第一章 1 『運のない日』
顔から流れる汗が地面に落ちる。
今年一番の暑さかもしれない。
そんな中でロエル・ヴァンガードは、畑を耕す。
振り下ろしたクワは、畑の土を持ち上げる。
「ああ、もう疲れた」
クワを振り下ろす、次の瞬間バキっという効果音が似合う音がクワの持ち手から聞こえた。
「────!ああ、くそマジふざけんな」
クワの持ち手の切れ端を地面に投げつけた。
「俺は今日、どんだけ運が悪いんだよ」
今朝、ベットから起きて自室を歩いていたら家具に小指ぶつけた。
今も右足の小指が悲鳴をあげている。
そのほかにも運の悪いことがあった。
母が大切にしている花瓶を落として割ってしまった。
母は当然怒り、その罰として畑を耕す仕事だ。
「うーん、もうクワがないから終わりでいいか」
ロエルは家に戻るために帰る準備を始めた。
ここから家はそう遠くない。
「あら、おはようロエル、
とても汗をかいているようだけど何かしてたの?」
彼女は同じ年齢のミラ・ルージュだ。
髪の毛は後ろで束ねており、整った顔立ちで、とてもがつくぐらい美人である。
「ああ、畑を耕してたところさ、やっとおわったー!と感激して帰って少し休憩しようと思って早く帰ろうとしてたけど······ミラに足止めを食らった····」
「何その嫌そうな言い方·····むかつく」
ミラは幼女みたいに拗ねて、ロエルを睨めつける。
「嘘嘘、冗談てか怖い顔するなよ、可愛い顔が台無しだよ?」
ロエルはまたミラをからかう口調で話す。
ミラは少し顔を赤くして
「うるさい!もう、ロエルったら
でも、ロエルが朝から畑仕事なんて偉いわね」
罰でやらされている仕事のことは口が滑ってもミラには言えない。
言ったら絶対に説教が始まる。
母の説教だけで充分だ。
「ああ、たまにはこういう仕事もいいかなーって思ってな、てゆうかミラこそここで何やってんだ?」
ミラの家はここからだいぶ離れている。
誰かに用があったのだろうと思ったが、つい気になって聞いてしまった。
「うん、ちょっとね。ロエルのお母さんに用があって、行く途中だったのよ」
ロエルの予想は的中し、ロエルは心の中で小さくガッツポーズをとる。ロエルは家に帰る準備が終わった。道具を背中に背負う。
そして、ロエルとミラはロエルの家に歩き始めた。
「そうなんだ、なんの用事があったの?」
「ロエルのお母さんに貸して貰った魔法の本を返しに来たの。でも、あまり人には見せれないからこの中だけど·····」
ミラは持っていた茶色のカバンを指さす。
このカバンはミラのお気に入りだ。
お父さんに10歳の頃、誕生日プレゼントとして貰ったと、7年前に自慢してきたのを今でも覚えている。
ロエルは父がいないので少しだけ嫉妬したが、ロエル自身も母から誕生日プレゼントを貰ったので幼い頃のロエルはそこまで気にしなかった。
「ふーん、そうなんだ。なんの魔法の本?母さんが持ってる本なら······治癒の本辺り?」
ロエル自分の推測をミラに言う。
そしてミラは驚いた顔をして
「え!なんでわかったの?やっぱり普段からロエルは読んでいのかー······ずるい」
ミラはロエルが羨まそうな口調で話す。
しかし、ロエルは頭を横に降る。
「いや、そんなことねーよ。俺はそういう本には興味ないんだ。昔から母さんに読みなさい!って言われ続けたけど今までで·······一回ぐらいしか読んだことねーな!」
と、ロエルはドヤ顔で言った。
その言葉を聞きミラは少し驚いた顔をしたが、ロエルの次の一言でその顔は普段の顔に戻る。
「俺が興味あるのは剣術の本だな。
格好良い剣とかも載ってるし、なにしろ独学で剣術が学べるところがいいよな!」
同意を求める様な口調でミラに話す。
「それなら治癒の本も同じだと思うけど·······あ、そろそろつくわね」
話している間にロエルの家の前に来た。
ロエルの家は村の家の平均よりだいぶ大きく、村の家で1位、2位を争うレベルだ。
「私はこのまま入っていいの?それともここで待っていた方がいい?」
ロエルは迷わず答えた。
「こんな暑い中、外で待っていたら死んじゃうだろ?中は涼しいからソファーで座って待ってて、その間に母さん呼んで来るから」
「ん、ありがと」
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ロエルの家はロエルの言っていたように涼しかった。
魔法をかけて涼しくしているらしい。
ミラの家は涼しくない。むしろ暑いぐらいだ。
毎朝起きたら直ぐに窓を開けることがミラの日課だ。他にも工夫をしてるがここまで涼しくならない。
改めて魔法は偉大なだなっと心の中で思う。
治癒の本を読んでいるもののまだ簡単な魔法しか使えない。
それに対しロエルの母は、たくさんの魔法を使える。
なにしろ昔、魔法学校に通っていたとのことだった。その学校で、とても優秀で主席で卒業したそうだ。勿論、この村にそのような施設はない。だからこうしてロエルの家に行っているのだが·····
ふと階段の方から誰かが降りてくる音が聞こえた。
反射的に階段の方を見るミラに対しその声は掛けられた。
「あら、ミラちゃんこんにちは、今日はどんな用かな?」
ロエルの母────アルラ·ヴァンガードは、長く伸びる青色の髪の毛で160cmぐらいの身長だ。肌はとても白く美しい。細く長い足でこちらに歩いてくる。そして、微笑みながらミラに話しかけた。
その口調はとても優しさに溢れていた。
「ミラちゃんが来たってことは·····ちょっと前に貸した治癒の本を返しに来たのかな?」
アルラの質問にミラは「はい」と答えた。そして、立ち上がりお気に入りの茶色のカバンから治癒の本を取り出した。治癒の本は、焦げ茶色でザ·古い本という言葉が似合っていた。治癒の本を手渡しして、ミラは言葉を続けた。
「とても役に立ちました。ありがとうございました。」
その礼儀正しい言葉にアルラは、何度か頷き治癒の本を受け取る。
「役に立ったのなら本望だわ。それで、治癒魔法は使えるようになった?」
アルラの質問にミラは顔を下に向けた。アルラは微笑みながら
「いいのよ、ゆっくりで、焦らず落ち着いてゆっくり覚えていけばいいのよ。私も暇な時があったら教えてあげるから頑張っていけばいいのよ」
その優しさに溢れた言葉にミラは頷く。
「また、貸して頂けますか?」
「ええ、勿論。いつでも言ってちょうだいね。」
ミラは「ありがございます」と言い質問した。
「アルラさんはどのくらいで治癒魔法を全て覚えられたのですか?」
興味本意の質問だった。
「私は3年ぐらいかな?魔法学校の上級者クラスの一年生の時に覚え始めたからあってるはずだわ」
その言葉を聞きミラは驚愕する。
ミラは独学で治癒魔法を覚え初めて数ヶ月立つが全くと言っていいほど成果がでない。頑張ってはいるのだか本当に成果が出ないのだ。でも、ミラは投げ出さない。ミラはとても負けず嫌いなのだ。幼い頃ロエルにかけっこに負けた時も毎日一人で走りまくった。
が、ロエル1回も勝てることは無かった。ミラの母にも、「運動面では、女の子も負ける時があるのよ」と励まされた。
それでも諦めきれなかったが······
「私とアルラさんでは才能の差ですよね·····でも、私は頑張ります!必ず覚えてみせます!」
「ええ、期待してるわ」
その時、ドドドドドと階段の方から大きな音が聞こえた。その正体は二人には大体わかっていた。
「ミラーーーーー!」
と大きな声で叫んだ。
──────ロエルが階段から降りてきた。
「ミラ!ちょっと見せたい物があるから来てくれ!早く!」
ミラはふとアルラの方を見た。アルラはクスっと笑った。
「いいわよ、行っておいで。
いってらっしゃい。」
その言葉を聞きミラは立ち上がりアルラに一礼してからロエルの方へ向かった。その時もロエルは「早く!」と急かしてきたがミラはあまり気にし無かった。
「仲が良いわね」
とアルラはロエルとミラには聞こえない声で呟いた。
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ロエルは先程とは服が変わっておりなかなかいいファッションセンスだ。
ロエルに招かれた部屋はロエルが寝たり勉強したりする部屋。いわいる自室だった。
「何を見せてくれるのかな?」
ミラは少しワクワクしていた。
この歳になって昆虫とかはないよね?などと心の片隅で思っていた。
「ああ、これだ、綺麗だろ?」
ロエル見せてきたのは虹色に輝く石取り付けたブレスレットだ。ミラはこのように綺麗な石を見たことがない。
「この前、王都に母さんと出かけた時に買って来たんだ。ブレスレットニするのは俺がやったぜ!」
ミラはブレスレットを自分の首に取り付けた。
「似合ってる?私に似合うはずが無いけど·······」
「ああ、すげー似合ってるぜ!頑張って作ったかいがあった!」
「ミラが治癒魔法を覚えれるようにお守りに何か作れないかなーって思って神の石とも言われるロイヤルラブラドライトなんかいいかなって思ってな!」
「うん!私頑張る!頑張って覚えるわ!期待しててね」
「ああ、期待してるよ!なんなら俺が怪我した時に治癒魔法よろしくな!」
ロエルは剣術の修行からかよく怪我をしている。ある時は腕が青ざめていたり、ある時は手から大量の血を流していたりする。ミラはこの痛々しい姿を見て治癒魔法を習得したいと思ったのだ。それは、願いだけでは収まらずミラにとっての夢になっていた。夢を与えてくれた存在、それがロエルなのだ。
「任せてロエル!習得したら怪我を治してあげるわ」
当然、自分の夢がロエルの怪我を治すことなんてロエルには言えない。恥ずかしすぎる。
「じゃあロエル、約束!ロエルは剣術を極めて私は治癒魔法極める、約束ね!」
ミラは自分の右手の小指を差し出す。
「ああ、それか幼い頃よくやったよな 」
ロエルも自分の右手の小指を差し出す。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます、指きった!」
と二人揃って幼い頃みたいにやった。
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ロエルとミラはアルラがいる1階へ降りていた。ロエルとミラが楽しそうに降りてくるのをアルラは微笑ましく眺めて見ている。
「ロエル、明日私の家の畑を手伝ってくれない?私一人じゃ大変で······」
「ああ、いいぜ!力仕事なら俺に任せろ!」
その会話を聞いていたアルラは、ロエルが絶対に言って欲しくない言葉を口にする。
「あら、ロエル偉くなったものね。私が凄く大切にしていた花瓶を割ってその罰に畑を耕してきなさい!っと言った時には愚痴ばかり言っていたのに今は違うんだ。へーー」
アルラはいやらしくロエルに言った。それを聞きロエルは「なんで言うんだよ!」とアルラに言い、ミラは「そうなの?」とロエルに問いただしている。
「あの時は本当にごめんなさい。家具に小指をぶつけて飛んで痛がっていたら当たって·····だから許してください。お願いします。」
ロエルは珍しく母に敬語を使っている。
「私は絶対に許しません!死ぬまで呪い続けます。」
ロエルから「ヒャー」という声が聞こえるが、もし本当だったら凄い怖いだろう。近隣でも力を持っている魔法使いに呪われたらと思うと·····
ミラはブルりと体が震える。ロエルはアルラに土下座をしている。
しかし、この空気を次の音が壊す。
「コン、コン」
ノックだ。玄関のドアからノックの音が聞こえる。アルラは立ち上がり玄関へ向かう。 ドアが開かれる。そして、
「アルラ様、ロエル君とともに村の大広場まで至急来てください。なるべく早くお願い致します。」
ロエルとミラは頭の上にハテナマークを浮かべているがアルラは至って冷静だ。
「わかったわ。直ぐに準備させるわ。」
やはり冷静だった。
「なんだってんだ。なんでこんなしっかりとした服を着るんだ?それよりも早く大広場に行った方がいいんじゃないか?」
ロエルは疑問だらけだった。さっきの中年の男性の言葉といい、母の冷静さといい、それにこんなにしっかりとした服を着せる始末だ。
訳が分からない。
ロエルの頭の中はこんがらがっていた。意味がわからないことが起こりすぎて本当にわからない。
「よし、できたわ、ロエル動いていいわよ」
ロエルは背筋を伸ばした。
アルラは真剣な眼差しになった。
「ロエルいい?今から大広場でとても大切な話があると思うけど、真摯に受け止めて冷静に聞き取るのよ。わかった?」
ロエル「ああ」と言い続けて
「わかってるって大丈夫だよ。母さん。」
「ならいいわ、大広間に行きましょう」
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大広場には、ぞくぞくと村人が集まっていた。家族の長男とその母親と父親などなど、色々な人だ。ミラは先程自分の家族の方へ走っていった。現在ロエルとアルラだけである。
ロエルの視線の先には武装した集団がいた。胸の辺りにはマークが描かれている。
「あれは絶対に王国のマークだぞ、多分食料が足りないから食料を取りに来たんだ!そうに違いない!」
「この村から金品を取りに来たんだろうね。王国も経済状況が悪いから多分そうだと思うね。」
などと色々な憶測が村人達の口から放たれている。
そんな中で武装集団で一番体つきのいい男が動いてマジックアイテム───拡声器を手に持ち口の辺りに近ずけ喋り始めた。
「俺は、ヴァルトムゼスト王国、8代目、王国戦士長ウルズベルト·バン·レアトルである。エルン村の諸君ご機嫌よう。今回は帝国との一戦について徴兵の命令を王から授かってきたものである!」
徴兵という言葉を言った瞬間村人達がざわつく。それを全く気にせず。ウルズベルトは続ける。
「帝国との戦争にあたり徴兵を行う。対象者は以下の通りである。満15歳以上の男子、主に青年。
家の主、老人は共に対象外とする。勿論、女性も対象外だ。今日の夜には出発したいので早めの準備を頼む、以上だ。」
村人達からは泣いて家族に抱きつくものなどがいる。隣の青年からは
「まじかよ·······」という声が聞こえる。
ロエルは現在17歳で対象である。勿論、帝国との一戦───戦争に駆り出される。
ロエルは心の中で思う。今日、何回思っただろうか。
『今日は運のない日だ。』と