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「離縁する」と国王に言われたので、三年間準備していた計画を実行しました。

作者: よみなぎ
掲載日:2026/11/01

「クラリッサ! 余はお前と離縁する!」


 謁見の間に国王オスカーの声が響いた。


 玉座の隣には、側妃ミレーヌが得意げに立っている。


「余が愛するのはミレーヌだけだ! お前との偽りの結婚生活は終わりにする!」


「まあ。ようやくですか」


「……何?」


「三年間、お待ちしておりました」


 私は侍女から書類を受け取った。


「こちらが離縁届です。署名をお願いいたします」


「なぜ用意してある!?」


「必要になると存じておりましたので」


 正確には、三年前から用意していた。


 日付だけを空欄にして。


 もっとも、三年間準備してきたものは、それだけではない。


◇


 私とオスカーは、王立学園に入る前からの婚約者だった。


 彼には、誰にも覆せない長所が一つあった。


 王位を継承できる血統の男性が、彼しかいなかったのである。


 それ以外の長所は、残念ながら思いつかない。


 学園の成績は下から数えた方が早い。政治学の授業では、税収を増やす方法として堂々と発言した。


「国民からもっと税を取ればよい!」


 教師が、払えなくなった国民はどうするのかと尋ねると、彼は胸を張った。


「払えるまで働かせればよい!」


 教室が静まり返った。


 私は婚約者として、初めて真剣に将来を考えた。


 この人が国王になったら、国が滅びるのではないか。


 確信に変わるまで、三か月もかからなかった。


 当時から彼には、ミレーヌという恋人がいた。


「オスカー様は素晴らしいですわ!」


 彼女は王太子の発言を絶賛した。


「そうであろう! クラリッサはいつも余に反対するが、ミレーヌは理解してくれる!」


 私は反対したのではない。


 税率を倍にしても、税収が倍になるとは限らないと説明しただけだ。


 しかし、オスカーは難しい話が嫌いで、ミレーヌは彼の機嫌を損ねない。


 恋愛相手としては、実に相性のよい二人だった。


 国家運営の責任者としては、最悪だった。


 私は父に婚約解消を相談した。


 父は公爵家の当主だが、王家の血は引いていない。


 王家の血を引くのは、亡くなった母の方だ。母は先代国王の妹で、私はその娘にあたる。


 つまり、オスカーとは従兄妹同士だった。


 しかし、王位継承権は男性にしか認められていなかった。


「婚約を解消しても、あの方が国王になるのですよね」


「残念ながらな」


「ほかに王位を継げる男性は?」


「いない。三度調べた」


 私は頭を抱えた。


 婚約を解消すれば、私は自由になれる。


 しかし、オスカーは国王になり、国民が苦しむ。


 そこで、私は決めた。


「お父様。予定どおり結婚します」


「正気か?」


「はい。ただし、三年間だけです」


「その間、何をする?」


「まずは、あの方が国を滅ぼさないようにします」


「その後は?」


「離縁いたします」


「それでは元に戻るだけではないか」


「ええ。ですから、三年間で国を立て直します」


 父は困ったように笑った。


「無茶を言う娘だ」


「無茶を言うだけの方なら、ほかにいらっしゃいますわ」


◇


 結婚式の夜、オスカーは私に宣言した。


「余はお前を愛することはない! 夫婦の関係も持たぬ!」


「承知いたしました」


「……少しは悲しめ!」


 なぜだろう。私には非常にありがたい申し出だった。


 王家の婚姻法では、三年間夫婦の実態がなければ、王妃から婚姻解消を請求できる。


 証明が必要なので、私は夫に書面をお願いした。


「よかろう! 余はお前を愛さぬ! 何度でも書いてやる!」


 立派な署名をいただいた。


 結婚初日から、離縁の準備は順調だった。


 その後、オスカーはミレーヌを側妃に迎え、毎日のように彼女の部屋へ通った。


 私の部屋には一度も来なかった。


 おかげで仕事がはかどった。


 王妃となった私は、まず財政を改革した。


 王宮の無駄な支出を削り、滞納された税を整理し、道路と水路を整備する。


 王国には問題が山ほどあったが、解決できる人材も大勢いた。


 ただ、彼らの意見を聞く人間がいなかっただけだ。


 私を支えてくれたのは、若き公爵セドリックだった。


 学園時代の同級生で、オスカーの政治能力を疑問視していた数少ない人物である。


「本当に三年後に離縁するのですか?」


 結婚から半年後、彼は尋ねた。


「ええ」


「その後、陛下が政治を始めたら?」


「困りますね」


「非常に困ります」


 私たちは顔を見合わせ、同時にため息をついた。


「まずは、この国を立て直しましょう」


「承知しました。私もお手伝いします」


 以来、私は王宮で政策を進め、セドリックは貴族たちの協力を取りつけた。


 国王は何をしていたか。


 ミレーヌと舞踏会を開いていた。


◇


 一年目で、財政は黒字に転じた。


 二年目には、道路整備と交易改革で商業が活発になった。


 三年目には、地方の食糧備蓄制度も完成した。


 もちろん、問題もあった。


 ある日、オスカーが側妃の誕生日を祝うため、王宮の改築を命じた。


 費用は地方の水路整備予算の三倍。


「陛下。この支出は認められません」


「余は国王だぞ!」


「国庫は陛下のお財布ではございません」


「ミレーヌが悲しむではないか!」


「水路が完成しなければ、農民が飢えます」


「農民よりミレーヌが大切だ!」


 私はその発言を議事録に残した。


 いずれ必要になるかもしれない。


 同時に予算執行制度を改革し、国王一人では大金を動かせないようにした。


 オスカーは怒ったが、ミレーヌに宝石を買う予算を確保すると忘れた。


 その間にも、改革の成果は広がった。


 商人は交易路の整備で利益を増やし、農民は灌漑設備の改善で収穫を増やした。貴族たちも領地の税収が安定し、私たちに協力するようになった。


 王国には、まだ希望がある。


 二年目の終わり、セドリックが執務室を訪れた。


「クラリッサ様。例の件ですが、貴族会議の賛同が得られそうです」


「反対派は?」


「まだおりますが、以前ほど強硬ではありません」


「よかった」


「一度進めば、後戻りはできませんよ」


「承知しています」


 私は窓の外に広がる王都を見た。


「最後まで責任を果たします」


 その後、王家の安定と国家運営の継続性を確保するため、いくつかの法案が貴族会議を通過した。


 オスカーは難しい話を嫌ったが、王家を守る改革だと説明すると、機嫌よく署名した。


「余の権威が高まるのだな!」


「王国の安定につながります」


「よし、認めよう!」


「陛下のご英断に感謝いたします」


 こうして、必要な準備は一つずつ整っていった。


 そして三年目の秋。


 セドリックが最後の報告を持ってきた。


「すべて整いました」


「ありがとうございます」


「あとは、陛下が離縁を申し出られるのを待つだけですね」


「ええ。きっと、もうすぐです」


◇


「本当に離縁してよいのだな?」


 オスカーは、私の差し出した書類を疑わしそうに見つめた。


「もちろんです」


「王妃の地位を失うのだぞ!」


「承知しております」


「二度と王宮に戻れぬかもしれぬぞ!」


「それは困りますね。明日からもこちらで仕事をする予定ですので」


「何?」


 ミレーヌが勝ち誇った笑みを浮かべた。


「未練がましいですわ。これから王妃になるのは私ですのよ?」


「そうですね。陛下、どうぞご署名を」


 オスカーは勢いよく署名した。


「これでお前は王妃ではない! ミレーヌこそ余の正妃だ!」


「おめでとうございます」


 私は法務官へ書類を渡した。


「三年間の婚姻実態がないことは証明されております。婚姻解消を受理いたします」


「よし! ミレーヌの戴冠式を準備せよ!」


「その前に、一件ございます」


 私は大扉へ目を向けた。


「皆様、お入りください」


 現れたのは宰相、財務卿、騎士団長、そして貴族会議の代表者たち。


 先頭のセドリックが書類を広げた。


「陛下。貴族会議より、退位決議をお伝えいたします」


「……は?」


「国王オスカー陛下の退位を求める議案が、特別多数決で可決されました」


「何を言っている!?」


「陛下が裁可された国王退位制度に基づく決議です」


「余が裁可した!?」


「昨年の秋に。こちらがご署名です」


 オスカーは書類をひったくった。


「余は王家を守る法律だと聞いたぞ!」


「そのとおりです。王家と王国を守る法律です」


「ならば、なぜ余が退位する!」


 私は答えた。


「陛下が三年間、国政を放棄なさったからです」


「放棄などしておらぬ!」


「では、昨年度の国家予算をご存じですか?」


「……何?」


「主要な交易相手国を三つ、お答えください」


「そ、それは……」


「昨年の凶作に備え、どの地方に食糧備蓄を増やしましたか?」


「余にそんな細かいことを聞くな!」


「陛下。それが国王のお仕事なのです」


 オスカーは顔を真っ赤にした。


「細かい仕事は家臣がするものだ!」


「では、最終的な判断と責任は誰が負うのですか?」


 私は三年間の記録を差し出した。


 水路整備費を王宮改築に流用しようとした命令。


 凶作対策の会議を観劇のために中止した記録。


 国庫から側妃への贈答品を購入するよう命じた書類。


 すべて、オスカー自身の署名がある。


「幸い、私たちが支出を止めました。しかし、陛下が国家より側妃様を優先なさった事実は消えません」


「お前が勝手に政治をしていただけだ!」


「そのとおりです。陛下がなさらなかったので、私がいたしました」


 宰相が進み出た。


「クラリッサ様がいなければ、王国の財政は二年前に破綻していたでしょう」


 財務卿も頷く。


「国庫を立て直し、交易制度を改革されたのはクラリッサ様です」


「地方の治安と軍の補給体制を整えてくださったことも、忘れておりません」


 騎士団長が続けた。


「貴様ら! 全員、余を裏切るのか!」


 セドリックは静かに答えた。


「我々は、王国に仕えております」


◇


「認めぬ! 余が退位したら、誰が王になるというのだ!」


 オスカーは玉座を叩いた。


「王位を継げる男は余しかおらぬ! だから余は国王になったのだぞ!」


「ええ」


 私は頷いた。


「三年前までは、それがこの国最大の問題でした」


「何だと?」


「ですから、解決いたしました」


 セドリックが新たな書類を広げる。


「改正王位継承法により、女性にも王位継承権が認められております。王家の血統と継承順位に基づき、次の王位継承者はクラリッサ様です」


「女だぞ!?」


「はい」


「女が王になれるわけがない!」


「陛下が認められました」


「いつだ!」


「昨年の春です」


 署名入りの法令を見せられ、オスカーの顔色が変わった。


「こ、これは……」


 ミレーヌが叫んだ。


「オスカー様! それ、私たちの娘のための法律ではありませんでしたの!?」


 私は、その日のことを思い出した。


 王位継承法の改正案を説明したとき、オスカーは興味を示さなかった。


 しかし、隣にいたミレーヌが顔を輝かせたのだ。


「素敵ですわ! 私たちに女の子が生まれても、その子が女王になれるのでしょう?」


「おお! そういうことか!」


 オスカーは嬉しそうに笑った。


「よい法案ではないか! 余とミレーヌの娘が女王になるのだな!」


「王位継承順位に従うことになりますが、女性にも資格が認められます」


「よし! 認めよう!」


 彼は上機嫌で署名した。


 私は深々と頭を下げた。


「陛下のご英断に感謝いたします」


 そして今。


 オスカーは、その署名を見つめていた。


「そ、そうだ! 余とミレーヌの娘を女王にするための法律だ!」


「特定の方の娘だけが継承できるとは、書かれておりません」


 私は説明した。


「王家の血を引く女性に、等しく継承権を認める法律です」


「取り消せ!」


「陛下お一人では取り消せません」


「ならば貴族会議を解散する!」


「退位決議は成立しております」


「軍を呼べ! 反逆者どもを捕らえよ!」


 騎士団長が進み出た。


「王国軍は、法に従います」


「余の命令が聞けぬのか!」


「王国軍は、王国を守るための軍です」


 オスカーは口を開けたまま固まった。


 やがて私に向き直る。


「クラリッサ! お前が仕組んだのか!」


「はい。三年間、準備してまいりました」


「三年間……?」


「学園時代から、陛下の政治能力には不安がございました。ですが、当時は陛下以外に王位を継げる男性がおりませんでした」


「だから、余と結婚したのか?」


「はい」


「余を愛していたからではないのか!?」


 私は少し驚いた。


 結婚初日に私を愛さないと宣言したのは、彼自身なのだが。


「陛下。私は、国を愛しております」


「……!」


「ですから、国を守るために結婚いたしました」


 ミレーヌが叫んだ。


「ひどいですわ! オスカー様を騙していたのですね!」


「騙してはおりません。陛下は三年間、側妃様との生活を望まれました。私は一度も邪魔しておりません」


「それは……!」


「陛下が政務をなさらないので、私が代わりに行いました。法改正も、正式な手続きを経ております」


 私は微笑んだ。


「お二人の愛を妨げたことなど、一度もございません」


 オスカーが慌てて叫んだ。


「ま、待て! 離縁を取り消す!」


「できません」


「ならば、もう一度結婚してやる!」


「お断りいたします」


「王妃に戻してやると言っているのだぞ!」


 私は思わず笑ってしまった。


「陛下。私は、これから女王になるのです」


 オスカーは完全に沈黙した。


 セドリックが進み出る。


「退位後は、王位に付随する権限と王宮の使用権を失われます。今後は定められた生活費が支給されます」


「生活費……? ミレーヌの宝石は!?」


「私費でご購入ください」


「舞踏会は!?」


「ご自身の費用で開催なさるなら、ご自由に」


「そんな金がどこにある!」


「でしたら、お控えください」


 ミレーヌも青ざめた。


「わ、私は王妃になるはずでしたのよ?」


「オスカー様は国王ではなくなられます。王妃の地位もございません」


「そんな……!」


「なお、側妃様のために国庫から不適切に支出された金額は、監査のうえ返還を求めます。王室財産の宝石も返納していただきます」


「こ、これはオスカー様からいただいたものです!」


「国庫で購入された品です」


 財務卿が即答した。


「そんなぁ……!」


 ミレーヌが首元の宝石を押さえ、悲鳴を上げた。


 オスカーは玉座に座り込んだ。


 先ほどまで、二人は私を王宮から追い出すつもりだった。


 今から王宮を去るのは、彼らの方だ。


 私は最後の一礼をした。


「お二人は、真実の愛を選ばれたのでしょう?」


「クラリッサ……」


「どうぞ、これからもお幸せに」


 愛し合うことを禁じる法律など、この国にはない。


 ただし、国民の税金で贅沢する権利もない。


 それだけの話だった。


◇


 一か月後、王都の大聖堂で即位式が行われた。


 貴族だけでなく、商人や農民の代表も集まっている。


 女性が王位に就くのは、王国の歴史で初めてだった。


 私は三年間、財政を立て直し、交易を発展させ、地方の暮らしを改善してきた。


 これからも仕事は山ほどある。


 けれど、もう無能な夫の機嫌を取る必要はない。


 大司教から王冠を授けられた瞬間、歓声が響いた。


「クラリッサ女王陛下、万歳!」


 三年間の苦労が、ようやく報われた。


◇


 即位式の夜、私はセドリックと庭園を歩いていた。


「お疲れさまでした、陛下」


「ありがとう、セドリック」


「三年前に計画を聞いたときは、驚きましたよ」


「無謀だと思いましたか?」


「ええ。ですが、あなたなら成し遂げるとも思いました」


 彼は穏やかに笑った。


「実際、成し遂げてしまいましたね」


「あなたのおかげです」


「私はお手伝いしただけです」


「そんなことはありません」


 三年間、彼は私の隣にいてくれた。


 難しい交渉も、反対派の説得も、夜遅くまで続いた仕事も。


 疲れたときには、何も言わず温かいお茶を差し出してくれた。


 誰もが私を王妃として見ていたとき、彼だけは一人の人間として接してくれた。


「セドリック。一つ、お願いがあります」


「何でしょう?」


「これからも、私を支えてくださいますか?」


「もちろんです。陛下」


「では……私の王配になっていただけませんか?」


 彼が目を見開いた。


「それは、女王陛下としてのご命令ですか?」


「いいえ。クラリッサという、一人の女性からのお願いです」


 セドリックは微笑み、片膝をついた。


「喜んで。私の女王陛下」


 差し出された手を取る。


「ただし、一つ条件があります」


「何でしょう?」


「これからは、仕事を抱え込みすぎないでください」


 私は笑った。


「難しいお願いですね」


「では、私が止めます」


「女王の命令でも?」


「ええ。王配の務めですから」


 私は声を上げて笑った。


 三年前、私は国を守るために、愛のない結婚を選んだ。


 あの選択を後悔したことはない。


 けれど、これからは違う。


 国を守るだけでなく、自分の幸せも選んでいい。


「セドリック。これからよろしくお願いします」


「こちらこそ、クラリッサ」


 彼は私の手に、そっと口づけた。


 三年間の白い結婚は終わった。


 私は女王として、この国を幸せにする。


 そして今度こそ、愛する人とともに、私自身も幸せになるのだ。

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