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シャンティリア王国物語

旦那様の誕生日が迫っているので、サプライズパーティーを開くことにしました

作者: しきみ彰

 もうすぐ、わたしの旦那様であるフェルミシュオン様の誕生日。

 というわけなので、不肖メイリーン、実家に帰ってきました。


「……姉さんはいつも、突然帰ってくるよね」


 意気揚々と帰ってきたわたしに、弟のアデルが渋い顔をします。

 しかしお母様とお父様は、わたしのことを笑顔で迎えてくれました。


『おかえりなさい、メイ。フェルミシュオン様の御宅での生活はどう?』

「おかえり、メイリーン。離婚なら僕、全力で協力しちゃうよ?」


 筆談で語るのは、わたしの尊敬するお母様であるリノラ・クロフォード。銀髪に碧眼をした、我が母ながら見惚れてしまうほどの美女です。

 ちょっと悪い顔をしているのは、お父様のライル・クロフォード。黒髪に紫の瞳をした、美男子です。

 あと一人妹がいるんですが、あの子はお城で歌姫オペラセリアとして働いているので、今日は留守です。歌姫オペラセリアとは、魔術を発する際に必要な触媒を使わずに、己の魔力を歌で編み上げることができる女性たちのことです。

 父、母、長女、長男、次女の計五人。それが、わたしの実家であるクロフォード侯爵家の、家族構成です。

 なんだかんだ言って居間でくつろぎ始めたわたしに、お母様は首を傾げました。


『ところで、メイ。今日はどんな用事でここに来たの?』

「うん、家出だよね。とうとうあの唐変木に、愛想尽かしちゃったんだよね」

『……ライルは黙ってましょうね?』


 お母様の字は流れるように綺麗で、ああ、実家に帰ってきたのだな、という気分にさせられます。そして、お父様とお母様のやり取りも、わたしが二人の夫婦仲に憧れる一つの要素です。

 お母様はお父様と言葉を交わすとき、筆談を用いないのです。

 代わりに使うのは、口だけ。お母様は、歌姫オペラセリア時代に声をなくしたらしいんです。そのときから、お母様とお父様はそんな関係らしく。なんと夫婦仲も、新婚時から変わっていないんだとか。

 こちらの証言をしてくださったのは、お母様のご友人であり、ステラリンデ公爵のご夫人であるアイリ様からです。聞いた際に悪態をつくように「あの天然ボケボケバカップルは、昔から何も変わらないわよ……」とため息を吐かれていたのですが、アイリ様には何かあったのでしょうか。そういうアイリ様も、お父様たちに負けず劣らずの夫婦仲を持つ方ですけどね?

 それからもう二十年以上経つというのに、二人は二十代ほどの若々しさをしています。これも高い魔力持ちの人間であるためなんだとか。

 思わずにこにこしてますと、アデルが半眼をしてわたしを見ます。


「姉さん、お父様とお母様の夫婦仲が、社交界でも有名なくらい良いのは分かってることだから。それで、今日はどうしたの? 姉さんのことだから、絶対に義兄さんのことだろうけど」

「あら、アデル。正解です。そろそろ、フェルミシュオン様の誕生日なんですよ」


 そう言えば、アデルは頭を抱えます。お母様は瞳を輝かせ、お父様は笑みを深めました。

 三者三様の対応です。


「そっかぁ……彼をここに呼んで、パーティーがしたいんだね? メイリーンは」

「はい。だって二人だけでお祝いするより、そちらの方が楽しいではないですか」

『そうね。楽しそう!』


 ご機嫌なお母様とは裏腹に、お父様の機嫌は悪くなります。


「……よし、彼が来たら、一度いびろう。うん、楽しそう」

「……お父様の言う楽しそうと、お母様の言う楽しそう、は、だいぶ毛色が違う気がするんですが」

「姉さん。お父様にそれを言っても、もうどうにもならないから」


 まぁ、確かにそうですね。お父様が今更変わるわけがありません。

 そして繰り広げられる夫婦漫才も、我が家の日常ですね。


『メイ。あなたが本題からずれてどうするのっ』

「あ、すみません、お母様。ついうっかり」

「姉さんのうっかりしすぎだよ……ほんと、頭痛い」


 アデルが何を言いたいのか、さっぱり分かりませんが、まぁいいでしょう。

 結局誕生日のサプライズパーティーは、お母様を主導に話が進んでいきました。

 アデルが「姉さん……それでいいの。いや、姉さんだからな……むしろ姉さんだけに任せておいたらどうなるのか……」とか呟いていましたが、わたしの知ったことではありませんでした。



 ***



「おかえりなさいませ、フェルミシュオン様」

「……ああ、ただいま帰りました。メイリーン」


 旦那様の誕生日まで、あと二日。

 それだというのに、フェルミシュオン様の機嫌がたいそう悪いのです。

 首を傾げましたが、わたしにはさっぱり分かりません。フェルミシュオン様に知られてしまわないように、使用人の方々には何も話していませんし、実家に帰省するときもフェルミシュオン様のいない時間を狙っています。フェルミシュオン様のお家と我が家は、なかなかに近い位置にありますからね。馬車など使わずとも、歩いて行ける距離です。

 お食事中も黙々と食べ続けるため、食卓には会話がありません。わたしはあんな賑やかなお家にいましたから、そう言うのが少し寂しく感じました。まぁフェルミシュオン様には、筒抜けなのでしょうが。

 ただやはり、フェルミシュオン様は城務めです。明後日、空けてもらうことだけは言わなくては。

 そう思い、わたしは口を開きました。


「そうです、フェルミシュオン様。明後日は出かけますので、早めに帰って来てくださいね」

「……あの、メイリーン。それは一体どういう……」


 ぽかん、と目を丸くするフェルミシュオン様のお顔に、思わず笑みが浮かんでしまいます。


「はい、明後日、実家に帰ろうと思うのです」


 瞬間、フェルミシュオン様の手元のグラスが弾け飛びました。幸い中身はなく空だったので悲惨なことにはなりませんでしたが、それを握っていたフェルミシュオン様の手が、大変なことになっています。


「フェルミシュオン様!? お手が血ぇ塗れています! 今、治療を……」

「いりません」


 お母様が歌姫オペラセリアだった故に、その名を冠することはできずとも、ある程度の歌をわたしは教わっていました。治癒の歌もそのひとつです。

 それを使おうと慌てて駆け寄ったのは良いのですが、フェルミシュオン様はわたしの手を振り払います。その手にはまだグラスのかけらが握られており、ポタポタと絨毯にシミを落としていました。


「フェルミシュオン様、何を怒っているのですか? それよりも、お手からグラスを離してください。傷が深くなってしまいます!」


 フェルミシュオン様がなんだか、怒っていることは分かりました。ですが、その理由が分かりません。

 するとフェルミシュオン様のお姿が変わり、白銀の髪は黒髪に。紫と赤のオッドアイは、両眼が赤く染まりました。

 そんな姿で怒気を発し、なおも睨むものですから、流石のわたしもたじろぎます。しかしそれ以上に、傷つきました。

 フェルミシュオン様がわたしに向ける顔が、突き放すようなそれだったからです。


「……最近、妙に敬遠されているとは思っていました」

「それは……」


 …………

 …………

 …………わたし、敬遠してましたかでしょうか。

 そもそもそこから分かりません。どうしましょう。フェルミシュオン様、怒っているのに。


「それより何よりわたしが嫌だったのは、あなたがわたしに隠し事をしていると言うことです」

「ああ、まぁ、してますね」


 むしろ、サプライズをしたいのにサプライズしたい相手にそれを言ったら、サプライズでは無くなってしまう気がするのですが。

 今回の場合、フェルミシュオン様は人のお心が読めてしまわれますから、一緒にいるときは考えないという選択を取りました。わたし、頭の中を空っぽにできてしまうんです。昔は結構あれでしたが、今は我ながらこの性格、ナイスだと思っています。

 しかしその返答が、フェルミシュオン様の何かに触れてしまったようで。


「……あなたも結局、同じなのですね」

「え……?」


 ぱらぱらとガラスが床に落ちました。

 踵を返すフェルミシュオン様は、最後にこう残します。


「……どうぞ、実家に帰省してください。明日からでも構いませんから」



 ***



「というわけで、本日から帰省することにしました」

「……姉さん、やっぱりバカだ。もうなんかバカだ」


 二日分の荷物を抱えて帰省したわたしに、アデルは頭を抱えて嘆き始めました。はてさて、どう言うことでしょうか。


「姉さんはどうして、頭は良いのにこう、鈍感なんだ……ほんと、義兄さんが可哀想……」

「……なんとなーく、酷いことを言われている気がするんですが」

「酷いことを言ってるんだよ。それくらい気づいてくれ、本当」


 残念なことに、この性格故に社交界では、なかなか得をしたのですよ? ある程度の嫌味などさらりと受け流せねば、あそこではやっていけません。

 胸を張ってそう言えば、隣りのお父様が苦笑なされました。


「リノラの強化版……ってところかな。流石のリノラでも、そこまで鈍感ではなかったし」

「なるほど。わたしはお母様に似たのですね」

「納得して終わらせないでよ姉さん」


 アデルは眉間にシワを刻みました。ダメですよ、アデル。シワはクセになります。

 結局居間に通されたわたしは、そこで待っていたお母様に、向かい側に座るよう言い渡されました。

 あら、なんでしょう。お母様が大変怒っていらっしゃいます。脇には紙束がありますし、完璧なお説教モードです。

 お父様とアデルは、わたしを通してから部屋を出ていきました。

 お母様が紙を差し出します。


『さて、メイ。お話、しましょうか』


 にっこり。お母様がいつになく怒っています。

 とりあえずわたしは促されるままに、どうして帰省したのかと言う理由を説明しました。

 お母様は黙々と紙に字を綴っています。


「……というわけで、フェルミシュオン様からの許可が出たので、帰省してパーティーの準備をしてしまおうと思ったわけです」

『……我が娘ながら、なんて言ったら良いのか……』


 お母様の重たいため息が、室内に広がりました。

 そしてお母様は、長文を書き連ねた紙をわたしに渡してくれます。

 それを読み終えたわたしは、目を剥きました。


「……えーっと、これはどういう……」

『つまりフェルミシュオンくんは、あなたの発言に勘違いをした、ということよ』


 お母様が書かれた長文には、要約するにこんなことが書き込まれていました。


『フェルミシュオンくんはおそらく、あなたが離婚したいと思っている、と思っているわ。その辺りの理由は、自分の発言を見直しなさい』


 ……離婚騒動、第二弾ですね。

 いやはや、まさか、フェルミシュオン様がそんなことを思っていたとは。


『そもそも、よ? 人の心が読めてしまうフェルミシュオンくんのサプライズパーティーを開くって、なかなか至難の技だと思わない?』

「確かに」

『……その上フェルミシュオンくんは、嘘ばかり吐く人たちに愛想を尽かして、城では研究室にこもっているの。そんな彼なら、メイの違いをすぐに察せられるでしょう?』

「おっしゃる通りです、お母様」

『……どうしてわたしのほうが、フェルミシュオンくんのことを知っているのかしら……』


 確かに、どうしてでしょうね。わたしがサボっていたのでしょうか。いや、サボっていたのですね。

 お母様が頭を抱えました。

 しかし直ぐに立て直し、最後にこんなメッセージを書き綴ります。


『とにかく、お膳立てはしてあげるから。仲直りは自分でやりなさい、メイ。いつまでも、フェルミシュオンくんの優しさに甘えていてはダメよ』


 ……フェルミシュオン様の、優しさ。

 この言葉の意味を考えながら、わたしの一日は過ぎていきました。



 ***



 そして誕生日当日。

 わたしはフェルミシュオン様の研究室の前にいました。

 なるほど、これがお膳立てというやつですね。

 お母様は現国王陛下と王妃殿下と、仲が宜しいのです。歌姫オペラセリア時代の名残りだとか。

 結果お城の中にまで入れたわたしは、フェルミシュオン様の研究室に来れたのでした。

 とりあえずノックをしてみましたが、返答がありません。

 ノブを回してみたら開いたので、中に入ってみることにしました。


「わ……暗いです」


 中は真っ暗でした。フェルミシュオン様はどうやら、明かりをつけていないようで。仕方がないので、小さな明かりをつけることにしました。


「光がわたしの道を照らします」

「小さな小さな光をください」


 すると少しだけ、視界が明るくなりました。

 足元に散乱する鉱石たちを踏まないよう気をつけつつ進むと、中央にあるテーブルに突っ伏すフェルミシュオン様が見えました。

 近付くにつれて、フェルミシュオン様がうなされていることに気付きます。


「フェルミシュオン様……?」


 そっとその肩に触れれば、体がいきなり揺れました。視界が大きく反転し、気付けばフェルミシュオン様のお顔が上にあります。


「……メイリーン? どうして、ここに……」

「えーっと……」


 気付けばわたしは、フェルミシュオン様に押し倒されていました。顔がものすごく近いです。隠している髪から覗く赤色に、思わずぞくりとします。


「……お話をしにきました」

「……話すことなど、ないでしょうに」

「いいえ、あります」


 逃げそうなフェルミシュオン様の体を止めるため、わたしは両腕を首に回しました。

 そして、お母様に言われたことも。なんとなく、理解したのです。

 フェルミシュオン様の唇にそっと口付けをすれば、彼は目を見開いました。


「メイリーン……っ?」

「心配なさらずとも、わたしはフェルミシュオン様のことが大好きですよ」


 その証拠に、ほら。わたしの心臓は、あなたに会えて嬉しいと喜んでいます。

 その声が聞こえたのか、フェルミシュオン様の顔が僅かに赤くなりました。


「避けていたわけではないです。ただ、サプライズをしたいのにそれを知られては、困ると思いまして」

「……サプライズ、ですか?」


 フェルミシュオン様は昨日、どのようにして寝たのでしょうか。目の下のクマを見て、そう思います。

 わたしに足りなかったのは、積極性です。フェルミシュオン様のことを何より知っていたはずなのに、わたしはそれを使おうとはしませんでした。考えて、言葉に出そうとはしなかったのです。

 それはきっと、フェルミシュオン様がわたしの心の声を聞けるからだと思います。

 ですから、誕生日パーティーはサプライズではなくなってしまいますが、せめてこちらはサプライズにしたいです。

 わたしは持っていた箱からあるものを取り出し、フェルミシュオン様の両耳に付けました。


「フェルミシュオン様。お誕生日、おめでとうございます」

「……これは、ピアスですか?」

「ええ。フェルミシュオン様の目と、同じ色をしたピアスです。……わたしと、お揃いなんですよ」


 耳に髪をかければ、そこからはピアスが見えます。フェルミシュオン様がオッドアイのときと同じように、赤と紫のピアスです。


「今回の帰省も、あちらで誕生日パーティーを開きたかったからなのです」

「……それは」

「はい。言葉足らずで申し訳ありませんでした」


 ですから、これから一緒に行きませんか?

 そう問えば、フェルミシュオン様はきつく、わたしのことを抱き締めます。いきなりのことに、わたしは目を見開いてしまいました。


「……あなたという人は本当に、可愛くて、憎らしくて……鈍感な悪い子です」

「フェルミシュオン様にだけは言われたくないですね……」


 彼も、なかなかに口下手で鈍感で可愛いです。

 その心の声を聞き、フェルミシュオン様は笑みを深めます。


「……さて、とっておきのデザートは、今日の最後にとっておくことにしましょう」

「……デザートですか?」

「ええ、デザートです」


 納得いかないわたしと上機嫌のフェルミシュオン様は、なんだかんだ言いつつも手を繋いで、クロフォード家へと向かったのです。

 その道中、両親のように、フェルミシュオン様とずっと一緒にいたいと。

 そう思ってしまったわたしは、強欲なのでしょう。

マヤノ様、リクエストありがとうございました!

ぐたり感が酷い気もしますが、こんな感じでよろしかったでしょうか……?


ちょっとした告知:

『シャンティリア王国物語シリーズ』は、いつか連載予定のクロフォード家の次女の話で終わりにしようかと思います。

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