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shout at the devil 〜悪魔に叫べ〜  作者: 春野まつば
第1章
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インキュバス②


「…ぐすっ…ぐすっ…」


「こんな朝っぱらから幽霊じゃねーよな」


 口ではそう言いながらも京の足には迷いはない。

 それもそのはず。

 昨日、悪魔に会ったし、なんなら今自分の家でぐうすか寝息を立てている。

 今だったらなんでも受け入られる自身があった。


「…うぅ…ひっぐ…悔しい…よぉ…」


 声は次第に近くなり、それが一階のエントランスから二つ離れた物置になっている教室からしているというのがわかった。

 特になんの決心も決めず、ガラガラと少し滑りの悪い引き戸を開けると中には小柄な影がうずくまって泣いていた。


「おっす」


 なんと声をかけていいかわからず、片手を軽く上げて挨拶をかわすとその影はダンゴムシのように身体を丸くして強張らせた。

 埃っぽいカーテンで仕切られた教室は暗く、最初こそ泣いている人物が誰なのかわからなかったが、少しだけ目が慣れてくると見覚えのある顔がそこにあるのがわかった。


「あぁ…えっと…確か同じ2-Aの…結城…だっけ?」


「……湯田くん……?」


 恐る恐るという感じで小柄な少年は顔を上げた。

 同じクラスというのが京にとっては救いだった。

 違うクラスなんて一年の時に一緒のクラスになったやつぐらいじゃないとわからないし、まして学年が違って来れば問題外だ。


「なんかあったのか?」


 結城楓ゆうきかえで

 京のクラスメイトで同じ帰宅部。

 楓という女の子っぽい名前がぴったりの中性的な少年で少女のような顔立ちから一部の女子、あるいは極々一部の男子からも可愛いと人気の同級生。

 艶のある黒髪を女子のするショートボブのような髪型にしており、それが一層少女らしさを際立てていた。


「……なんでもないよ…」


 京に対して顔を上げたのは束の間ですぐに泣いた顔を見せまいと顔を伏せてしまう。


「なんでもねーことねーだろ…こんな薄暗い教室で泣いてよぉ」


 苦笑しながら京は頭をガシガシとかいた。


「まぁ、いいや。一緒に飯食わね? とっておきの場所連れてってやるからさ!」


「……とっておき?」


 『とっておき』という言葉が気になって思わず顔を上げてしまう楓。

 赤くなった目をパチパチとさせて見る楓に京は悪戯をたくらむ悪ガキのように歯を見せてニッと笑った。




「ほら早く行けって! 誰か来るかも知んねーだろ!」


 ズイズイと狭い小窓からはい出す楓は急かすように尻を叩かれた。

 そしてやっとのことで窓から抜け出すと重力に逆らえずべちゃっと頭からコンクリートの床に落ちる。

 目の前に広がるのは何もないまっさらなコンクリートの地面。そして、ねずみ返しのようになった金網のフェンスが四方を囲んでいる。

 言うまでもなく、典型的な学校の屋上だ。


「こ、これがとっておき…?」


 学校の屋上への出入りは禁止されている。

 その立ち入り禁止場所に入って少なからず楓は胸を高らぶらせていたが、後ろから上半身だけ出した京は悪戯っぽい笑みを浮かべて首を振った。


「で、でもこれでも充分すごいよ! 屋上なんて入ったことなかったもん!」


「そりゃあ。屋上なんて危なっかしい場所、どこの学校も大概は鍵閉めて立ち入り禁止にしてるだろうよ」


「よくこんな場所入ろうと思ってね」


 くすくすとハムスターみたいに笑う楓。

 対して、京も笑いながらそれに答える。


「おう。大体、漫画とかドラマとかでは決まって屋上が出て来るだろ? ヤンキーがたまってたり、告白したり、カッコつけて寝てみたり。だから俺もやろうって」


 ずるずるとカッコ悪く、小窓からずり落ちたままの体勢で


「あのギリギリ人が通れそうな小窓の鍵をぶっ壊した」


 あっけらかんとそう言った。


「それだけじゃねーよ。来い来い」


 身体を払って京は立ち上がり、その小窓のついた塔屋の横にかかったハシゴを登っていく。

 言われるがまま楓も後に続き、ハシゴを登り終えると目をパチパチと瞬きさせた。


「どうよ。秘密基地」


 どこからどうやって運び込まれたかわからないが、その塔屋の上の狭い空間には一人がけのソファーが二つとガラスのローテーブルが置かれていて、ちょっとした休憩室のように造られていた。


「す、すごい…」


 だろ?っと得意げに京はドカリとソファーに腰を下ろす。


「全然気づかなかった…。こんなものがここにあるなんて…」


「そりゃそうだ。下から見えないように何度も確認して配置したからな」


 おもむろに鞄から取り出した菓子パンを齧り、余った一つを楓に放る。

 偶然にも楓の大好きな卵蒸しパンだった。


「立ってると見えるから座れって」


「ご、ごめん!」


 慌ててソファーに座り、貰ったパンを両手で持って齧り付く。

 ふわふわな食感に甘い香りが楓の鼻を抜けた。

 一方、あっという間にソーセージパンを平らげた京は胸ポケットからタバコを取り出して火をつける。

 真っ白な煙が青空にもくもくと上がっていった。

 楓はその煙をパンを小さく食べながらぼぉ〜っと眺める。

 そしてふと気になった疑問を京に聞いてみることにした。


「あ、あのさ…」


 特に会話もなく、だるそうな顔でタバコを吹かせていた京はゆっくりと楓の顔を見つめた。


「湯田くんってさーー」


「京でいいって」


「あ、ごめん…」


「すぐ謝んのもやめろって…」


「ご、ごめん!……あっ…」


 お互いに顔を見合わせて吹き出す。


「んで、なんだよ?」


 改めて京が楓の言わんとしたことを聞き出そうとすると楓はもごもごと言い辛そうに口を動かした。


「京くんってさ…あのさ……」


「おう」


「不良なの?」


 しばらくの沈黙が続く。

 自分が不良なのか。

 そう問われればなんと答えたらいいか自分にはわからなかった。

 確かにタバコは吸う。

 タバコを吸うのが不良なのか?

 不良がタバコを吸う。タバコを吸うのが不良。同じ=なのか?

 京自身、自分がどうなりたいのか自覚していなかったため、難しい顔をして首をひねる他なかった。


「お前はどう思う? 俺は不良だと思うか?」


 楓は小さく首を振る。

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