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shout at the devil 〜悪魔に叫べ〜  作者: 春野まつば
第1章
19/25

少女たちの湯浴み


「なぜお前なんかと風呂に入らなければならんのじゃ」


 マリアの家の風呂場、湯船に顔半分まで沈めつぶくぶくと泡を立てながら自分に背を向けて身体を洗うマリアをリリスは忌々しげに見遣りながら悪態をついた。

 事の発端は十数分前。

 京のデリカシーのない一言から始まる。

 嬉しさを分かち合おうとリリスが京に飛びついた時、彼は顔を歪めはっきりとこう言ったのだ。



「…お前、なんか犬みたいな臭いがする」



 犬の中には清潔保たれてお日様の香りのような臭いのするものもいるにはいるが、京の顔からしてそれが決して褒め言葉ではないことがわかった。

 確かに、人間界に降り立ってからというもの風呂の類に浸かった記憶はないし、なによりリリスには風呂に浸かるという習慣がない。

 もちろん水浴びなどをすることもあるが、こうも熱い湯の中、鍋にでも入れられたように湯に浸かるというのには理解ができなかった。


「ねーねーリリスちゃん! 髪洗ったげよっか!」


「い、いらん!」


 もう一つ気にくわないのがこの馴れ馴れしい口調で世話を焼いてくるマリアとかいう少女の存在。

 臭いから風呂に入れ、わかる。

 言い方にデリカシーはないがギリギリわかる。

 が、マリアがいる意味が全くわからない。


「ねーねー、リリスちゃん! 身体洗ったげよっか!」


「うるさい! 黙っておれ!」


「そんなこと言わないでさぁ〜おねえちゃんのとこおいで〜」


「その鼻にかかった甘ったるい声を出すな! そして子供扱いするな貧乳め!」


 細い身体からすらりと伸びた、しかしほどよく肉感もある健康的な腕がリリスの頭を掴んだ。


「……………………………は?」


 据わった目に威圧するような抑揚のない声。

 豹変するマリアにリリスは悪魔でありながらその背後に死神を見た気がした。


「ひ、ひぃ…す、すす、すまぬ…」


「リリスちゃん? 人が傷つくようなこと言っちゃ、めっ!だよ」


 うわぁ〜うぜぇ〜、といつものリリスならそう口に出したはずだが、脳が勝手にそれは危険と判断したようで意思とは無関係に自然と頭を掴まれたまま小刻みに首を縦に振っていた。


「ねーねー! リリスちゃん! 身体洗ったげよっか!」


「い、いらぬ!」


「ねーねーリリスちゃん! 身体! 洗ったげよっか!」


「ひ、ひぃ…壊れた人形のように同じ言葉を繰り返すなぁ…!」


「ねーねーリリスちゃん…身体…洗ってあげよっか…」


「ぴぃぃ!!」


 顔面蒼白。

 先ほどまで湯に浸かり熱く火照っていた身体が急に冷えた気がした。

 元々、名前からして気にくわないとは思っていたが、こうも相入れないどころか敵対心いや、恐怖心を持つ少女だとは予想だにしなかった。


「ねーねーリリスちゃんーー」


「わ、わかった! わかったからもうそれはやめるのじゃ!」


 観念したようにリリスはざばぁと深く浸かっていた湯船から身体をあげてマリアの前の風呂椅子にぺちゃんと座り込む。


「煮るなり焼くなり好きにせい…」


 それは小さな少女…いや、世に死をもたらすものとして恐れられている悪魔の覚悟の言葉だった。


「じゃあ、きれいきれいしていきましょ〜ね〜」


「す、好きにせいとは言ったが! 頼む…その言葉遣いだけはやめてくれぃ…」


「はーい、お手手出してー」


 されるがままに身体を洗われながらリリスはぐむむむ、と下唇を噛んで肩を震わした。

 それが水が怖いものだと勘違いしたマリアは、


「大丈夫。水は怖くないよ〜」


 ちょろちょろと弱めのシャワーをリリスの身体にかける。


「怖くない! 水など怖くないわ!!」


 腕をぶんぶんと振り回して反抗するが、それをいともたやすく押さえつけてリリスの頭に水をかける。


「ぷぇっ! ぷはぁ! いきなり顔に湯をかけるな!」


「大丈夫大丈夫。怖くないよ〜」


 リリスの身体を後ろからギュッと抱きしめてマリアは次にシャンプーを開始せんとする。


「むがー! 話せぃ!」


 マリアから逃れようと足をジタバタとさせて喚き散らすが、どこにそんな力があるのか彼女の細腕はがっちりリリスをホールドしたまま微動だにしない。


「く、くぬぅ…」


 背中に伝わる柔らかな二つの感触がどうにも気持ち悪く感じる。


「目つぶってないと痛くなっちゃうよ〜」


 力強く目をつぶりながらリリスは思う。

 おのれ見ておれ!

 必ずや貴様の子孫もろとも絶望の淵に落としてやる。末代まで呪ってやる。

 毎日毎夜震えて眠るがいい。


「はい、終わり!」


 泡をシャワーで流されて、リリスは濡れた犬のように頭を激しく振って水気を飛ばす。

 心なしか頭が軽くなったような、髪も手触りが良くなったような気がした。


「じゃ、じゃあ妾はもう出る!」


 脱兎のごとくその場から逃げ出そうとするリリスをマリアは脇の下をがっちり抑え、抱えたまま湯船に浸かる。

 ちょうどマリアの膝の上にリリスが乗るような態勢だ。


「はーい、百まで数えてから上がりましょ〜ね〜」


 客観的に見れば仲の良い姉妹に見える。

 風呂嫌いの妹に姉が甲斐甲斐しく世話を焼いてるように。


「う〜…地獄じゃぁ…」


 鼻歌を歌うマリアに抱かれながらリリスはうっすら目に涙を浮かべた。

 こんな面倒な女をユダはなぜ好いとるのじゃ。

 こんな辱め、未だかつて受けたことないぞ…。


「ユダぁ…助けてくれぇ…」


 リリスの悲痛な叫びは風呂場に反響するマリアの歌声によって儚くもかき消されてしまった。

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