Ⅰ その世界は ~部室~
「皆、ニュースよ!」
部室のドアを豪勢に開け、開口一番、白美は叫んだ。
日は昏れ時、部活も終了時刻間近で、帰り支度をそろそろし始めようとしたときだった。
一人はラノベを読み、
一人は類語辞典を開き、
一人は疲れを睡眠で取り、
一人は紹介された曲を聴き、
自己の趣味へと没頭していた。
何もやることがない人が集まっている部活で、こんな日もあるし、騒ぐ日もある。
その小さな部屋にはもう一つ椅子があるのは、白美の分だ。
基本、毎日活動していて、基本、誰も欠席しないのだが。
だからこそ、たった一つの空席に違和感があった。
一番初めに反応したのは黒いローブを着て、類語辞典を難しい顔をして睨む大地だった。
顔を上げて……すぐに顔を降ろす。
白美が苦手だからとかそういう理由ではない。
ただ単に、大地にとって白美は良い奴だからだ。
自らのノリに、しっかり乗ってくれる。
が、勘違いはしていない。白美は誰にでも優しいから、自分にも優しいのは別に特別な意味はないと、大地自身悟っている。
でも、いや、だからこそかもしれない。
少しでも気を惹こうと、うめき声に似た声音で呟いてみる。
「うむむむ…………覇者は良いが、覇王も侮れない。我はどちらを目指すべきなのだ……」
が、今日は珍しく無反応だった。
いや、そもそも白美の耳には入っていなかった。
否、白美の叫び声が大地の声をカットしていたのだ。
「皆、皆ってば! 聞いて聞いて!!」
ちょうどラストバトルの、つまりは美味しい部分を読んでいた群像は明らかに怒った顔で振り向いた。
「……何?」
自然と声が暗く、低く、つまりは怖くなる。
が、特に白美は気にしなかった。
それよりも! って感じだ。
白美は部室内に入ってきて、自分の椅子に向かわず、ホワイトボードへと直行する。
その様子を視界の端で捉えたのか、チラッとこおりは顔を上げる。そしていつもならすぐにまた倒れるところだが、今日、倒れなかったのは白美の雰囲気がいつもと違うかったからだ。
ちょうどサビが終わったところだったのだろう、音楽プレイヤーを操作して流していた曲を止め、自分の頭からヘッドホンを取る。
そして「…………」と右手を無言で見て、睡眠する舞子の肩を叩いた。
「……ん……」
「…………」
「……うぅ…………」
「…………」
「ああ……もう……ちょっと…………」
「…………」
「…………んぅ……分かってるって……ぇ……」
一回叩いて、三回揺すって。
それからこおりはいきなり舞子の目の前で両手を叩いた。
パン!
かなり良い音が鳴った。
同時にバタ、バン!! と椅子を倒しながら立ち上がる舞子。
すぐに椅子を戻し座って。
「なんですか? もう一回言ってください!!」
キリッとした態度でまるで目の前の机の上に勉強道具があるように左手を動かす。
「ぷっ……」「…………は」「……へ」「……ん……」
思わず吹き出してしまう。こおりですら、反応するほどだ。
てんてんてん、と三拍分、時が止まった感じがした。
そして……代表で口を開いたのは白美。
「え、えっと~、舞子? 起きてる??」
この反応にはもう慣れたと思っていたが、そうではなかったらしい。戸惑いながら発言する。
今度は舞子の方が、へ? とでも言いたげだったが、放置して十秒くらいいたった後、状況を理解する。
「え、え、え! 授業中じゃないの!!」
「いや、授業中な訳ないだろ、時間見ろよ……」
半ばあきれ気味の群像はラノベのラストバトルが始まるページまでめくり返し、栞を挟む。今中途半端に読むくらいならまた後でゆっくりじっくり味わって読もう、と思ったからだ。
「へ、え、ええ、ああ、ああ!! もうこんな時間!!」
オーバーリアクション過ぎて、おもしろい。
白美と群像は口元を緩める。
舞子はしばしあわてたような感じで暴れたあと、一言。
「ははははは恥ずかしいいいいいいいいい! もうお嫁にいけないいいいいい!」
突然叫び始めた舞子。こうなったらもう止まらないので、とりあえず白美と群像が協力して廊下に転がす。こんな時ようにと、マットレス×タオルケットはしっかりと用意している。
おかしな奴だと、皆は思う。
結構おもしろいキャラだけに、キャラを作っている……つまりわざとそのキャラを演じている用に初めに見た人は感じるだろうが、実は違う。
単にノリが良いとか、そういう分野でもない。
わざとではなく、真剣に、あの反応をしているのだ。
真剣に、いや、自動的に。
いわゆる天然である。
そして天然であるが故に、治まるまで待たないといけない。
廊下に転がしてタオルケットを被せた白美と、主にマットレスを運ぶ仕事をさせられた群像が扉の敷居を跨いだ瞬間、無駄に格好いい単語を収縮した大地の台詞を聞いた。
「破断・貫手締めッ! 今、世界は絶たれたッ!」
かなり痛かったのだろう、右の人差し指から薬指までを押さえながら、叫ぶその様子は……いつも通りである。
いつも通り、変人。
いつも通り、中二病。
「いや絶たれてねぇし……」
と言いつつも群像は密かに格好いいせりふ言いやがって……と心の中で思っていた。
対して白美は盛大に反応する。
「うおっ、扉がぁ! 大丈夫か、貴様の指、けがを負ったようだが……」
「うむ、この通りピンピンしている。この程度、名誉の不遜だ!」
「……いや思い上がることのどこが名誉なんだよ……。言うなら名誉の負傷だろ……」
「嗚呼、そうとも言うぞ、流石群像」
「いや、そうとも言わないから」
群像は冷静に突っ込む。
そこからさらに会話を広げさせるのは白美だ。
「ところで貴様、異世界に興味はないか?」
「何、異世界だと? 此の空間以外にあるというのか?」
「ああ、ある。そして今日皆に言いたかったのはそのことについてだ」
……マジかよ……こいつまでついに中二の病に倒れたのか……。心の中で、群像は思う。
「ほぉ、現実か! 我を案内しろ、そこに、即行で!」
いや『現実』って書いて『マジ』って読むなよ。せめてリアルにしとけ……
「…………」
ちらりと群像はこおりの方を見た。
相変わらず口数は少ないが、少しは興味があるようだ、異世界、とやらに。
そしてやっと症状が治まったのか、若干頬を染めながら舞子が戻ってくる。
「んじゃ、言いますよ……発表しますよ、発表しちゃいますよ~!!」
「は、速く! お願いするぅ!」
聞く前から興奮している大地。
だが群像はどうせ嘘っていうか噂程度で確実じゃないだろ? と、特に興味は沸かなかった。
いや、強いて言うなら異世界が本当にあるなら行っていたい、と思っていたが、まあ現実にあるわけがないと変に期待しなかっただけだ。
だからこそ、白美の話を聞くために席に着いている。
「えっと~、長くなるけどどこから話したものか……」
白美は思案顔になるが、直ぐに決めたようだ。
「とりあえず私が今日、部活に遅くにきた理由を言おうかな。……その理由はだな……」
と、そこまで語って。
きーんこーんかーんこーん。
チャイムが部活動の終了を告げた。