リリス②
「う〜ん…色々言いたいことあんだけどさ…とりあえず危ないから降りなさい」
そう言って少女の脇を抱えて柵から下ろしてちゃぶ台の横に座らせてみる。持ってみてわかったが、驚くほど少女は軽かった。
よくよく見れば可愛い顔立ちをした女の子だ。
綺麗で小さな鼻にぱっちり二重の大きな瞳。肌も白く、外国の子だろうか幼いながらもすごく顔立ちの整った子である。
「えっとさぁ…ここ二階だぞ? どうやって入ってきた? 親は? なんでこんな夜に俺ん家なんて来たの?」
「くっくっくっ…また会ったなユダ」
京の質問に対してまったく返答せずに生意気な笑みを浮かべる少女。
だめだ、会話にならないと京は少しだけ眉をしかめた。
「あんなぁ…悪戯かなんか知らんけどさぁ…俺はキミみたいな子と会ったことなんてないよ?」
「とぼけるでない。妾の顔を見ても思い出さぬか?」
そう言って少女は自信満々に含み笑いを見せる。
なんだよこの子…自分のこと妾とか言っちゃってるよ…たぶんアニメとかで間違った日本語覚えたんだろうなぁと思いつつ、京は首を横に振る。
「思い出さぬ」
「な、何を言っておる! 会ったじゃろーが! ほら今日! さっき!ほんの数時間前に!」
「会ってない」
予想外の返答に戸惑ったのかあからさまに焦り出す少女は目を泳がせながら京の前に顔を突き出した。
「ほれ! この顔!」
「…いや、だから会ってないって…」
「な、ならばこのナイスバディな胸を見よ!」
そう言って胸を突き出す少女。
見事に真っ平らな平地である。
「し、尻を見よ! このハリのある尻を!」
なんなんだこの子…。
頭おかしいのかな…。
少女もテンパっていたが、その様子をみて京も困惑してきてしまう。
「あ〜…兄ちゃんはキミのことなんて知らないからさ…ほら帰りなさい。送ってあげるから…お家はどこ?」
「こ、子供扱いするな!」
「あとね、忠告しておくけどそうやって胸やお尻を突き出すのはやめようね。お兄ちゃんがたまたままともだったからよかったけど、もしそう言う人だったらね…ほら…」
顔を真っ赤にして駄々をこねるように喚き散らす少女を抱えて玄関に向かうと少女は大声で叫んで、京の背中を蹴飛ばした。
「今日の夕方、おまえの手帳を拾ってやったじゃろーが!!」
「は?」
蹴られた痛みなんてまったくなかったが、その言葉に京は固まる。
あれ? 俺の手帳を拾った? 今日?
「そう、あれは確か書店の前じゃった! お前が貧相な胸のツリ目の女に叱られた後じゃ!」
いやいやおかしい。
あれ拾ってくれたのすっごいエロいお姉さんだったもん。
こんな幼女じゃない。
「やっと思い出したか!」
固まる京を見て勘違いしたのか、少女の顔にぱっと明るい笑顔が咲いた。
たまたまその場を見ていた少女が自分をからかいにきている…そうとしか考えられない。
考えられないが…容姿は確かにあの女性を幼くした感じの少女。
目はルビーのように真っ赤で澄んだ瞳をしていて綺麗な黒髪。肌は真っ白で…いやいやありえない。きっとあの人の子供かもしくは親戚の子が話を聞いてからかいにきたのだろう。
「おぉ! そうじゃった!」
京が悩んでる間に少女は部屋の隅にあった姿見に映った自分を見て、ポンっと手を叩いた。
「妾としたことが…確かにこの姿では信じるものも信じられんじゃろうて」
そう言ってケタケタと笑うと少女の姿が煙に包まれてほんの数十秒だけあの夕方にあった美女の姿に変わった。
「ほれ! どうじゃ!? 思い出したか!?」
元の姿に戻ると少女は京に駆け寄って嬉しそうにきゃっきゃっと笑いながら下から京の顔を見上げた。
「お、思い出したけど…てか美女のことは鮮明に覚えてんだけどさ…」
言葉尻を切って、京は震える手で灰皿に転がっていたほとんど残っていないタバコを咥えて一吸いして上を見上げながら煙を吐き出す。
「…頭がついていかん…」
「くっくっくっ。ビビったか? ビビっておるのぅ?」
少女は得意気に笑って、ふんっと胸を張った。
「妾はリリス。悪魔じゃ!」
そしてこんなふざけたことを高らかに言う。
「あぁ…頭いてぇ…悪魔? リリス? リリスっつうとあれだな…最初の悪魔を生んだ女…」
「そう! それ妾!」
「リリスがこんな幼女かよ…信じらん…」
「馬鹿者! この姿は人間界での魔力不足による影響じゃ! 本来の姿こそ先ほど見せた姿よ!」
「あーなるほどね…。信じたくねーけどさっきの変身見せられたら信じるしかねーよな…」
なに満足したのかリリスはうんうんと大きく頷いた。
「それで悪魔のリリスが俺に何のようなんだよ?」
京の言葉にリリスは待ってましたと言わんばかりに顔を輝かせて前のめりになった。