インキュバス③
「そうやってタバコ吸ったり、こんな風に学校に秘密基地作ったり正直、真面目な生徒って感じはしないけど…」
タバコをふかしながら聞く京をからかうように楓は笑う。
「僕からお金をとったり、乱暴したりする人たちとは違って見える…かな」
少女のような顔を綻ばせて言った。
「金取られてんのお前?」
「…うん。毎日じゃないけど月に一回、お小遣い日を見計らってね…」
楓はおもむろに自分のシャツをめくって真っ白な肌を露わにした。
見ると、顔こそ綺麗なままに保たれているが、その華奢な身体には無数の青アザが刻まれていた。
「…先輩?」
「うん。サッカー部の」
「理由はわかってんのか?」
「ううん。たぶん僕が弱そうだから…」
「今度一緒に行ってやろうか?」
楓は食べかけのパンをぎゅっと握りしめて静かに首を振った。
「僕が強くなればいい話だし、大丈夫」
か細い声でそう断った楓の言葉に京はそっか、とだけ短く答えて空を見上げながら煙を吐いた。
いじめはそう簡単な問題じゃない。
他者が介入して余計に悪化させることもあるし、本人がいいと言うならば強引に出張る必要性もないのだろう。
「ま、なら今度からこうやってたまに俺とダベろうぜ」
「うん!」
嬉しそうに笑う楓。
その顔を見て今日初めて話したクラスメイトのこれからに若干のモヤモヤを覚えた。
そう考え耽ってしまったからこそ、楓が最後にポツリと漏らした言葉を聞き逃してしまったのだろう。
『もうすぐ終わるから』
と言う言葉を。
「んで、どうすんだよ」
街灯もまばらの深夜の夜道を歩きながら京は隣をちょこちょこと小さな歩幅で歩く悪魔の同居人に尋ねた。
「どうするも何も探すしかなかろう!」
若干のイラつきを見せながらリリスは京を睨みつけた。
「あんなぁ…伊邪野市だけつっても60㎢以上あんだぞ? こんな真夜中の数時間でチョロチョロパトロール紛いのことをして都合よく悪魔見つけましたなんてご都合主義あんのはフィクションの世界だけだ。そのうちガチでパトロールしてる警察に見つかって補導されんのがオチだっつーの」
「案ずるな。妾は悪魔と契約しているものだけにしか見えぬようすることもできる。もしも、その補導?とかされるにしても被害を受けるのはお前だけじゃ」
「お前なぁ…」
誇らしげに言うリリスに京は長い息を吐く。
「例えば…例えばだ。悪魔使いは惹かれ合うみたいなことないわけ?」
「ない!」
小さな胸を張り、きっぱりと断言するリリス。
「んじゃあ、悪魔は悪魔の気配を感じるみたいなのは?」
「悪魔が悪魔の気配を感じ取ってなんになるというのじゃ?」
さも不思議そうにリリスは大きな目をパチパチと瞬きさせた。
「存外役にたたねーなお前…」
「な、なにを言う! お前には妾の便利な能力を授けてやったじゃろーが!!」
「車クラスの大きなものを産もうとすれば、完全に致死量上回る欠陥だらけの能力だけどな…」
そこで京は待てよ、と動かしていた足をピタリと止める。
「なぁ、能力使って悪魔を探し出せねーかな?」
対して、リリスは目から鱗といった感じに手のひらを拳で打った。
「やるのぅ! 確かにここら全域というわけにはいかないが、近場の悪魔ぐらいなら探し出すことができそうじゃ!」
「お前の能力だろ…まずはじめに思いつきそうなもんだけどな…」
「うるさい! ユダ! コンパスを出せぃ!!」
海賊船の船長のように高らかに京へ命令するリリス。
「んなもんねーよ…」
今時の高校生がコンパスなど持ち歩いているはずもない。
家に帰れば、小学生の理科の時にもらったプラスチック製の安いコンパスが探し出せばありそうだが、取りに帰ってまた徘徊というのもめんどくさい。
それならば今日はやめにして明日また気を取り直してしようって言いたくもなる。
が、昼過ぎぐらいまで寝ていたリリスはやる気に満ち溢れ、あくび混じりに歩く京のことなど気にすることもないぐらい元気だった。
スマホでコンパス機能のついたアプリを落とせば出せなくもないが、自分のスマホが一時的とはいえ血まみれになるのはあまりいい気持ちがしないのでそっとその言葉は飲み込んでおく。
「なぜじゃ! コンパスなしで如何様にして人は道を切り開く!?」
「開拓時代はとうの昔に終わったよ」
どうにもこの悪魔は時代錯誤な口調通り、現代の情勢について疎いようだ。
悔しそうに地団駄を踏むリリスを尻目に京は再び長いため息をつく。
偶然、その折に足元で頃合いの物を見つけた。
「これでどうにかしよう」
それをポイっとリリスに放り投げる。




