未知との遭遇
「はぁ?アニメぇ?」
長年友達付き合いをしていた杉原繁蔵のあまりにも突拍子も無い発言に思わず眉をしかめて聞き返した。
今、杉原と共に高校の教室にいる。ほんの一週間前に入学したばかりで、何かと慌ただしい時期。
杉原はもう何か計画があるらしい。でも、机に突っ伏したまま適当に聞き流すことにする。
「そう、アニメだよ。お前も少しは見たことあるだろ?」
「あるけどさぁ、それが何なの?」
そこで杉原が口元を歪ませてニヤリとした。コイツがこの顔をした時は何かやーな事が起きる前触れだ。覚悟しなければ。
「俺らの高校にアニメ研究部があるらしいから、そこに一緒に入部しようぜ!」
「いやいやいや。そんなに興味ないし。遠慮しとく」
杉原がぐいっと腕を引っ張った。
「ちょっと放課後に付き合うだけでいいからさぁ~。頼むよ~」
面倒だけど杉原の部活見学に放課後に付き合う事に。でも他に入りたい部活もないし。見学だけなら良いかと思う。
せっかく高校生になったんだ。中学では帰宅部だったし。新しい事を始めるのも良いかもしれない。アニメはともかく。
その日の放課後、杉原に連れられてアニメ研究部の部室へ向かう。
アニメ研究部の部室は南館の2階。自分らの教室から割りと近い。なんせ同じ館の同じ階だったからだ。
南館2階の一端が1年生の教室。直線の廊下を進むともう一端が文化部部室が密集していた。
アニメ研究部の部室のドアにデカデカとアニメのポスターが貼ってあったのですぐにそこだと分かった。
さっそくアニ研部室の戸を叩こうとすると、杉原のブレザーの裾を私はくいっと引っ張った。戸を叩くために上げた拳を降ろした杉原はこちらを見下ろしてきた。
「どうした?今更になってアニ研はいやか?」
「だって・・・アニ研ってくさそうな男子しかいないんじゃないの?私女なのに。場違いじゃない?」
「男だけじゃないさ、女だっている。それに女だと何かと都合がいいぜ。女ってだけで持ち上げられると思うし」
「そう・・・なのか・・?」
「そうさ。じゃあ入るぞ」
杉原は戸を2回叩くと部室へのドアを開いた。私、関本美希にとっては未知の空間だ。自分は果たしてアニメに興味が持てるのか?
「失礼します」
杉原と私が部室に足を踏み入れるといくつもの視線が2人に注がれた。見てやがるんだ奴ら、目をらんらんとさせて。
「あ、あのー、アニ研を見学させてもらいたいんですが~・・・」
と、杉原が言い終わらない内に、部室の椅子に腰を下ろしていた体重100キロの大台に達するかと思われる巨漢が上ずった声をあげた。
「お、おお女だ!」
女だ、女だ、と口々に他の部員も呟き始めて、部室はざわつく。彼らのテリトリーに私が現れた事がそれほど衝撃なのか。
私、関本美希は謙遜ではなく、それ程自分が可愛いと思っていない。顔は並程度はあるが、地味で人気が出る程だとは思っていない。
杉原が言うには、地味子はそれはそれで一部に人気が出る、と語っていたが、ここにいる彼らがそうなのか?
ざわめきが静まった数秒後、先程の巨漢が重い腰を上げて私達に歩み寄ってきた。
「お、お見苦しい所を見せてしまって、も申し訳ない。あなたのような及第点クラスの女子が急に来たので焦って・・・」
「及第点って何よ。失礼ね」
「あ、いいいや。いやああの、及第点だから一応褒め言葉だと・・・」
目が泳いでいる。こういう人らはここまで女に免疫がないのか。というか女関係なしにコミュニケーション能力も欠如しているのではないか?
「まぁまぁ。落ち着けよ美希。悪気があったわけではないんだし。そうでしょ先輩?」
あ、そうだった。このコミュニケーション能力が欠如した巨漢も先輩なのだ。制服の胸につけたバッジの色からそう察せられる。3年生だ。
感情的になるのは悪い癖だ。ここは抑えなくては。
「ごめんね、ごめんね。喋りが得意じゃなくて。それで、君タチは一年生カナ?」
杉原が代表して答えた。
「はい。僕は1年の杉原です。是非ともアニ研に入ってみたくて、見学しに来ました。彼女には付き添いで来てもらいました」
「そうなのかぁ・・・君タチ2人はこ、恋人なの?」
出会ってまだ1分でそんな質問までしてくるのかこの人は。遠慮がないと言うか。なんというか。
「いえ、単なる幼馴染です。家が近かったし、幼稚園の頃から良く遊んでました」
「そ、そうかぁ・・・」
何安心した表情してるんだアンタは。いくら彼氏いないからってアンタ何か恋人に選ばねえよ。残念だけど。
「えとー・・・じゃあ狭いし汚いしちょっと臭いけど部室を案内しよう。付いてきて」
確かにこの部室は汚い。使用済みティッシュやスナック菓子の空袋が床に散乱している。本来の床がわずかに覗かせてる程に物がいっぱいだ。
こんな環境で活動なんかできるのか?というかそもそもどんな活動をしてるんだ。アニメだから見て感想言い合って終わり?
先が思いやられるな、と私は重い溜息をついた。