば回避させてあげたいと考えるくらいには恩を感じているのだ。


 「そうだな……。お前はいつもそうだ。そうやって誰にも笑顔を振りまくくせに誰も懐に入れない。誰にも心を許さない。……俺にさえ」


 (あ。ダメだこれ。完全に自分の世界に入っちゃってる)


 最近は名前を聞かないので知らなかったが、誰かとまた何かあったのだろうか。と言うかまたフラレたのだろうか?

 今までこんなにも落ち込むようなことがなかったからあまり気にしていなかったのだが、結構深刻な精神状態なのかもしれない。

 誰に向かっての吐露なのかわからないけれど、私にできることなんてたかが知れているだろうけど、それでも慰めたくてそろりと足の向きを変えた。

 そうしてカウチに気だるげにもたれこんだ体の前に膝をつく。


 「……何があったのか存じませんが、僭越ながらこのような状態のロディウム様を心配する気持ちは私でも持っております。ただ、私はただの接客使用人にすぎませんので……もし私に何か望んでおられるのなら、ロディウム様から示していただかないと私からはどうしようもございません。何か私にできることがございますか?」

 はい。何か要求があるならちゃんと言葉にしてください。使用人(わたし)から何か言うとかするとか普通にありえませんから。

 (こういうところなんだろうな……)

 このロディウム・アシュリーという人物はどこまでも真面目すぎるのだ。相手を自分と同じ目線で見ようとする。

 貴族の一員でありながら、人は皆対等だと思っている。だから誰もに誠実に向き合う。こんな私にでさえ。



 「要望か……そうだな。じゃあ俺と結婚してくれと言えばお前は聞き届けてくれるのか?」

 「……」

 (はい?)

 今なんて?

 (え? 何かの聞き間違い? 普通こんな場面で言う言葉じゃないよね?)

 けれども榛色の目は真っ直ぐに私に向けられている。

 「えっと……どなたかとお間違えになっておられませんか?」

 ここにいるのは私だけですけれど。

 「間違ってなどいない。お前に……エディアナに言ったんだ。……ほらな。言っても無駄だろう? もういいから仕事に戻ればいい。……どうせ今の言葉もお前はなかったことにするんだろう」

 そう言って大きく溜息を吐いたかと思ったら、ロディウム様は静かに双眸を伏せた。

 (いえ、ちょっと待って下さい。一人で完結しないでください)

 わけがわからない。

 何がどうしてこんなことになったのか、頭がまったく追いつかない。

 けれども答えをくれる人は無言のままで。

 「……なかったことにしてほしいのでしたらそういたしますが……それでよろしいですか?」

 (何かの弾みと言うこともあるし……それか何かの賭け事で負けた罰とか……)

 先程浮かんだ推察を思い出す。

 どれだけ私の心臓がうるさかったとしても、今の言葉をそのまま鵜呑みにしてはいけない。目の前にいるのは侯爵家の次男でもあり、王女を救った、引いては国を救ったと言ってもいい英雄の一人だ。私なんかに求婚なんてするはずがない。


 「……」

 確認のためにしばらく待っていても、目の前の口は開かれない。

 目も伏せられたままで、手持ち無沙汰に長いまつ毛を数えているが時間は刻一刻と過ぎていく。この後は来客への準備もしなければいけない。仕方がないのでこの辺りが限界と小さな溜息一つで膝を伸ばした。

 まあ、人生とはこんなものだ。思うように進まないことのほうが多い。

 今の言葉の真意がわからないまま、一礼して出ていこうと背を向けた瞬間。

 腕を思いっきり引っ張られた。

 「……っ!」

 近衛騎士の、それも筆頭騎士にまでなったような人だ。体格差がありすぎる。そんな男の人に力を入れられたら、私なんてあっという間に腕の中に囲われて逃げられない。

 痣になるんじゃないかと思うほど抱きしめられ、痛いと抗議する前に……耳元に声が落とされた。

 「嫌だ……」

 腕の力とは正反対の頼りない声に思わずドキリとした。

 その声はまるで子どもが精一杯抗っているときの心の声のようで。


 「……ではそうしますので、少し力を緩めていただけませんか? ……さすがに結構痛いです」

 ゆったりしたカウチとは言え、恵まれた体格のロディウム様が座っていればそれほど余裕はない。その上不安定な形で抱きしめられているのだから体のあちこちが痛い。

 「……っ、すまない……!」

 抱きしめられたときもそうだったが、離されるのも唐突すぎて思わず笑いがこみ上げる。どうして侯爵家の次男なのにこんなにも不器用な子どものようのか。

 まるでそれこそがこの人の人となりを表しているようで、淡い、柔らかくて温かいものがぷくぷくと湧き上がってきては胸の中を占めていく。

 しかしそれはそれ、これはこれで心を厚く鎧った。悲しいことに私はおとぎ話の恋愛にうつつを抜かしていられるような立場ではないのだ。

 ロディウム様がどうしてこのようなことをするのか、その真意を質さなくては先のことも考えられない。


 「今ロディウム様が仰ったように先程の言葉をなかったことにしないとしますと、困るのはロディウム様やアシュリー侯爵家の皆様だと思うのですが……失礼ながらロディウム様はどのようなお心づもりで先程私と結婚などとおっしゃったのでしょうか? ……それとも結婚とは単なる言葉の綾で、私に母と同じような立場になることを望まれているのでしょうか?」

 なかったことにしないでくれと言うのなら、からかったのではないのだろう。

 だが父親が伯爵とは言え私はしょせん庶子だ。侯爵家とは身分が違いすぎる。

 庶民が正妻になれるなどと夢見るのは何も知らない子供くらいだ。

 相手がロディウム様でなければ小首を傾げて幼さと媚をたっぷり含んだ無知な女でも演じて問うところだが、この人相手にそういうやり方はしたくない。だから先程と同じように屈んで目線を合わせ、まっすぐに見つめる。

 「そんな下衆なことは望んでいない。俺はお前を……いや、貴女を正式な妻として迎えたいんだ」

 「いえ、それは無理なのでは?」

 同じようにまっすぐ返ってきた眼差しに思わず素で言い返してしまったが、しまったと手を口に当てた私を見てロディウム様はおかしそうに笑った。

 「無理じゃない。そのための”褒美”だ。侯爵家は兄が継ぐが、男爵は俺が継ぐ。男爵領はそれほど広くないが、普段は王宮にいるだけの腹芸の出来ない俺が上手く回せるはずがない。だから……エディアナが上手く治めてくれないか」

 「……!!」

 ふわりと投げかけられた微笑みと名を呼ぶ声に、一気に体温が上がったのがわかった。心臓もさっきよりけたたましく動いている。

 「……身に余る嬉しいお申し出ですが……でも……いくらお優しい侯爵や侯爵夫人でも一族の手前もありますし、その……私のような者との結婚などお許しになられるはずがございません」

 優しい笑顔と甘い言葉に流されそうになるが、階級に厳しい貴族社会だ。侯爵じゃなくて男爵だとしても同じこと。ありえない夢を見るなと、痛いほどうるさい心臓に言い聞かせるために何度も小さく深呼吸する。


 それなのに。


 「なぜ? 貴女はビュレイス伯爵家の息女だ。ビュレイス伯爵家から行儀見習いとして我が家に……侯爵家に来ているに過ぎない。そんな貴女を娶るのに私のほうが相応しくないくらいなのに? ああ、だからそんなことを言って断ろうとしてるのか? 男爵程度ではダメだと?」

 「そんなこと言ってませんし思ってません!」

 なんだか懐かしいような声音で”建前”を述べられ、あまつさえ貴族の令嬢にするように手の甲に口づけられて頭が混乱する。さっきからおかしいことばかりだ。なぜこんなことになっているのか。

 ロディウム様のほうが相応しくないとかありえない。そんな話じゃないのは彼もわかっているはずだ。


 「ならば私が……俺が嫌いか?」

 「ですから、好きとか嫌いではなくて……」

 絶対的に身分が違う。釣り合うはずがない。私のことで、彼が悪しざまに嘲笑われるのだけは嫌だ。

 まったく動かない頭で精一杯そう言ったのに。


 ロディウム様は嬉しそうに笑ってから再び私の体を抱き寄せ、体だけでなく心の逃げ道まで塞いできた。


 「いいや。好きか嫌いかだけだ。他に何の問題もない。エディアナは俺が嫌いか?傍にいたくないほど? こうやって触られているのも苦痛なくらい? それほど嫌いなら諦める」

 「…………」

 「聞こえない。エディアナは俺が嫌いなのか?」

 「……嫌い、ではありません」

 本当は嫌いだと言わなければいけないのに。頭ではわかっているのに。

 布越しに感じる逞しい体に心が嘘を吐くことを拒否してしまう。愚かな夢を見そうになってしまう。


 取られた指が微かに震えているのに力強い大きな手が握り返してくるから、揺れる視界の向こうにある、微塵も揺らいでいない視線に安堵しそうになる。


 「じゃあ何の問題もない。正式な手続きは明日にでも宮に戻ってしてくる。……これからはエディアナは俺の婚約者として、将来の妻としてこの家にいるんだ。誰にも、どこへも連れて行かせない」

 強引すぎる結論に抵抗するよりも先に、なぜかその物言いに引っかかりを覚えた。

 ただの愛のささやきにしては何かが違うような気がしたのだ。そもそもロディウム様はこんな風に強引に物事を進めるような人だっただろうか?

 「あの……?」

 だけど何をどう言えばいいのか。そもそも婚約者も何も侯爵夫婦や兄上、その他の親族になんと説明するというのか。

 そんな私の疑問や戸惑いを見透かしたように、またしても笑って口づけられた。……今度は頬に。

 「……お前は何も心配しなくていい。父上も母上も了承済みだ。俺がエディアナから結婚の承諾を得ることだけが条件だったからな。後はワードが全部する。だから何も心配しないで今まで通りずっとここにいろ。今度からは俺の婚約者として客に対応すればいい。誰にも文句なんて言わせない」


 ……そうして唇に。


 「もうお前は俺のものだ……もう二度と誰にも下衆な事は言わせないし触らせない」


 初めての口づけでなのか、零された言葉でなのか。

 私はくらりと目眩に襲われた。


 (知られていたのか……)

 愛人にならないかと誘われていたことを。迫られていたことを。

 ……時には身の危険すらあったことを。


 もちろん侯爵邸だ。強姦なんてされるはずがない。それでも舐めるような、品定めするような視線だけでなく、性的な接触を匂わせて触れられることはあった。”見習い先”を変える気はないかとのあからさまな誘いまで。


 「披露目は近々行うとして……それまでどうやって……ああ、これを身に着けていればいいか」


 衝撃なのか羞恥なのかわからないが、言いようのないいたたまれなさで目を合わせられずにいると、ずっと握られていた手が刹那離され、再度掴まれた。

 「お前の細い指にはここでも大きすぎるだろうが、しばらくはこれで我慢してくれ。披露目までにはちゃんと相応しいものを用意するから、それまで落とさないでくれよ?」

 そう言いながら親指に嵌められたものは……

 「……!! っ駄目です! ロディウム様、こんな大切なものを私なんかに……!」

 そこにあったのは剣と盾を従えた王家の紋章……近衛騎士の証明でもある指輪。それも一定の階級以上でないと与えられないものだ。

 慌てて外そうにもがっちりと手を掴まれている。

 「ロディウム様……!!」

 驚愕と懇願で見つめるも、そんな私を見て更に笑みを深めて全く力を緩める気配がない。

 「いいんだ。これで誰もがお前は俺の伴侶だとわかるだろう? 団長や陛下には俺からきちんと説明しておく。ただし、失くすのだけはやめてくれよ? これが大切なものだとわかっているのなら、俺のためにも肌身離さず持っててくれ」

 「そんな……無茶苦茶です!ロディウム様がご自分で着けていらっしゃればよろしいじゃないですか!」

 こんな分不相応な恐ろしいものをずっとしていろだなんて。

 「じゃあ、言い寄ってきた男にエディアナは毎回自分の口で俺の婚約者だと言うのか? それならそれでいいが、証明してみせろと言われたらどうするんだ? その度に俺が出向くのか?」

 「それは……」

 不可能だ。王宮からここまでそれほど離れているわけではないが、忙しいロディウム様にそんなことを頼めるはずがない。元より頼むつもりもない。

 「ほらな。これが一番手っ取り早いだろう?」

 少しだけ意地悪な顔で笑う自慢げな表情のロディウム様とは反対に、私は泣きそうになってしまった。

 一体どうしてこんなことになってしまったのか。


 「これからもよろしくエディアナ」


 それでも嬉しそうに笑うロディウム様を目の前にしては


 「はい……」


 肯定の返事しかできなかった。





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