story5
幸運にも、と言っておこうか。後にも先にも恵が死なずに済んでラッキーと思えるのはこの時だけかもしれない。声を大にして言っておこう。幸運にも、恵は一命をとりとめた。しかも泣けてくることに、意識を取り戻して真っ先に『ゆきちゃんは悪くない!』と叫んだらしい。かー、泣けてくるね。どこまで想ってくれんだか、本当。安っぽい涙が出てついでに反吐も出そう。
私に警察沙汰の嫌疑が及んでいることを知った恵が、病院のベッドの上で必死に家族や校長に対し私へのありがた迷惑な思い千万を懇々と垂れ流してくれたおかげで、私の身は事なきを得た。季節はもう中学3年の冬に至っており、暗黒の中学時代も受験という関門を越えたら終わろうとしていた。恵の傷は、意識を取り戻してしまうとそう後には残らないものだったらしい。まあ、多少はほっとした。後遺症が残ると私が悪者になるから。
一応、私も恵の病院を一度だけ尋ねたことがある。3月の、卒業式直前頃だった気がする。彼氏と別れるどころか不登校、果てや自殺未遂にまで至ったのだから、一応この私もひやひやしていた。近年は特に、いじめから自殺のコンボを食らわせると加害者もお先真っ暗になるから。
恵は、私がベッドを訪ねるとぱあっと顔を明るくした。髪が伸び放題で、最初期を彷彿するロングヘアに戻っていた。
「来てくれると思ったよ!」
あんなやりとりをしたまま顔を合わせていなかったというのに、恵は以前と変わらず眩しい笑顔を向けてきてくれた。その天然っぷりは、まだ私がそんなに恵を嫌ってなかった会ったばかりの頃を彷彿させられて、ちょっとばかし恵に対する嫌悪感が解けた。
「バカだね、自殺なんて」
持ってきた見舞いの花を窓際に差してやると、恵はいたずらを見つかった子供のように「えへへ」とはにかんだ。
「ゆきちゃんに嫌われたかと思って」
いや、その通りだったんだけど。ベッドで上半身だけ起こし、病院指定の患者服を着ている恵を見ると今までの煮えくりかえっていた恵への感情が嘘のように消えて行った。まだ私と恵は会ったばかりで、恵による不利益を知らない頃の私に戻れるような気がした。
「そんなわけ、ないでしょ」
しかし筋は通さねばならない。
「でもごめんなさい。恵にはずいぶんひどいことも言っちゃったから」
深々と頭を下げると、恵は勢いよくぶんぶんと両手を振った。
「もういいよ。謝ることはないよ!」
まったく、恵と言う子は考えなし、底抜けの楽天家なのだ。
私がこんなに穏やかに恵に接することができたのは、自殺未遂にまで至ったというのに、優しく私に接してくれた恵のその菩薩のような寛容さの影響もあったが、何よりもうすぐ中学は卒業し、私は恵とは完全おさらばバイバイだからである。私は県内の公立進学校に進学を決めており、しかし恵はその怪我から高校浪人もしくは推薦編入と言う特殊形態入試を取らざるを得ないだろう。私が進学する高校は偏差値が高いので恵には入って来れない。頭に関しては恵より私が勝っていたので、高校に合格してしまえばこっちのものだ。さよなら恵。今となっては貴方は良い思い出です。困ったことがあったら、たまになら連絡していいからね。