リリス⑦
「…話を戻すぞ」
しばらくの沈黙の後、リリスは無表情で小さく呟くように言った。
京の返答は待たない。
「この能力にはいくつかの制約があると言ったな。順に言っていくからよく耳をかっぽじって聞くがいい」
1.無から有は産むことはできない。逆もまた同じ
2.威力や精度、強度などは込めた血液と魔力量に比例する
3.元となる物体(父親)の質量、体積を超えるものは作れない
4.無機物から生物を産むことはできない
「概ね理解したが、なかなか難しい能力だな」
「足りない頭をよく使うがいい。カッカッカ! しかもお前の場合、妾より魔力が少ないからかなりの血を失うことになるしの」
「いや、それ初耳! お前より魔力量が少ないのはわかるよ。100分の1になってても元は悪魔だし…。ちなみにどれぐらい必要になるんだ?」
「お前の微弱な魔力量じゃと…妾の一滴がお前の三十滴ぐらいかの…まぁ、物体を血で染まるぐらいの量は覚悟しておれ」
「なんか俺、能力使ってるうちに勝手に死にそうなんだけど…」
大量の血液と父親となる物体を必要とする能力だが、なかなか思ったよりは悪くない。
血液の問題は山積みだが、血液量を増やすって方法は難しそうだ。
輸血パックを持ち運ぶか?
いや、推測だがおそらくそれは意味のないことだろう。
父物体は最低限持ち運べる物は持って後は現地調達が吉か…。
馬鹿みたいに武器を持ち運べば逆に戦いに不利になりそうだ。
さっそく京は能力の使用について思慮する。
問題は多いとはいえ、確かに汎用性は高く使い所さえ見極めれば戦況を有利に戦えそうな能力だ。
リリスが『すごい能力』と言ったのも頷ける。
「いいかユダ。この能力を使うにあたって最も重要で難しいのはイマジネーションを最大限に発揮することじゃ。戦闘中ともなれば身体は目まぐるしく動かなくてはならぬものの頭ではどんな力を授けるか鮮明に考えておかなくてはならん」
「それは…難しそうだな…。授業をちゃんと聴きながらノートもとってるのに頭では妄想を膨らませてないといけないってことだろ?」
授業、ノートという言葉にイマイチぴんときてないようでリリスは首を傾げながら自信なさげにちいさく頷いた。
「あ、そうだ。魔力量の底上げって可能なのか? 魔力量が上がる方法があるなら血液問題は早めに解決できそうなんだが」
対してリリスは難しそうにう〜んと唸った。
「魔力量に関しては生まれ持ったものじゃからのぅ…。今お前には妾の魔力を一瞬流したことにより元々潜在的にあった魔力を呼び起こしたに過ぎん。人間誰しもが魔力を持っているが普通は蓋をされた状態で眠っているものじゃ。まぁ、中には呪術師、超能力者、預言者などとして現代にも魔力を活用しておる人間もいるが…魔力を増やすということは魔力の入っている器を大きくするということ。つまり人外、悪魔や神に近づくことになる」
「結論は厳しいってことか…」
「今のところはの。もしかしたら何か方法があるかもしれん」
「じゃあ、魔力をなんつうか…こうお前の能力を使うだけじゃなくて他に…例えばかめはめ波や霊ガンみたいに魔力を飛ばして攻撃するとかそういうのはできないのか?」
悪魔がかめはめ波や霊ガンを知るはずもなく、リリスは渋い顔をして京をじっと見つめる。
「なんとなく言いたいことはわかるが…そういうのはできんときっぱり言っておく」
そう言った後にリリスはだが、と付け足した。
「魔力が起きたことによって身体は幾らか丈夫になってるはずじゃ。さらにディアボロスカードを持っているうちは少しだけ身体能力も向上しておる。そのぶん身体は疲労するがな」
アニメや漫画のヒーローみたいにド派手ことはできそうにないが、魔力の恩恵はそれなりにありそうだ。
踏み込んだ非日常のはじめの一歩に少しだけワクワクしている自分がいることに京は気づく。
次はいかに能力を駆使して他の契約者からカードを奪っていくか、それを考えなくてはならない。
「おい」
与えられた情報でどう戦うか試行錯誤を始める京にリリスはすっかり冷めてしまったカレーをスプーンで突きながら呼びかけた。
「一つ忠告しておくが、お前は賢者を装ったうつけじゃ」
急なその言葉に京はむっとするが、自分の考えていることをすべて見透かした上での忠告なのではないか、そう少しだけ思い悪魔は本当に恐ろしい存在だと再認識した。