最強の魔術士になったのに、魔術を使うと大変なことに!?
何となく書きました。後悔はしてません。
ある日の朝。
僕はショッパ・イグリン帝国の帝都、オット・ナ街の中にある宿屋のボタクーリ亭にて目覚めた。
ベッドから起き上がり、身体を伸ばして窓の外を見た時、窓の向こう側に何か、見えてはいけないものが見えた。
この部屋は3階である。3階建ての最上階だ。
だが、窓の外、何もないはずの空間には半透明な金髪の少女の姿があったのだ。
僕は目を瞬かせ、これはまだ自身が寝ぼけているに違いないと半笑いで目を瞑った。
よし、今度こそ覚醒しただろうか。
僕はそう思い、目を開けた。
目の前には少女の顔があった。
「うわぁ!」
僕は我ながら情けない悲鳴を上げて後ろへ飛び退いた。
ベッドに足が当たり、そのままベッドの上に倒れ込む。
その僕の上に、またも金髪の少女は現れ、顔を覗き込むようにして僕を見た。
「だ、だだ、誰!?」
僕は混乱したまま少女にそう尋ねる。
少女はそんな僕をぼんやりした目で眺め、ゆっくりと口を開いた。
「汝…汝は力を望むか…?」
少女の口から出たのはそんな言葉だった。
内容もさる事ながら、問題は可愛らしい少女の口から出たのが低い男の声だったことだ。
「ひ、ひぃいっ!?」
そのあまりの不気味さに、僕は声を裏返らせた。
すると、少女は不満そうな顔で僕を見つめ、可愛らしく小首を傾げる。
「力が欲しいか?」
だが、少女の口から出るのは低い男の声である。
「いりません! お帰りください!」
僕がなけなしの勇気を振り絞ってそう言うと、少女は目を細めて僕を睨んだ。
「力、欲しいよな?」
「い、い、いらないってば!」
更に低くなった少女らしからぬ声に、僕は必死にそう叫んだ。
力というか、呪いを頂戴しそうである。
僕が拒絶すると、少女は舌打ちをして僕を見下ろした。
「ならば、汝の傍で片時も離れずに聞き続けてやろう…朝も夜も、眠っても尚…永遠に…」
恐ろしい声で少女はそう言うと、僕を見下ろしたまま口の端を上げた。
僕はその顔を見て、心臓を鷲掴みにされたような恐怖を覚え、屈してしまった。
「…い、いただきます。なのでお早めにお帰りくださると…」
僕がそう答えると、少女は勝ち誇ったような顔で嗤った。
「欲しいのだな?」
「いや、別に…」
少女の再確認の言葉に僕が思わず生返事を返すと、少女は目を吊り上げて低い男の声を発した。
「あぁ?」
「欲しいです! あー、凄く欲しいですー! もう本当に欲しいですー!」
少女の脅しに、僕は慌ててそう答え、少女はまた笑みを浮かべて頷いた。
「よし…ならば、汝に力を与えよう…」
少女はそう呟くと、目を瞑った。
そして、あろうことかベッドの上に倒れ込んだままの僕の唇に唇を重ねた。
「ふむぅっ!?」
僕はあまりの事態に変な声を上げてもがいたが、もがいた分だけ少女の唇に押さえつけられ、身動きが取れずにいた。
そして、少女は顔を僕から離すと、照れたように顔を背けた。
「初めての接吻だ…」
低い男の声でそう言われ、僕はこの世の終わりを見たような絶望に襲われた。
少女に怨嗟の声をぶつけようと思ったその時、僕は身体が暖かくなるのを感じた。
まるで、寒い所を旅してようやく暖かい屋内に入れたような温もりである。
僕が驚いていると、少女ははにかむように笑い、すぅっと空気になじむように消えていった。
少女の身体が薄くなっていく時、少女は頬を染めて僕にこう言った。
「我が初めてを奪いし者よ…汝に力を授けし女神、ドルゲバシャインを崇めよ…さすれば、我はまたいつか汝の傍に…」
「あ、勘弁してください」
少女の言い残した台詞に丁寧にお断りを口にすると、少女は眼を鬼のようにしながら消えていったのだった。
女神ってなんだよ。完全に邪神だろ。
僕は初めての接吻経験をこんな形で終えてしまい、やさぐれながら天井を見上げた。
あれから僕の人生は変わった。
魔術の適性が無いと診断されていた僕が、魔術を使えるようになったのである。
それも、歴史上の英雄といわれる大賢者様と同等の威力だというから驚きだ。
初めて魔術を使ったのは、あの邪神ドルゲバシャインと会ったその日だった。
何故か有り金全部をあの時に泊まった宿にむしり取られた僕は、登録していただけで殆ど使っていなかった冒険者登録証を頼りに、日銭を稼ぐ為の雑魚モンスター狩りを敢行したのだ。
一泊する分だけでも稼げれば良かったのだが、オット・ナ街の近くの森に行くとオークが三体も現れてしまった。
ゴブリンじゃないのかよ!
なんで森の入り口にオークがいるんだよ!
僕は魂の叫びを心の中で発したが、事態がそれで好転することは無かった。
オークがこちらを見て近付いて来る。
まさに人生最大の危機である。
だがその時、僕は下腹部に謎の温もりを感じた。
ヤバい、恐怖で粗相を致してしまったか。
僕がそんな場違いなことを考えていると、頭の中に妙な言葉が浮かび上がった。
迫り来るオークを見ながら、僕は夢中でその浮かんだ単語を口にした。
「風刃!」
僕がそう叫んだ瞬間、身体の一部が熱くなり…いや、痛くなり…見えない風の刃がオーク達を一撃で真っ二つにした。
だが、僕はそれどころでは無い。
「ふんぐっ!?」
股間に激痛が走ったのだ。
まるでオークの棍棒で思い切り股間を10発ほど殴られたような信じ難い激痛である。
「ひゅ、ひゅあ…」
僕は破裂しそうな二つの分身を服の上から触り、存在の確認をした。
ある。
いつものように仲良く手を取り合っている。
いったい何だったんだ。
僕はそう思って顔を上げ、オーク達が死んでいることを思い出した。
信じられないが、僕がやったらしい。
僕はその足で冒険者ギルドにオークの素材を引き取ってもらい、一人でオーク三体を倒した期待の冒険者として名を馳せた。
その後、一度中堅冒険者なる者に絡まれたが、剣を向けられて慌てて水の魔術で吹き飛ばしたりした。
「おひょおっ!?」
股間に走る激痛に俺は地面をのたうち回り、相打ち扱いを受けたりもしたが。
気がつけば、月に一回だけ魔術を使って激痛に耐え、僕は冒険者として生計を立てるようになっていた。
そんなある日、オット・ナ街の冒険者ギルドに恐ろしい報せが舞い込んだ。
「も、モンスターだ! モンスターが森から大量に溢れ出したぞ!」
その言葉を聞いたギルドマスターのおじさんは、目を見開いて奥歯を噛み締めた。
「…モンスターの大氾濫だと!? 馬鹿な! ここ数百年無かった事態が、どうして今になって!?」
ギルドマスターがそう叫ぶと、低級の冒険者が情けない悲鳴を上げて腰を抜かした。
「お、終わりだ…モンスターの大氾濫なんて、防ぐ方法がない…」
冒険者のそんな言葉に、ギルド内は悲鳴が飛び交った。
突然沸いた死の恐怖に、ギルド内は混沌に包まれたのだ。
そんな中、冒険者の一人が僕を見つけて声を上げた。
「い、いた! 何とか出来るやつが!」
「…え?」
冒険者の台詞に僕が疑問符を上げると、他の冒険者達も希望を見出したように歓声を上げた。
「そ、そうだ! 大賢者の生まれ変わりがいた!」
「大賢者様! どうか、どうかこの街を!」
皆がそんなことを言って騒ぎ出す中、ギルドマスターは静かに僕の前に来て頭を下げた。
「頼みます、大賢者様…このオット・ナ街を…いや、ショッパ・イグリン帝国を救ってください!」
ギルドマスターにそう言われ、僕はどうしていいか分からずに辺りを見回した。
何故か、皆が僕を見て力強く頷く。
「安心してください! 私や他の者が前衛となり、大賢者様をお守り致します! 大賢者様はただ魔術を撃ちまくってくだされば良いのです!」
死ぬよ、それ!
股間が弾け飛ぶわ!
僕は必死に目でギルドマスターに訴えたのだが、ギルドマスターは大きく頷いて口を開いた。
「大賢者様は闘志を漲らせておられる! さあ、皆いくぞ!」
違うわい!
僕はどうにか辞退しようとしたが、もうどうしようも出来なかった。
気がつけば、万を超えそうな大量のモンスターを見据え、僕は魔術の発動準備に移っていた。
「さあ! 大賢者様! 好きなだけ暴れてもらって結構です! 撃ちまくってくだされ!」
ギルドマスターはそう言って剣を構え、迫り来るモンスター達に向き直った。
魔術の威力に応じて、股間に疾る激痛の規模が変わる。
モンスターへの恐怖に負けて広範囲の強い魔術を使った時は、僕の股間の上でトロールが踊り狂っているかのようだった。
果たして、僕の股間は耐えられるのだろうか。
僕は迫り来るモンスターの恐怖と、いずれ襲い来る股間への激痛を思い、涙を浮かべた。
「…な、泣いている。まさか、死を待つだけのモンスター達に同情して…?」
近くで他の冒険者がそんなことを呟いていたが、死ぬのは僕の股間である。
僕は使う機会の無かった自らの股間に同情し、モンスター達を睨んだ。
「許してくれ」
僕はそう呟くと、超極大魔術一撃を放ち、気を失った。
まるで股間を紐で縛られ、ドラゴンに大空を飛ばれたような痛みだったと伝えておこう。
千切れるかと思った。
後日、森の半分を焦土と化した僕の魔術は評価され、国から保護される首席魔術士として登録された。
後の歴史書には、今世の大賢者は慈悲深く、強大な魔術を見せびらかさない謙虚な人物であると記されたそうだ。
邪神ドルゲバシャインに聞いた話である。
朝、作者は股間を強打しました。
トラックにはねられるより痛いと思いました。
その時、作者はこの作品を思い浮かんだのです。
タマタマがタマタマタマタマになったかと思いました。