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初雪姫

作者: ネコ削ぎ

 ある小さな国の出来事です。

 その小さな国には一人の王子様がいました。

 王子様はとても寂しがり屋でありましたが、周りに同じ年頃の子供たちが一人もいないので、城の中でいつもいつも一人ぼっちで過ごしていました。大人たちは王子様が王様の子供ということもあり、礼儀正しく頭を下げてきますが、それが王子様には一歩身を引かれていると感じて好きになれませんでした。

 王子様は気兼ねなく話しかけてくる者を求めて城の中をあちこち駆け回りましたが、誰もかれもが王子様を見るなりに恭しく頭を下げてくるので、王子様は泣きそうになりました。

 ある雪の降った日のことです。

 大嫌いな勉強を終えた王子様が城内の庭にやってきました。空は雲がかかっていてちらほらと雪が降り注いでいて、王子様の膝が隠れるくらいに雪が降り積もっていました。

 王子様はまず両の手のひらで雪をまあるく固めて雪玉を作って、どれだけ遠くに投げることができるかと雪玉を投げて遊びました。だけど、いくら遠くに投げることができても王子様はまったく楽しくありませんでした。

 王子様は次に雪玉を転がして転がして大きな雪玉を作りました。大きな雪玉が完成すると、中くらいの雪玉をもう一個作りあげて、大きな雪玉の上に乗せて雪だるまを作りました。だけど、頑張って作ってもちっとも嬉しくありませんでした。

 王子様は最後に雪だるまに雪玉をぶつけてみました。一個、二個、三個とぶつけてみたのですが、何個ぶつけてみても面白くありませんでした。

 楽しくも嬉しくも面白くもない。王子様は不貞腐れて降り積もった雪の上に寝っ転がりました。

 暫く、王子様がごろごろとつまらなそうに転がって雪に塗れていると、さくさくと雪を踏む音が聞こえてきました。

 さくさくという音が段々と近づいてきます。

 さくさくさくさくさくさく。

 雪の中からやってくるのは王子様よりも一つ二つ年上の女の子でした。

「王子様、王子様、私と一緒に遊んでくれませんか。一緒に雪で遊んでくれませんか~」

 女の子は雪の上に寝っ転がっている王子様の顔を覗き込むと、ニッコリ笑って抱き着いて一緒にごろごろ転がりました。

「お前は誰だ?」

 女の子と一緒に転がる王子様突然の行動に驚きながらも問いかけました。

「そうですね~、今日は初雪なので初雪姫と呼んでください、王子様~」

 初雪姫と名乗った女の子は立ち上がると王子様から急いで離れると、雪玉を作って王子様目がけて投げました。突然の攻撃に王子様はまったく反応できずに顔に雪玉がぶつかりました。雪玉はゆるく握られていたらしく、王子様は痛いと感じませんでしたが、女の子に雪玉をぶつけられたことにムキになって雪玉を投げつけ始めました。

 王子様と初雪姫はお互いに雪玉を投げ合いました。こうなると日々訓練している王子様の方に分があるようで、しばらく投げ合った後に初雪姫がポスンと仰向けに倒れました。

「疲れた~」

 初雪姫がごろごろと雪の上を転がると、王子様はさきほどの初雪姫のように彼女に抱き着いて一緒にごろごろ転がりました。

 二人は少しの間寝っ転がって休むと、今度は雪だるまを作り始めました。王子様が大きな雪玉を転がし、初雪姫は中くらいの雪玉を転がしていました。二人共まるで職人のように真剣な顔で雪玉を転がして、ちょうどいい大きさになると王子様は初雪姫が作った中くらいの雪玉を自分が作った大きな雪玉の上に乗せて雪だるまを完成させました。

「完成だ~」

「うん、完成した」

 二人は嬉しくなって互いに抱き着いて、またその場に寝っ転がってごろごろしはじめました。

 雪だるまを作り終えてから少しすると空が薄ら暗くなっていましまた。

 初雪姫は元気よく立ち上がると、いまだに寝っ転がる王子様を見下ろしました。

「王子様、もう暗くなってきたから初雪姫はおうちに帰るね」

 初雪姫の言葉に王子様はちょっとだけ残念そうな顔になりました。だけど、また明日会えるんだからとニコッと笑って「また明日遊ぼうよ」と言いました。

 すると初雪姫は困ったように首を傾げます。

「明日はもう遊べないよ」

「何で?」

「だって私は初雪姫だから、遊べるのは初雪が降った日だけだも~ん」

 女の子は気に入らないとばかりに頬をぷくっと膨らませた。王子様は可愛いと思った。

「じゃあね、王子様。次の年にね~」

 王子様の頭を撫でると初雪姫は急ぎ足で離れていきました。王子様はパッと立ち上がると、雪の上をさくさくと足音を立てながら遠ざかっていく初雪姫の背中を追いかけましたが、曲がり角で姿を見失ってしまいました。王子は必死になって辺りを見渡して初雪姫の背中を探してはいましたが、どんどん暗くなっていく景色の中では見つけることなどできません。王子は諦めるよりほかなく、さくさくと力なく雪を踏みしめながら城内へと帰っていきました。

 それから一年の間、王子はまた孤独の世界に戻ってしまいました。一日一回は城内の庭に出て、雪の中に初雪姫の姿を探していましたが、どこを探しても、どこまで待っても初雪姫が現れることはありませんでした。

 王子様はもしかしたらあの日見た初雪姫は、あまりにも寂しくなって自分が作り出したありもしない幻だったのかもしれないと思ってしまいました。

 初雪姫はいなかったのかもしれないと、すっかり雪の解けてしまった庭で王子様が思っていると、目の前に老婆がやってきました。老婆はあちこちが解れたみすぼらしい服装をしていて、城内に居るには似つかわしくありませんでした。

「王子様、王子様、初雪姫に会いたいかい、一緒に遊んでいたいかい」

 老婆がしゃがれ声で問いかけます。

「俺は初雪姫に会いたい、一緒にまた雪遊びがしたい、老婆よ、どうすれば会えるんだ」

「王子様が一年を勤勉にお過ごしなされば、年に一度の初雪の日に会えます。ですが、逆に王子様が一年を怠惰に、そして果たすべき義務を全うせずにお過ごしなされば、初雪姫は二度と王子様の前に現れることはありません」

 老婆は言いました。

 王子様はこれを聞いて、また初雪姫に会いたいと思いました。勉強は大の苦手でしたが、王子様は初雪姫に会いたい一心で勉学に励みました。

 王子様が一心不乱に勉強をしているうちに、また雪の降る季節がやってきました。王子様はいつ初雪が降るのかと、わくわくしながらも勉強の手を緩めることはありませんでした。

 雪の降る季節になって数日が経ちますと、ついに王子様の待ちに望んだ初雪が降りだして、瞬く間に城内の庭に積もって白く染め上げました。

 王子様は雪が降り積もるなり、勉強道具を放り出して外へと駆け出しました。階段を危なっかしく下りて、城の家来たちの間を通り抜けて庭に出ますと、降り積もった雪の上に初雪姫がいました。

「久しぶりです、王子様~」

 初雪姫が手を振って名前を呼んできたので、王子様は嬉しくなって初雪姫に抱き着きました。



 それからというもの、王子様は一年に一度だけ初雪の降る日を待ちながら勉強して過ごしました。そして初雪が降ると勉強を放り出して初雪姫と遊びました。王子様は一年に一度だけとっても幸せになりました。

 ですが、王子様は年を重ねるにつれ、初雪姫がずっと一緒に居てくれたらいいと思うようになりました。一緒に雪の解ける季節を迎えて、また一緒に雪の降る季節を迎えたい、そうして一緒に生きていきたい、その想いは段々と王子様の中で膨らんでいくのです。初雪姫にこの想いを伝えたい、伝えて一緒になりたい、そう思うのですが、初雪姫と無邪気に遊んでいられる瞬間を壊したくないという想いが歯止めとなって、いまだに想いは伝えられませんでした。だけど、王子様が大きくなればなるほど、胸の内に秘めた想いも同じように大きく強くなっていきました。

 初雪姫に出会ってから八度目の初雪の日に、王子様は雪の降る中で初雪姫がやってくるのを待っていました。王子様は今日ほど初雪姫に今すぐ会いたいと思ったことはないと思っていました。どうしてかというと、初雪までの間に王子様には婚約者ができていたからなのです。婚約者はとても器量が良い方で、王様はこれほど息子にピッタリな妻はいないと考えていました。王子様もその婚約者は嫌だとは思いませんでした。しかし、王子様には初雪姫がいました。彼女こそが王子様の中での一番であり、後からどんなに綺麗でおしとやかな娘が現れましても、王子様の一番は変わらず初雪姫なのです。

 ただ、婚約者がやってきたことで王子様の初雪姫を想う心は一層強くなってしまいました。

 さくさくと雪を踏みしめる音が聞こえてきました。ずっと変わらない初雪姫の足音です。

 雪降る中にやってきた初雪姫はとても穏やかで包み込むような暖かさを纏った女性へと成長していました。

「王子様、王子様、私と一緒に遊んでくれませんか。一緒に雪で遊んでくれませんか」

 ゆったりと年相応の落ち着きを持った声は、王子様の心臓を落ち着かせるどころか早鐘を打たせてしまいます。

 王子様は何も言わずに初雪姫の元へと向かいます。今日に限って足元に積もった雪の山が邪魔だと思った王子様は乱暴に蹴飛ばすような歩みで初雪姫の前にやってきました。

 初雪姫は王子の様子に首を傾げました。初雪姫と会う王子様の顔は無邪気な子供のような笑顔を浮かべていたというのに、今日に限って王子様の表情は何かを決意したような堅苦しいものであったからです。

「初雪姫よ、俺のものになってはくれないか」

 王子様はそう言って初雪姫を抱きしめました。雪空の下ではありましたが、腕の中に収まった初雪姫はとても暖かく感じられました。

 ですが、初雪姫はするりと王子様の腕から抜け出してしまいました。

「王子様、王子様、私は初雪の日にしか会えません。そのような者がどうして王子様のものになれましょうか、王子様と一緒に居続けられましょうか」

「どのようなことでも関係ない、俺の隣にいてほしい」

「関係ないことはありません、私は隣にいることはできないのです。王子様にはとても綺麗な婚約者様がいらっしゃいます、彼女が一緒に居てくれますから、私が一緒に居なければならないことなどないでしょう」

 どこで婚約者の話を耳にしたのか、王子様は目を真ん丸に見開いて初雪姫を見ましたが、初雪姫はくすりと笑うばかりでどこから聞いたのかは教えてくれませんでした。

「王子様が一年を勤勉にお過ごしなされば、年に一度の初雪の日に会えます。ですが、逆に王子様が一年を怠惰に、そして果たすべき義務を全うせずにお過ごしなされば、初雪姫は二度と王子様の前に現れることはありません」

 初雪姫はかつてみすぼらしい恰好の老婆が言っていたのと同じことを言いました。

 一字一句違わない言葉に王子様もしかしたらと一つだけ嫌な予感がしてきました。どうしてこのような時に、いつかの老婆の約束を言ってくるのかと、もしかして初雪姫と老婆は同一人物なのだろうかと。

「どうしてそのようなことを」

 王子様は問いかけました。この数年間、王子様は自分の知る限り、一度も怠惰に過ごしてきたことはありませんでした。初雪姫に会いたいという想いが怠惰に過ごすことを許しはしなかったからです。そして果たすべき責務についても、王子様は逃げ出すことをせずに果たしてきました。

「どうしてと言われますと、王子様が約束を破ってしまったからです。王子様は婚約者様がいらっしゃるというのに、私に愛を囁いてしまいました、私を欲してしまいました。私は王子様とは釣り合わない、分不相応な身分の女でございます、そのような下賤な者は、王子様の隣に立つべきではありません。王子様は王族として、相応の身分の者と子をなす責務を全うできませんでした」

 初雪姫の言葉に、王子様は何も言うことができませんでした。どこかで婚約者との関係を解消して、初雪姫と一緒に生きれたらいいと思っていたからです。もしも、初雪姫が頷いてくれていたら、王子様は自分の肩に乗った全てのことを捨て去って、二人でどこか遠くの地で暮らしていくつもりがあったのです。

 王子様が何も言えないでいると、初雪姫は一歩後ろにさがりました。まだ王子様が何も言えないと、また一歩さがりました。それでも王子様は怯えた顔をするだけで口を開こうとはしませんでした。

 王子様はパクパクと何かを言いたげに口を開いたり閉じたりするのですが、初雪姫と会えなくなる恐怖に何を言って弁解すればいいのかまったく分かりませんでした。ですから、初雪姫はまた一歩さがってしまいました。

「じゃあね、王子様」

 そして最後にはお別れの言葉が告げられました。昔と変わらない言葉でしたが、一つだけ足りないものがあります。次の年にね、という来年の再会を約束する言葉がなくなっているのです。王子様は膝をついて項垂れてしまいました。

 そうして初雪姫は雪の中に消えていってしまいました。

 それからというもの、王子様が初雪の日に庭へやってきても、初雪姫がやってくることはありませんでした。

 おしまい、おしまい。

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