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shout at the devil 〜悪魔に叫べ〜  作者: 春野まつば
第1章
23/25

ユダは銀貨30枚でキリストを売った


「どうしたの? 難しい顔して…」


「い、いや別にーー」


 のぼせそうになっていたことなど忘れ、夢中に敵の意図、そして打開策を見出すため水面を見つめながら唸るリリスにようやく気付いたマリアは尋ね、数秒。


「あんの…クソ男どもが…」


 無表情に、静かに呟くと近場にあった風呂桶を手に取るや否や覗き用スマホに投合。

 それに当たる寸前、弓矢から逃げる小動物、または丸めた新聞紙から逃げるゴキブリのように素早く窓の外に引き抜かれた。


「…お風呂出るわよ…」


「う、うむ」


 ゆらりと身体を揺らし、目を怪しく光らせてマリアはゆっくりと脱衣所へ向かう。

 中には京やインキュバスがいるというのになんてことをする、とは言えずに怒りに満ち溢れた亡霊の如きマリアの背を追いながら、リリスはそう返事をすることしかできなかった。




「…スマホ」


 焦り、逃げ出そうとしていた覗き魔二人を俊足で捕らえ、芝生の上に正座させてマリアは短く言うと手のひらを上に向けて京の眼前に突き出す。


「な、な、な…どういうことじゃ…なぜユダたちがいる…敵に捕まったのではないのか…」


 一人状況についていけないリリスは当惑するが、


「リリスちゃん…こいつら盗撮したのよ。あたしたちの裸を」


「な、なんじゃと!囚われたのではなかったのか!… …し、しかし裸ぐらいどうということもない気がーーしないわけない!」


 射殺すような視線を横から感じてリリスは慌てて口に出そうとしていた言葉を修正する。


「おいこら…早く出せつってんでしょ…」


 一向に出てこないスマホに痺れを切らし、マリアは急かすように手を振る。

 しかし、京はそれにも反応しない。

 俯いたままピクリとも動こうとしないのだ。


「あんたこれ何度目よ…早くスマホ出しなさいってば!」


 堪らず、胸ぐらを掴み揺さぶるとようやく京はマリアに顔を向けた。


 宙をぽ〜っと眺めながら先ほど、リリスが見た気がするような顔だった。


「み…魅了…?」


 そう先ほどまでのマリアと同じ表情。

 虚空に焦点を定め、人形のように力なく座る姿はインキュバスに洗脳されたマリアに瓜二つであった。

 あまりに酷似したその状態に思わず呟いてしまったリリスの言葉を聞いて、マリアは凍てつくような視線を横のインキュバスに向ける。


「な!! き、貴様! ユダキョウ! 裏切り者め! ボクに罪を着せようというのか! し、信じてくださいマリアさーーぷぎょッ!!」


 ドッ!という鈍い音が深夜の真っ暗な空に向かって響いた。

 無論、原因はマリア。

 風呂場から持ってきた手桶を思いっきり振り抜いたばかりか、当てに行ったのは一番硬い角。

 苦悶の顔に脂汗を滲ませながらインキュバスは悶絶する。


「き…貴様ユダキョウ…ユダは銀貨三十枚でイエスを売ったと言われるが…まさか盗撮動画一本で悪魔をも売るとは思わなかったぞ…」


 魅了されたフリをしつつ、京は心の中でそれを否定する。


 動画は一本だが、約五分の大物。

 フレーム数で数えるならば静止画九千枚。

 銀貨三十枚よりも淫魔との友情よりもエロ画像九千枚だ。

 そしてなにより俺は悪魔と違って無敵に近いほどタフじゃない。

 あの手桶でボコボコに殴られたら死んじまう。


俺は人のことより自分の命を優先する。そういう人間だ。


 悪いなインキュバス。


「しかしおかしいのぅ…」


 意地悪そうにほくそ笑みながらリリスは京の頬を引っ張る。


「なにがっ!「ピィギッ!」おか!「あがぁ!」しい!「もふっ!」 の!!」


 何度も何度も手桶でインキュバスを虚けるマリアは尚も手を緩めることはせず、リリスに問う。


「妾の記憶じゃと…」


 顎に手を置いて遠い記憶を思い出すように、



「魅了は異性にしか効力を発揮しないはずじゃ…」



 わずかにだが、京の肩がピクリと波を打った。


「リリスちゃんそれ詳しく」


「詳しくと言われても妾の能力ではない。本人に聞くのが一番じゃろ」


「そ、そうです! マリア様! ボクの能力は異性にしか効力を発揮しません! ボクの場合女性しか魅了状態にすることはできません! というよりも…ボクがマリア様をあのような状態にしたのは魅了したからではありませんし…」


「ということはだ…同性なのに魅了されているユダはウソをついているか…はたまた『ホモ』か…ということになるのぅ」


「バカか! 俺はホモじゃねー!! 女好き好き大好き!!」


 思わず反応してしまい、京はしまったと顔をヒクつかせた。


「…変態…覚悟はできてんだろーな」


 手桶を手のひらでパンパンと叩きながらマリアは京に歩み寄る。


「ご、ごめんなさい…」


 この後、京はめちゃくちゃボコられた。

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