第一章 5 『緊張感2』
「俺がヴァンガード家の血筋だから?」
頭を少し傾けたロエルがアレスに問う。アレスは両腕を机の上に置きロエルをしっかりと見つめた。
「あ、ああ...そうだ」
アレスの神秘的で美しい碧眼の瞳はどこか悲しそうだった。
しかし、その表情はすぐにかき消されいつもの自信に溢れた瞳に戻った。
今の表情の真意を問おうとしたロエルだが、人の過去に干渉することはあまり良く思われないので、馬鹿ではないロエルは聞くことをやめた。
「俺の家名が何か特別なんですか?なんか...その、俺は家名のこと全然分からなくて」
椅子の上でもじもじとしているロエルはアレスに違う質問をする。実際、ロエルは自分の家名のことは全くと言っていいほど知らず母からも何も聞いていないのだ。ロエルでも全く知らない家名なのだ、アレスが知っているはずがないと思うが、一様聞いてみた。
「特別な家名.....まあそうかな?関係あるとしたら、そうだな.......魔王とか?」
アレスから放たれた魔王という者は実際に存在する。かつてこの世界の2/3を蹂躙し、都市や町を破壊した。その力は本物で、かつて世界最強と称された男が一瞬にしてやられてしまったのだ。
今では魔王も戦争をふっかけてこないが、いつ仕掛けてくるかわからない。
「大体、僕はこの戦争に反対なのだ。各国は魔王との戦争に備えるべきなのだ。ロエル君もそう思わはいかね?」
アレスの意見は確かに正しい。
魔王は狡猾でかつ力がある。だから、各国で協力し、対処していけばいいのだ。だが、世界では戦争が絶えない。
「そ、そうですね。俺も確かにそう思います」
「やっぱりロエル君もそう思うか!僕はこの事を何度も戦士長に言っているのになかなか実行してくれない。まあ戦士長だけに言ってもしょうがないのだが...おっと話がそれてきたな、すまないねロエル君」
「いえいえ」と手を振るロエル。魔王が攻めてきたのは最近の話ではない。今から30年ほど前の話だ。
「ロエル君の家名のことだけど、今は言う時ではない。いや、言わない方がいいな」
はっきりと断言したアレスの碧眼の瞳は真っ直ぐロエルの方を見ていた。その瞳は真剣そのもので、この話の危険さを促してくる。
「アレスさんが勧めないのなら俺は聞きません。この話は終わりにしましょう」
「ああ、そうしてくれると助かるよ。さて、少し長びいてしまったな。そろそろ戻りたいのだが....レリス?何やっているだ?」
少し顔を赤くし、上を向いて涎を垂らしているレリスがいる。アレスの言葉を聞いているようには思えない。それに、ブツブツと意味不明なことを言っている。
「私は未来に行くぞ。早く未来こい。未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来」
「ほら、レリス!置いていくぞ?」
アレスに声を掛けられたレリスは我にかえった様な表情を作り口元の涎を拭き取るとアレスの方に歩き出した。
「あ、話終わったのか。うん、これでようやく戻れるな」
レリスも隊長の身だ。レリスのあまり知らないアレスの部下が第43班を任せていることが心配でしょうがなかったのだろう。だが、思考回路糞女がそんなことを思っているとロエルは思いたくなかった。
なぜなら先程のレリスの顔だ。自分の班員を心配している隊長の顔とはとても思えなかった。
「よし、戻るか」
アレスの周りに魔法陣が展開された。その魔法陣は青紫色で円を描いている。これは魔法の階級を示している。緑<青<赤と言った具合だ。魔法の階級は3つだけではなく他にも沢山ある。
黄緑色やオレンジ色などなど多種多様だ。
魔法の伝承が終わると魔法陣の周りが青色に輝く。現在、アレスはその様な状態だ。
アレスが自分の顔の前まで右手を持ってきて力を入れる。その腕は天に掲げられとても勇ましい。
そして──────────
「テレポーテーション」
ふと目の前が光に覆われそれはそれはとても美しい光だった。