男《エロ》たちの邂逅
「覗きに行こうと思う」
庭の隅、これ以上にないほどキリッと顔を引き締めて京は宣言した。
後ろ手に縄で縛られ、同様に歩けぬよう足も固められ地べたに座り込む京。
さながら拘束された強盗のような状況でキメ顔というのはなかなか滑稽な姿である。
「…なっ! 貴様…破廉恥な…」
背中合わせで同じく拘束された前科者、インキュバスは自身の身体を眺める。
丈夫な工事用のロープで拘束されてはそう簡単に動けるものではない。
「大体、貴様はこの状況でどうやってあの遠く離れた浴室まで行くつもりだ」
インキュバスの見遣る先にはもくもくと湯気の上がる灯りが漏れる窓。
中からは悲鳴とも聞き間違えてしまいそうな少女たちの楽しそうな声が聞こえる。
「お前悪魔だろ…こんぐらい自力でぶち切ることぐらいできんだろ?」
「無理だ。ボクの種は元々、そんなに力が強い種族じゃない。それに貴様に殴られたせいで肉体的にも酷く弱っている。今はじっと魔力の回復を待つしかない」
「ったく…」
呆れたように立ち上がった京の身体から切れたロープがはらりと下に落ちた。
「な!! 貴様どうやって!」
「文明の利器」
京はニカッと笑って電子ライターをカチカチと鳴らした。
「貴様! 本当に行く気か羨ましーー破廉恥な!!」
「…本心漏れてるぞ」
「これだから人間のオスは嫌いだ! なによりもまず性欲を優先し、節操がない! 好きな異性ならば尚更だ! そういう行為はきっちり成人してからーー」
「あれ? 行かない?」
「……………………い、行きたい」
長い沈黙の後、インキュバスは俯きながら口をもごもごと動かす。
聞こえなかったわけではないが、そのか細い声にどうにも悪戯心が芽生え、
「は? なんて?」
「いぎだいっ!!! 行ってリリス様やマリア様のおっぱいとか乳首とかお○んことかいっぱい舐め回すように見たい!!!! あわよくば、記憶に焼き付けるだけでなく写真をとって保存しておきたいし、なんなら毎日寝る前にそれを使用したい!!!!!!」
学校ではエロ王と称えられ、軽蔑される京でさえ口に出すのは憚られるようなことをあまつさえ、天を轟かせるような、または漫画的表現ならば本心をぶちまける感動の名シーンのようなそんな大声でインキュバスは言ってのけた。
「お、おう…」
たじろぐことしかできない京。
「だ、だが…これ以上リリス様やマリア様に嫌われるのは…嫌だ…」
消え入りそうな声でインキュバス。
遠くからは誘惑するように少女たちの声が聞こえてくる。
「…インキュバス…」
慈しむような優しい笑みを浮かべ、京は地べたに尻をついて座るインキュバスの肩を優しく叩いた。
「好きな子の裸を見たいってのは異常なことじゃない。普通のことだ」
憎らしく、軽蔑していた相手からの声は夜の澄んだ空気のせいもあってか、まるで心に語りかけられるようにはっきりとインキュバスに届いた。
「正直、マリアの裸は俺だけのものにしたい…というのが本心だが、お前には負けたよ」
まるでスポーツの大会で相手を賞賛するように爽やかな笑顔を京は浮かべ、続ける。
「異性の裸体に興味を示すことはいたって健全。むしろここで『俺はいい』とかかっこつけて空気の読めないことを言う奴こそ異常だ。日本には『据え膳食わぬは男の恥』と言う言葉があるようにこの状況で覗きに行かないというのは男…いや漢としての沽券に関わる問題だ」
側から見れば何を言ってるんだこいつ? となるような言葉。
だが、同じ漢の魂を持つインキュバスの心にそれは深く刺さった。
「インキュバス…お前のさっきの言葉…心に響いたよ」
インキュバスを拘束する縄を焼き切って、京はへへへ、と笑った。
「……しかし…嫌われるのは…」
「インキュバス…それは違う」
闇夜を背負い京は静かに首を振った。
その姿にインキュバスは京に闇夜を照らす一筋の光が射した気がした。
「万事バレなければなんの問題もない。バレさえしなければその事実はなかったことになるんだ」
「……神……」
吐息にも似た声が漏れる。
悪魔にとっての神。所謂、邪神。
「名を…名を教えてほしい…」
インキュバスの眼前に立つ『神』は短く『湯田京』とだけ言った。
軽蔑し、見下していた人間のオス。
この者だけは見解を改めないといけないのかもしれない。
「これからは同士だ、インキュバス」
差し出された手を握ってインキュバスは微笑みを浮かべた。
かくして、人間によって悪の道に誘い込まれた悪魔。
本来は逆の立ち位置のはず。




