インキュバス④
「わ、妾は犬か!? 棒っきれを投げられて喜ぶと思っとるのか貴様は!!!」
それを両手でキャッチしたリリスは自分を侮辱されたかと激昂する。
「ちげーよ馬鹿」
やれやれといった感じに京を肩をすくめて頭を振った。
「コンパスだよコンパス。その棒に魔力を注いで悪魔を探知するんだよ」
「こ、これで……?」
自分の手に握られた棒をまじまじと見つめてリリスは呟いた。
「ほら『青色の猫型ロボットの道具』みたいによ」
「知らん」
「だろうな…」
京はできるだけわかりやすく説明する。
イメージは『尋ね人ステッキ」。
棒を立て倒れた方に進むと探している者に会えるという22世紀のひみつ道具だ。
終始頭に?マークを飛び回らせていたリリスだが、イラつきながら何度か事細かに説明すると
「おぉ!! ユダお前は頭いいのぅ!!」
ぱっと目を輝かせて京に対して賞賛の言葉を贈った。
「さっそくやってみよう!!」
そう爛々と叫んで自分の親指の皮膚を噛みちぎるリリスの姿はなんとも狂気的で京は若干引いてしまう。
よく漫画とかで見る表現だが、見た目が幼いロリっ娘がやると滑稽でありながらもこうもサイコ的に仕上がるものかと。
そんな京の心情と引きつった表情など気にする様子もなくリリスは嬉しそうに棒を地面に置き、その前にしゃがみ込んで血を垂らしていく。
ものの数秒するとほのかに赤黒く変色したものさしほどの棒が出来上がった。
ここであの道具をポケットから出すテーマ曲を頭の中で流すが、否定するように京は小さく首を振った。
子供に大人気のあの優しい猫型ロボットがこんな禍々しい物を出したりはしないと。
「完成じゃ! ではさっそく!」
ニコニコと試しに棒を立て倒してみるリリス。
その姿は道端の棒を拾って遊ぶ子供のようにしか見えない。
カラカラと乾いた音を立てて転がった棒の先にはーー
「にゃ〜〜」
こちらを警戒するように鳴く猫がいた。
しばしの絶句の後、リリスは勢いよくこちらに振り向く。
「ユダ! これはどういうことじゃ!!」
「知らねーよ!! お前のイメージが作り出したものだろーが!!」
「妾が失敗なぞするわけないじゃろ! 貴様の伝え方が悪いんじゃ!」
「人に責任転嫁するんじゃねー!」
もう一度産み出そうにも近くに手頃な棒はない。
加えて、京自身が自傷行為に肯定的なわけもなく、自分がほんの少し血が出るだけのケガだとしてもやらなくてよいならできればしたくない、というわけもある。
「もう一回やってみようぜ」
ので、京はリリスの足元に転がった棒を拾い上げて言う。
猫はこちらを警戒しながらも横の塀を乗り越えてどこかに行ってしまった。
もしあの猫が走り去った方角を指したのならば、リリスが産み出したこの棒っきれはへし折って道端に投げつけてやろうかと1人考えながら京は再び棒を倒す。
「…同じだな」
棒が指し示すのは先ほどまで猫がいた方角。元々、この棒は猫を探す魔法道具ではなかったことが判明した。
「ほれ見たことか! 妾に失敗などない! たまたまこの棒が指した方角に猫がいただけだったんじゃ!」
「お前も疑ってたじゃねーか…」
「うるさい! 黙れ! 卑猥を絵に描いたような男めが!」
「ちょっと待て! 卑猥を絵に描いたような男ってなんだ!?」
「戸棚にあんなにも綺麗にいかがわしい書物を整理しておる男が何を言っておる!」
「あれは俺じゃねー!」
いやまぁ…所有者は俺なんだけどなと言ってから口をもごもごと動かす京。
「てか、お前! 人ん家の棚とか勝手に開けんじゃねーよ!」
「寝ている妾をほって出かけた挙句、食料の一つも置いていかないお前が悪い」
「おめー悪魔だろうが! 当然のように人間と同じもの食ってんじゃねーよ!」
「馬鹿者! 悪魔とて腹ぐらい減るわ! しかも人間界の食べ物は実に美味ときた。食べない以外に理由がない!」
激しく口論しつつも二人はこまめに棒を倒して歩を進める。
途中、コンビニがあったので肉まんを二人分買って食べながら歩いていると京はようやく自分が歩いてきた道のりに違和感を感じ始めた。
「なぁ、リリス…」
「ふぁ? なんじゃ?」
小さな両手で熱々の肉まんを持ちつつ、これまた小さな口を目一杯開けて豪快にかじりつきながらリリスは首を傾げる。
口元がひどく汚れているが、まったく気にしてないようだ。
「これってよ…」
さっきのコンビニで気付くべきだった。
T字路に差し掛かり、リリスはめんどくさそうに棒を倒す。
棒は京が予想した通りの方向を指した。
「やっぱりだ…」
「なにがやっぱりじゃ! 少し魔力を持ったからってすぐに預言者ぶるのはよせ!」
「リリス。俺たち戻ってるぞ」
見覚えのあるコンビニ。見覚えのある道、見覚えのある分譲マンション、見覚えのある一軒家。どれも自分の家の周りにあるよく目にするものばかり。
そして、リリスの棒は着実に自宅との距離を縮ませるように歩みを促す。
コンビニから自宅へ続く道を。
今朝、マリアと寄ったあのコンビニから家へと。
「まさかな…」
杞憂に終わればよいが、嫌な予感がしてならない。
秋口に吹く涼しげな風を感じながら、京はじっとりと嫌な汗をかいた。