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さまざまな恋の短編集:ノーマル版

目の前に、夢と妄想

作者: 道乃歩

 わたし、恋をするとこんなにも腑抜けになっちゃうんだ。


 委員会の仕事をようやく片づけてカバンを取りに教室へ戻ると、すっかり人気はなくなっていた。部活のある生徒くらいしか残っていない時間帯だから当たり前だ。

 仕事で溜まった疲れを逃がすように、短くため息をついて窓際の自席に向かう。


(……加賀谷くん)


 想い人の席を通り過ぎた瞬間、思わず足が止まった。


 カリスマ性があり、その気質に負けていない容姿を持つ新島は、このクラスどころか全学年の女子から絶大な人気を誇っている。加賀谷はそんな彼の親友だった。

 傍から見ると、加賀谷は完全に新島の影に隠れていると思われるかもしれない。それだけ新島の存在感が強すぎるのだが、自分は決して劣っているようには見えない。実際、加賀谷に惹かれている女子も少なからず存在している。


「あんなにかっこいいのに、誰に対してもスマートって、ずるいよ」


 誰もいないのをいいことに、思いきって席に座ってしまった。少しでも加賀谷のぬくもりを感じられた……なんて考えてしまう時点で、頭は相当お花畑状態らしい。


 新島は年相応の明るさを持ち、その場をいきなり華やかにしてしまうオーラを持っている。懐も広いから、男女問わず友人も多い。

 対して加賀谷はおとなしめで、親友のフォローをしている姿が目立つ。そのせいか誰に対しても物腰が柔らかく、周りをよく見ていて、彼がいるだけでぐっと安心感が高まる。

 実に勝手な持論だが、「イケメンは性格が悪い」を見事に覆してくれた二人だった。

 それでも加賀谷に惚れたのは……委員会の仕事で手いっぱいになっていたとき、メンバーでないのにたくさん助けてもらったから。


『困ったときはお互いさまだから気にしないで。深見はしっかりしてるから、仕事いっぱい任せられてるんだよな』

『そ、そんなことないよ……昔から要領悪くて、こうやってすぐいっぱいいっぱいになっちゃうんだよ』

『そうだとしても、おれがもし頼む側の立場だったら深見に頼みたくなるよ?』


「すっごい殺し文句……だよね」


 しかも爽やかな笑顔つき。一体どれだけの女子が、毒気を抜かれて虜になってしまっただろうか。


「しかもちょいちょい手伝ってくれてるし」


 メンバーじゃないのだからと断ってもうまくかわされてしまうし、まるで新しく委員会に加わったんじゃないかと錯覚してしまいそうにもなるのだ。

 嬉しくないわけはない。一緒にいられる時間が単純に増えるし、彼との会話も楽しい。

 この間は、昔から大好きだった本が同じという事実も判明した。長いシリーズもので、ドラマ化するかもしれないという噂も立っている。それについて否定的だという意見も一致した。

 そう、気が合うのだ。


「こんな人、絶対他にいないって……」


 机に額を押しつけて深く息を吐く。

 最近の頭の中は、加賀谷に告白されるシーンと、もし付き合えたらという楽しい妄想で埋まっている。

 デートはカフェでまったり過ごすのもいいし、彼がおすすめだという映画を楽しむのもいい。二人だからこそ楽しめる場所を開拓していくのも新鮮でおもしろいかもしれない。

 恋をするのは初めてだった。初めてだからこそ、こんなにも恋に夢中になってしまうとは思いもしなかった。

 怖い。それ以上に、彼と恋人同士になりたくて仕方ない。


「あれ、深見?」


 幻聴かと思った。けれどおそるおそる出入り口を見やって、頭が真っ白になってしまう。


「びっくりしたー。おれの席に誰か寝てるって思ったら、深見なんだもの」


 全身が一気に熱くなる。反対に内心は氷のように冷たい。

 気持ち悪いと思われても仕方ない。自分なら、よほど深い仲でない人が自席に座っていたらちょっと引く。さすがの加賀谷もマイナスな感情を向けるに違いない。


「ご、ごめんなさい! えっと、その、特に悪気はなかったっていうか……!」


 近づいてくる彼に全力で頭を下げる。言い訳もなにも浮かばなかった。謝るしかできそうになかった。


「そんな、別に怒ったりしてないって。顔あげてよ」


 おそるおそる言われた通りにすると、いつもの微笑みがこちらを見下ろしていた。ほっとしたと同時、特別なんとも思われてないのだと知って、がっかりもしてしまう。

 ――なんてわがままな感情だろう。


「でも、理由は知りたいかな」


 微笑みを少しだけ潜ませて――真顔に近いといえばいいのだろうか――、静かに彼は告げてくる。


「きみが意味もなく、こんなことする人じゃないって知ってるから。おれに対して、なにか思ってることがあるんだろ?」


 ばくばくと心臓を脈打たせながら、懸命に投げかけられた言葉の意味を考える。

 柔らかく、問いかける口調なのに、どこか断言しているように聞こえるのはなぜ?

 なにかしらの確信をもって、問いかけているという、こと?


「っだから……特に、理由はない、って」


 言えるわけない。自ら傷を負いにいく真似なんてできるわけない。

 もっと彼の気持ちが見えたとき、あるいは気持ちが暴走してどうしようもないときでないと、口にはできない。


「おれも君と同じ気持ちかもって言ったら、どうする?」


 一歩距離を詰めた加賀谷は、頬に触れながらそう告げた。

 夢の中でしかなかった距離に、加賀谷の顔がある。ぬくもりが、これは現実だと訴え続けている。


「かがや、くん……」

「いつも見てたんだよ。君のこと」


 ぬくもりが、今度は唇に降りてくる。

 夢だけでなく妄想さえも現実になるなど、さすがに予測はできなかった。

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