第一章 17 『幻聴と幻覚』
「カイン、死なないでくれよ」
カインが雄叫びをあげて、鎧兵に立ち向かってから数秒がたった。が、全くと言っていいほど戦っている音が聞こえない。
「………どうしたんだ」
最初だけ剣を振るう音と何かが切れる音が聞こえたが、それっきり聞こえないのだ。明らかに異常事態だ。
「…おかしい」
考えられるのはカインが一撃で殺されたこと。それならば、最初の音も納得できる。
「くそ……くそ!」
ロエルが上手く鎧兵を倒すには、カインが必須だったのだ。それなのにカインは時間を稼げず、作戦失敗となった。
「俺1人では突破は難しいか…」
一体ならともかくだ。しかし、鎧兵が複数いる可能性は高い。複数いる中に飛び込むのは死にに行くもののようだ。
(諦めるなよ。ロエル)
急にカインの声が聞こえた気がした。この緊張感で、幻聴を疑ったが確かに聞こえた。
「?!……カイン…なのか」
これで返事が返ってきたらロエルはどう反応すればいいのだろうか。遂に幽霊と会話出来るようになった、と皆に自慢すればいいのか。
(そうだぜ!相棒!)
返事が来てしまった。ロエル的には来ないで欲しかった。ロエルは幽霊の声など聞きたくないからだ。
「お前……そっちの世界はどうだ?」
まずはカインのいる世界の話を聞くことにした。死んだ人間の世界の時間と生きる人間の世界の時間の流れは違うと聞いたことがあるので、時間の流れが早いカインの世界の話を聞いたのだ。
(ん?あぁー、少し良い気分かな。一撃だったし)
いや、死んだ時の話じゃねーよ、とツッコミをいれたかった。やはりカインはどこの世界に行っても頭の可笑しい奴なのか。ロエルも死者の声を聞いている時点で、かなり頭がやられているだろう。
「ごめん、ごめん。俺も頭が可笑しくなっちまったな。どうやら俺は、幻聴を聞いているみたいだ」
ロエルは幽霊の声では無く、自分だけが聞こえている幻聴だと決めた。カインが死んで頭がどうにかなってしまったのだろう。
(何言ってんだ、ロエル)
駄目だ。必死に幻聴を起こさないように努力しているが、全くと言っていいほど効果がない。まだ返事をしてくる。
「ああ、もう俺も末期だな」
少し気分を変えようとロエルは、カインが走っていった方に歩き出した。もう鎧兵がいたとしても何とも思わず戦ってやる、と決めたのだ。
「くっそ……幻聴が……」
それからも幻聴は止むことがなく、ロエルに話しかけてくる。まるで、ロエルの頭の中にカインがいるように。
(なあなあロエルー)
無視して歩き続けていると何やら人影を見つけた。敵らしき人物を見つけたロエルは剣を構えた。
「さあ!かかってこい!」
そうロエルが言うとその人影はロエルの方に向いてきた。そして、ゆっくりとこちらに歩き出した。
「来たか……1人だな。神はまだ俺を見捨ててない!」
近距離になり、ロエルが剣を大きく振るった。しかし、剣は相手の剣で弾かれ、ロエルの剣は飛んでいってしまった。
「あぶねーな!ロエル!」
幻聴カインがまだ続いている。この期に及んで邪魔をしてくる。
「う、うるせーよ!!!」
遂に幻聴に大きな声を出してしまったロエル。戦っている時に邪魔をしてくる幻聴カインに我慢出来なかったのだ。
「うるさいだと?!何言ってんだ!ロエル!」
幻聴カインがそう言った後、ロエルは何かに肩を掴まれた。掴まれた方を見ると目の前にはカインが立っていた。
「え…俺は……遂に幽霊まで見えようになってしまったか………これは…幻覚だ」
幻聴に幻覚、頭が可笑しくなってしまった典型的な状態だ。そして、かなりやばい状況でもある。
「幻覚?何言ってんだ。鎧兵を一撃で倒した俺ぇをもっと称えるべきではないのか?」
鎧兵を一撃で倒した?倒されたの間違いではないのか?とロエルは思った。幻覚カインが肩を離してくれない。
「幻覚カイン。離してくれよ。今は……もう」
幻覚カインはロエルの肩を離した。幻覚も命令すれば、聞いてくれると言う新たな発見をした。幻聴も命令を聞いてくれるのだろうか。
「俺は幻聴でも幻覚でもないぜ!!」
ロエルはやっと理解できた。カインは鎧兵を1人で倒し、生き残ったのだ。最初っから幻聴でも幻覚でもなかったのだ。
「なるほど。俺の思い違いだったようだな。ところで、鎧兵は何体いたんだ?」
一番気になるのは相手が何体いたか、だ。2桁は流石に無いと思うが、聞いてみた。
「うーん、5体ぐらいだ」
5体もの数を一撃で倒した。そうカインは言っているようなものだ。そんなことを素人のカインにできるのか。
「何だって?全て一撃??」
ロエルが聞いた音的に一撃なはずだ。しかし、驚愕したロエルは思わず聞いてしまった。
「ああ、もちろん!俺ぇのこの左腕にかかれば楽勝さ!」
カイン簡単に倒せるほどの強さだった場合もあるが、それならばフィリップが逃げるはずがない。鎧兵は強者であったはずなのだ。それなのになぜ────
「カイン……お前本当に素人か…?」
素人にしては出来すぎているのでどこかで剣術を習っていたのでは、と思ったのだ。ロエル自身、毎日欠かさず剣を振っていた。
「そうだぞ?この戦争で俺ぇは初めて握ったさ!」
カインの嘘は顔ですぐにわかる。この顔は嘘をついていない顔だ。本当に素人なのだろう。
「まあ……いいか。進むぞ」
暗黒に引き込まれそうな程に暗い道をロエルとカインは進む。鎧兵を警戒しながら進むロエルだが、カインは普通に歩いている。
「カイン……もう少し警戒して歩こうな」
あまりにもだらけて歩いているので注意したロエルだが、前方に不審な物を発見した。
「なんだ……あれ」
ロエルが発見した物は異常に光っており眩しい。さっきまで無かったものが急に現れたのだ。
「罠────いや、モンスターか」
このような暗い場所だとモンスターが湧くことがある。高位のモンスターは湧くことはあまりないがそこそこ強いモンスターが湧く。
「カイン、戦闘態勢だ!」
2人はモンスターみたいなものが出している光に走っていった。
王国の王都の規模は近郊比べてかなりデカい。