第一章 4 『緊張感』
力無く倒れる体がある。
ここは王国第2の都市マルセインだ。
力無く倒れる体の正体は────ロエルだ。
最初にいた位置よりも数m、吹き飛ばされており、仰向けで倒れている。
服は砂だらけになりとても汚い。
服の一部は破れており、そこから血を流している。
ロエルのそばには先程支給された剣と携帯食料が転がっている。
携帯食料はロエルと同じで砂だらけで、決して食べれるものではない。
レリスとの戦いを止めてくれたカインが心配そうな顔をして、ロエルの方に駆け寄ってくる。
「おい!ロエル、大丈夫か!しっかりしろ!俺ぇは浮遊の魔法を見るためにロエルの母さんの所に案内して欲しいんだ!!だから·······起きてくれ!頼む!」
カインはロエルの体を激しく揺らし、声をかけ続ける。
「う·······う······あ?」
ロエルは体を起こし、自分の体の部位があるか確かめる。
うるさいカインは無視する。
「頭は切られてないってことは生きてるのか?手と足もあるし、どこも切られていないのか?あーもう、カインうるせーよ!」
うるさすぎて無視出来なかったロエル。
すると、目から涙を流したカインが抱きついてくる。
その衝撃でロエルは再び地面に押し付けられる。
「───ッ!いてーよ!カイン!何するだよ!みんな見てるし、恥ずかしいからやめろよ!」
少し照れたような口調で話すロエル。
その言葉を聞きカインはロエルから離れる。
「ああ、カインは俺が死んだかと思ったんだな。俺は生きてるから安心しろよ。俺を心配してくれたんだな!」
少しカインが首をかしげた気がしたが·····気のせいか。
『まさか、本当は心配してないとかないよな?「心配してないぜ!」とか笑顔で言われたら俺泣くぞ。』
「ん??ああ、少しあってるけど違うな!俺ぇはロエルの母さんと会えなくなって浮遊魔法が見れなくなるのを心配しただけだぞ!だからあんまりロエルのことは心配してないぜ!安心しろよ!」
満面の笑みで言ってきた。
ロエルの予想は見事的中したが、あまり嬉しくない。
むしろ、当たってほしくなかった。
「カイン。その笑顔やめてくれ········殴りたくなる」
ロエルは右手に力を入れて、殴る素振りをとる。
「は?なんでだよ!俺ぇは変なこと言ってないぞ?!や、やめろよ!」
掴み合って喧嘩をしていると、数m先から何かと何かが擦れ合う音がした。
「ん?ちょっと待てカイン。何か音がしないか?例えるなら、そうだな·····剣と剣が擦れ合う感じ?あ!てゆうか!あの思考回路が狂ってる女はどこいった?!1回ぶっ飛ばしてやる!」
ロエルが立ち上がろうとするがカインが止める。
「おいおいおい、ロエル。さっきまでの記憶あるか?あるんだったらそこで座っていた方がいいぞ。何しろロエルは今、命を狙われてるんだから」
ロエルは頭の上にクエッションマークを浮かべる。
カインは何を言っているのか。
「俺は記憶喪失なんかじゃないぞ?それより、さっきの言葉はどういうことだ?俺が命を狙われてるって」
ロエルは1番疑問に思ったものをカインに質問する。
「あーーそれは、後ろを見ればわかるらことさ!」
カインがポーズをとり、格好つけるがロエルは気にしない。
言われた通りロエルは後ろを見ることにした。
何があるだろうか?ロエルは推測をする。
誰かと誰かが戦っているのは間違いないだろう。
それにしても誰か、わからない。
徴兵された若者か?いや、違うなそうしてたら隊長が止めに入るはずだ。
思考回路糞女は違うかも知れないが······
それとも隊長同士が戦ってるとかか?
これもないな、隊長は1班1人なので、ここに隊長が2人も居るはずがない。
したがって、結論は徴兵された若者同士が戦っていると推測した。
大体、思考回路糞女が喧嘩を止めるはずがないのだ。
ロエルは『若者同士の喧嘩なんて馬鹿馬鹿しいな』と思いながら、後ろを振り向く。
そこには────赤色の髪の男とレリス・キラリア(思考回路糞女)が剣を合わせて戦っていた。
「ど、どうゆうことだよ······そうか、俺が命を狙われてるってこういう事か、だとすると赤色の髪のお兄さんが俺を守ってると言うことになるな!······俺あんな人知らない」
最後の「俺あんな人知らない」だけ見事に棒読みである。
ただ、分かることはある。
服装は王国騎士だ。それに思考回路糞女と同じ服を着ている。
多少男と女と言う点で服の違いがあるが作りは同じものだ。
「だとすると·····俺は王国騎士の隊長に守られているってことになるな······」
全く認識のない男に助けられているのだ。
しかも、王国騎士の隊長にだ。
「カイン、俺は分からないことがある。だから、その分からないこと知るために今から死んでくるよ」
「いや、それ意味ないんじゃないのか?と思うけど、その言葉にはすげー深い意味があるって俺ぇは考えるぜ!頑張れよ!相棒!」
ロエル立ち上がり、今度は止めたりしないしないカインを通り過ぎ、手で挨拶をする。
カインがロエルことをなぜ相棒と言ったのかロエルにはわかった。
それは、ロエルの意思がカインに通じたと言うことだ。
ロエルは『あいつはいい奴だな』と思った。
ロエルの意思を組んでくれているのだ。
カインの評価が、何言ってるかわからない頭が非常に残念なキチガイからいい奴に変わったのだ。
それは凄い進歩であり、ロエルにこれからもカインに関わろうと思わせたのだ。
ロエルは真っ直ぐ歩く。向かう先は先程見た景色────レリスと赤髪の男が戦っている所にだ。
足も手も震えていない。
寧ろ凄くスムーズだ。
周りの若者達はざわついている。
先程、滑稽よく負けた男が勝った女に再度、向かっているのだ。
周りはロエルを笑い馬鹿にする。
しかし、ロエルの姿勢は堂々としており、まさに見本と言えるだろう。
レリスと赤髪の男が目の前となった時、ロエルに声は掛けられた。
「君がロエル・ヴァンガード君だね?」
突然、声を掛けられたことに驚きもせず、ロエルは応答をした。
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「ああ、そうだ。俺はロエル・ヴァンガードだ」
振り向きもしないで喋る赤髪の男。
後ろ姿はとても勇ましい。
ロエルがそんな事を思っている最中もレリスと赤髪の男は戦っている。
「レリス、一旦落ち着こう。場所を移動して、ゆっくりと話をしようじゃないか。彼もふくめてな」
戦いながらもアレスはレリスをなだめる。
「いいや、駄目だ。彼は私に勝負を挑んだ。まだ終わっていない。それに勝敗がまだついていないのだからつけるべきだろ?」
一層力を強めるレリス、それを受ける赤髪の男。
「いや、勝負は終わったじゃないか。勝敗はレリスの勝ちだよ。ロエル君もそう思うよね?」
いきなり話を振られて反応に少し遅れるがしっかりと答える。
「はい、誰が見ても俺の負けです。舐めた口を開いて申し訳ありませんでした」
「ほら、レリス、君の勝ちだよ?だからもう勝負する必要はないだろ?」
論破されたレリスに追い討ちをかける赤髪の男を見ながらロエルは思う。
『何この屈辱感。まじ半端ないんだけど。まず、大体なんで俺が思考回路糞女に謝んなきゃいけないのかがわからない。それに、謝ったにも関わらずまだ殺そうとしてきてるし·······
てゆうか俺、顔に出てないよな?出てら少しどころか大分やばいもんな
絶対に顔には出さないようにしよう!』
「いや、しかし!あいつの顔をよく見ろ!さっき私に謝ったことが凄く気に入らない様な顔をしているぞ!」
『はい、人生詰みました。誰が助けてください。
まさかさっきカインに言った言葉が実現するなんて思いもしなかった。俺はこのまま死ぬのか······さらばだ、カイン』
赤髪の男がロエルをチラッと見る。
ロエルと目が会いアイコンタクトをとってくる。
「いいや、僕にはレリスに負けてとても悔しいと思っている男の姿に見えるけど?」
赤髪の男のナイスフォローにロエルは心の中でお礼をする。
その頃、レリスは剣を下ろしていた。
「しかし、ここだと話ずらいな、少しばかり移動するか。」
魔法をかける準備をする赤髪の男にレリスは言葉を挟んだ。
「ま、待ってくれ!私の班はどうするんだ?私は隊長だぞ?私が離れたら班員が混乱するだろ?」
どうしても行きたくないようで今、思いついた正論を述べるレリス。
「それは大丈夫さ、僕の部下に43班の指示を頼んだから心配には及ばないさ」
「いつ頼んだんだ?!しかし、この43班は私がいないとまとまらないのだ!だ、だから、離してくれ!」
赤髪の男はレリスの言っていることを無視し魔法の伝承をはじめる。
「テレポーテーション」と赤髪の男が言った。
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あまり大きくない部屋だ。
机と椅子だけが置いてあるシンプルな作りで、お世辞でも豪華とは言えない。
そんな部屋に立つ3人の人がいる。
強引に連れてこられて拗ねているレリス。
テレポーテーションを唱えた赤髪の男。
初めてテレポーテーションを体験して驚いているロエルだ。
「取り敢えず、座りたまえ」
3人が席につくと先程からうるさい女が口を開く。
「あーもう!アレスったら!後で沢山お仕置きするんだから!大体アレスはどうしてこうも強引なのかしら、もう少し説明してくれたって良いのに!もう!」
レリスが机の足を蹴っ飛ばす。
アレスはそれを見るが無視をする。
ロエルは呆れた顔をして、レリスを見ている。
「すまないね、ロエル君。王国騎士の第1班隊長としてレリスの代わりに謝らさせてもらう」
アレスは机に頭を付け謝る。
ロエルがアレスに付けた第一印象は、礼儀正しいだ。
「いえいえ、大丈夫ですよ。それより顔をあげてください」
その言葉を聞き顔を上げるアレス。
アレスは何か思い出した様な顔を作り喋り出す。
「すまない、自己紹介をすっかり忘れていた。僕の名はアレス・フォーリアと言う。よろしく頼む」
自己紹介は基本中の基本だ。
と思いながらロエルも自己紹介をしていないことに気がつく。
「俺はロエル・ヴァンガードです。よろしくお願いします」
「ああ、ロエル君、君の名は知っているよ。さて、話をしようか。ほら、レリス早く座って」
先程、机の足を蹴ってその衝撃の痛みで椅子から立ち上がったのである。
「ああ、わかってるぞ、アレス座ればいいのだな?だか足が痛くてちょっとまって········あぁぁぁあ!いったぁぁーい!」
レリスは自分の左足を自分の右足で踏んでしまった。
しかも机を蹴っ飛ばした足をだ。
「レリス大丈夫か?まあ、後で話に参加してくれ」
「さて、ロエル君いや、ロエル・ヴァンガード君、まず君はどんな条件でこの僕に助けられたと思うのかな?」
ロエルはこの質問の内容が知りたくてレリスとアレスが戦っている所に飛び込んだのだ。
しかし、アレスに聞かれている以上何か言わなければならない。
このまま無言でいるわけにもいかない。
ロエルはちょっとした仮説を立てていたので、それを話すことにする。
「俺はアレスさんが俺の事を個人的に知っているんじゃないかなと思いました」
アレスは少し考えた表情を作るがその表情はすぐに崩れる。
「ロエル・ヴァンガード君の事を個人的に僕が知っていると君が考えた理由は勿論あるのだよね?」
理由は勿論あるのだが、これはただの推測でしかないものだ。
「推測でいいから言ってみたまえ」
ロエルは顔を縦に動かし了解の意を示すと推測を話し始める。
「まず、1つ目は、俺のフルネームを知っていたことです。さっき確かめるつもりで自己紹介をしてみましたが、予想していた答えが返ってきました。なので最近知ったものではないなと思いました。」
「2つ目は、俺がアレスさんに初めてあった時のアレスさんの言葉です。あの時アレスさんは「君がロエル・ヴァンガード君だね?」と確認口調で俺に問いかけてきました。なので、人から聞いた若しくは自分で知ったものであると俺は思いました」
アレスは何度か頷き、再度考え込む。
「ほんの少しだけあってるかな?って言うぐらいだね。でも、僕は驚いたよ。君がそこまで考えているとは思いもしなかった」
満足したような顔を見せるアレスだか念のためだろうがロエル問いかける。
「あと何か理由はあるかな?」
ロエルは考える。
頭の中を整理し、理由を考える。
その時、脳裏に閃光がほとばしる。
「あります!それは、アレスさんの助けが異常に早かったことです。アレスさんが率いる第1班は第43班がいる場所からは、結構距離があったはずです。それなのにアレスさんは俺のことを助けた。これは先程使った魔法テレポーテーションを使えば納得します」
「そして、テレポーテーションでこちらに来るということは俺に何があったかとわからないといけません。と、いうことはその戦いが起こることを事前に知っていた、あるいは魔法やマジックアイテムなどでこちらを見ていた、ということになります」
ロエルは推測を言い終わり一息つく。
アレスは目を見開き驚いていた。
しかし、アレスは冷静さは保たなくてはならない。
「今言ったことをまとめるとあの広場に来た時からロエル君の事を僕が監視していたと言いたいのかな?」
ロエルは下を向く。
今この状況から逃げたいぐらいだ。
だか、自分の言ったことだ。
ロエルは顔を上げ、アレスの方を向く。
「はい········言葉が悪いですがそういうことになります」
今度はアレスが下を向いている。
アレスの体が震えている。
ロエルは内心ビビりまくりだった。
アレスはあの思考回路糞女よりも実力は上だと思う。
そんなアレスを怒らせてしまったのか···········
その時、アレスの顔が動く。
それに合わせてロエルの体もビクッと動く。
『頼む!怒らないでくれ!』
アレスが喋り出した。
「素晴らしい!これは賞賛に値するよ。ロエル君、君がこれ程とは·········今のロエル君の推測はその通りさ、僕は魔法で君のことを監視していた。すまない」
アレスから放たれた言葉は予想外だった。
取り敢えず、命は助かったと安堵する。
「いえいえ、全然いいですよ。そのお陰でここに俺がいるんですから。感謝しています」
アレスが机越しにハグを求める。
そしてここに男2人が抱き合っている状況が完成する。
『いたたた、ん?アレス達は何を、まさか!?ハグ!今、この私が痛みに耐えてる中この様な事を······もしかしてアレスとあいつは〇〇なのか?いや、それは流石にないか。もしかして、〇〇〇〇〇〇なのか?ハハハ、弱みを握ったぞ!アレス!これを言いふらしたらアレスはどうなるか····』
情景をレリスは思い浮かべる。
長年隠してきた秘密がバレて恥ずかしがるアレス。
そのアレスを影で笑うレリス。
『いいぞ!凄くいいぞ!待ってろ未来!』
レリスが変な妄想をしているとも知らずにロエルとアレスの話しは続く。
「僕がロエル君を助けた理由を教えよう」
ロエルは今日何回もした緊張感に体を支配される。
その支配は酷いもので口が開けなくなり手足が動かなくなるのだ。
その支配されても出来ることは1つだけある。
それは────────息を呑むことである。
そして、ロエルは息を呑む。
そして、アレスが口を開く。
「僕が君を助けた理由は··········君がヴァンガード家の血筋だからだ」
いきなり予想外の事を言われ息するらも呑めなくなった。
王国騎士の隊長は番号(隊長の班の番号)が若い程実力がある。