始まり
「なんだこいつは…」
俺の目の前に突如現れたそいつは、どう見てもこの世のものとは思えない姿をしていた。
頭部には角、背中には漆黒の羽、おまけに尻尾までついてやがる。
そして性別はおそらく人間で言うなれば雌だ。
何故分かるかって?
…全裸なんだよこいつは。柔らかそうで控えめな膨らみが2つついてやがる。
目の前に突如現れた異常に俺は興奮を覚えていた。
やぁ、どうも。突然だが自己紹介。
俺は田中太郎、17歳。自他共に認める平凡すぎる男子高校生だ。
帰宅部。彼女なし。趣味はゲームにネット。友人は狭く深く。
スクールカーストで言えば底辺に属する部類の人間だ。
夢もなく惰性で人生を全うしており、現在部屋でSNSを閲覧中。
両親はちゃんと生きていて、妹が一人。なんの変哲もない家族構成だ。
時刻は午前二時。明日は休みで夜更かしに興じている。
「そろそろ寝るか。」
そう呟いていつも如く訪れるであろう穏やかな睡眠に身を委ねた。
(やっと見つけた…。ちょっと待っててね、すぐに行くから…。)
今日も平凡な一日が始まった。
家族団欒の時間。両親と妹と共に母の手作りの朝ごはんを食べ、日課であるSNSのチェックが始まる。
今流行の話題は某アイドルグループの総選挙で結婚発表した奴がいるらしい。
凡人には手の届かない世界で馬鹿をやらかした芸能人の話題はとても盛り上がっている。
俺には関係ないのでひとしきり情報を見た後はオンラインゲームの始まりだ。
適度に休憩を取り、飯を食べ、風呂に入り、ゲームをして、寝る。
そうして俺の一日は終わっていく。
…そう、終わるはずだった。
「課題終わってねぇじゃねぇか!!」
時刻は午前二時。どう考えても今からやると徹夜確定。
しかしやらずにはいられない。そうして俺は課題に追われ睡眠を取ることはなかった。
「よう、酷い顔してんな?」
そう挨拶してきたこいつは数少ない俺の友人の佐々木仁。
いかつい顔つきと名前からこいつは鬼神と呼ばれている。
「課題をな…ほったらかしててな…」
「お前いつもだな?学習しろ?」
「うるさいな…忘れてたんだよ…」
「まぁ俺も今お前から聞いて思い出したんだけどな!」
そう、こいつは馬鹿だ。本物だと思っている。
こいつが鬼神と呼ばれる理由にはもう一つある。
馬鹿ゆえの奇行が多く、一部からは奇人と呼ばれているのだ。
そうして他愛な会話から一日が始まり、授業をだらだらと消化し帰路につく。
帰る途中に本屋に立ち寄り小説を買う。いつもの日常だ。
ただ一つ違ったのは、空耳が聞こえることだ。
(ねぇねぇ聞こえてる?ねぇー聞こえてるでしょ?おかしいなぁ…)
徹夜して疲れているのだろう。今日早く寝よう。
(なんで無視するの…?泣いちゃうよ…?せっかく見つけたのに…。グスッ)
なんか泣いているような気がするが知らん。非現実なことは信じないのが信条だ。
(分かったよ…。どうしても無視するなら考えがあるもん…。)
訳の分からん空耳を聞きながら歩いていると家についた。
空耳も聞こえなくなったので、一安心。
日課を消化し、お腹もいっぱいになり気持ちよくなったところで、寝る。
こうして終わるはずだった今日は、無視していた非現実によって終わらなかった。
一度は眠りについたが寝苦しく、目が覚めた。
暑いわけでも寒いわけでもなく、圧迫感を感じたためだ。
眠たい目をあけながら圧迫感を感じた方向に目を向ける。
するとどうだろう、そこにはないはずの何かがあるではないか。
暗くてよく見えないので、電気をつけて、「それ」を見る。
「なんだこいつは…」
なんなんだこいつは。何故俺のベッドで寝ている?
しかも全裸で?きれいな顔しやがって。
あまりにも異常であったために、頭の処理が追いついていないのであろう。
しかし、彼女いない歴=年齢の俺には異常であることより、全裸の可愛い女の子(?)がそこで寝ていることに興奮せずにはいられなかった。
とはいえ手を出す勇気もないので、とりあえず携帯を手に取り写真を撮る。撮りまくる。
角や羽や尻尾があっても関係ない。目の前にあるそれは女体なのだ!全裸のな!
童貞がバレてしまう行為を堂々とやってしまい、写真を撮るのに夢中で気が付いていなかった。
その「それ」が涙目でこちらを見つめていたのだ。
「…なんで写真撮ってるの…?」
「ピャ!?」
こほん。情けない声を出してしまった、失敬。
「い、いいい、いや、こ、ここれはですね、な、なんというか、本能というか…」
キョどりすぎだろ、恥ずかしい。
「…本能…?私の身体の、全裸の写真を撮るのが本能なの…?」
「え、あ、いや、まぁ、そ、そうというか、男なら仕方ないというか、あの…はい…。」
「そう…わかった。じゃあとりあえず一回…死んでね。」
次の瞬間、俺の心臓の動きが遅くなりだんだんと動かなくなっていった。
苦しみと恐怖の中で
「大丈夫ちゃんと生き返るから。反省してね、太郎君。」
という声を遠くで聞いた気がした。
気が付いたとき、俺の目の前には角も羽も尻尾もなくなっている「それ」がいた。