背に乳首を感じながら
ぽけ〜っと何かを考えるわけでもなく、そろそろ背中越しに感じるマリアの乳首の感触にも慣れて来た頃にリリスははて?と首を傾げた。
無論、それにマリアは気付くことはなく、夢にうなされそうなほど同じ曲の鼻歌を続けている。
なんじゃ、あの黒い長方形のものは…。
いつの間にやら、小窓に置かれたスマホの存在にリリスは只々目を丸くした。
糸が巻き付けられておる…。
なにかの囮、いや、偵察の道具か…な、なんじゃあれは!
画面の中にユダとインキュバスがおるではないか!
言い争いをしておるようじゃが…まさか敵の攻撃によってあの四角い箱に閉じ込められたか…?
ただのスマホでの通話、ましてや盗撮をされていることなど露知らず、リリスはじっ〜とそれを見つめて思考を巡らす。
敵を箱に幽閉、監禁する能力を持つ悪魔などおったか?
いや、心当たりはない。
職能と違って悪魔の闘争的能力はおいそれと多種族に漏らすものではない。
有名税として知られてしまっているものもおるが、基本的には奥の手として隠しているはずだ…。
その証拠にリリスはインキュバスの能力が『魅了』であることは知っていたが、目を見る以外の発動条件を知らないでいた。
もし、自分からバラすようなことがあるならば相当の阿呆か知られても尚、己が能力に自信を持っておるものか…。
昔、退屈をしていたリリスがそこらの悪魔たちを集めて、能力のお披露目、さながらマジックショーの如く、大衆の前で自身の奥の手を明かしたことをすっかり忘れた様子でリリスは真剣に考える。
おそらく相手は魔界ではまったく目立たない下級悪魔。そして妾たちの戦いを何処からか見ていた違いない。
そして、ユダらを幽閉する条件を二人は知らずにまたは妾らがこのクソ女と風呂なぞに浸かっている間に接触され、今に至ったか。
そう考えていた矢先にバッチリとスマホ画面の京と目が合う。
マリアの裸を見やんとする京の眼差しをリリスは助けを求め、何かを訴えているように勘違いし、小さく頷いてそれに答える。
どうやら音は届かぬようじゃな。
しかし、どう助けるかが問題じゃの…。
妾の契約者であるユダとこの女の悪魔、インキュバスを抑えられたか…。
なかなかまずい状況じゃ。
場に残されたのは先ほどの戦いで魔力を消耗したリリスと操られるだけとなり能力の使い方も知らないマリア。
そして二人とも全裸という無防備で非常にまずい状況に思わずリリスはむむ、と唸る。
この代理戦争のメインとなるのは代理者。
本来魔界に住むリリスはいくら元は強大な魔力を持つ悪魔といえど本来いるべきでない人間界に契約召喚されたわけでもなく降り立った状態。
身体は小さく、そして代理者がメインと言われる所以は悪魔が能力を使える回数に由来する。
悪魔によってその回数は違うが、リリスの場合『産む』という能力は元々の魔力使用量が膨大。
本来であればその類稀なる魔力量によってそれを補っていたリリスだったが、人間界に至ってはその使用回数は三回ほどに激減する。
京よりもリリスが使う能力が強力なのは血に含まれる魔力の濃度と適正、そして経験の三つ。
これまでに悪魔探知機で一回、先ほどの軍手で一回。残り一回の能力使用で京たちを助け、尚且つ自身やマリアの身も守らなくてはならない。
リリスは横目でなにも知らずメロディに合わせて肩を揺らすマリアを見る。
この女にも知らせるか…いや、慌てふためいてなにか余計なことをされる方が厄介じゃ。
それに知らせたところでこやつはほぼ生身の人間。なにか力になるとは思えん。
だが、相手はピンポイントでこの組み合わせで分断するとはなかなか頭の良いやつじゃのぅ。素直に賞賛を贈ってやろう。
しかし、本当にどうやってこの現状を打開するか。
能力の使用は一回のみ。
まだ一回残っていたことは幸運と言っても良いのかもしれんな。
相手の姿が見えん以上、今はまだ使う時ではないが、無より有の方が良いに決まっておる。
しばらく水面を見つめて考えた後、もう一度確認するようにスマホを見てみる。
不可解なのは妾がすでにあれの存在に気付いているにも関わらず、一向に外へ引きずり出されないことじゃ。
糸が結ばれておることからあれは敵側からしても貴重で回収しなければならないものと見える。
存在がバレることにデメリットがないということか?
挑発?
釣りのように妾があれに飛びつくのを待っているのか?
それならば、あの糸の先にはその契約者と悪魔がいるに違いない。
いっそ、誘いに乗ってしまうか…いや、それで妾まであの箱に入れられてしまえばそれこそ詰み、チェックメイトじゃ。
あれが何なのかを知らぬ以上、軽率な行動は控えるべきじゃ。
男二人のアホな考えにリリスは難しく頭を悩ませる。
スマホのことさえ知っておけば、容易に盗撮されているという結論に至るのに無知ゆえに考えさせられる。
その時点でリリスは京に情報戦で負けていた。