小鳥から若鳥へ
2章を書いていてあまりにも重かったので箸休めに、と書いた作品です。
「藍色の疾風」2章までを読まれて居ない方は、まずそちらをお読み下さい。
「よ、嬢ちゃん。そんなとこで何してんだ?」
ぱっと振り返ると、背の高い青年が興味深そうにあかねを見つめていた。その人から視線を自分の手の中へ戻すと、そこには一羽の小鳥が居る。
「この鳥、ケガしてるんだけど……お兄さん、何かぬの、持ってない?」
「布? ……あー、こりゃ駄目だ。可哀想だけど諦めな、嬢ちゃん。そいつは助からないよ」
「うん、知ってる。でも、“あきらめる”のは嫌いなんだ」
そう言いつつ立ち上がって青年と向き合うと、青年はますます面白そうな顔をしてあかねと視線を合わせた。
「骨のあるガキだなぁ、嬢ちゃんは。じゃあその鳥、どうするんだ?」
「とりあえず世話、かな。たべる元気もないみたいだけど、いちおう、ミミズとかつかまえて。……万が一元気になったら解放するし、ダメだったらおはかをつくるよ」
「いっそ早く楽にしてやろう、とかは考えねぇのか?」
青年の言葉に再び手の中の小鳥を見る。弱々しく不規則な呼吸、痛々しく途中で折れ曲がり苦しげに上下する羽、しかし小鳥の心臓はまだ動いていて、小鳥には体温がある。
「考えなかったわけじゃないよ。でも、……生きている以上はあがいてほしいな、って。わたしがそう思うだけで、この鳥にとってはめいわくかもしれないけど」
「そうだな。それは嬢ちゃんのエゴだ」
厳しい言葉とは裏腹に青年は楽しそうな声で、それを怪訝に思ったあかねが顔を上げると、どこから調達したのか青年が布を差し出していた。
「え……?」
「でも俺、そういう考え方好きだから。使いな」
「ありがとう」
注意深く小鳥を片手に持ち直してから青年の手の布を受け取り、同じ高さにある青年の瞳に向かって微笑む。と、不意にあぁ! と青年が声を上げた。
「何か見覚えあると思った。嬢ちゃん、羽狐あかねってんだろ?」
「そうだよ? わたしはNo,014<暁>、羽狐あかね。……でもお兄さんもどこかでみたことあるような……?」
手早く小鳥の羽に固定用の枝を当て布を巻きつけながら、あかねは首を傾げた。青年が若干驚いたようにえ? と聞き返してくる。
「俺を? 嬢ちゃんが?」
「……うん、多分。何かに、……そう映画、出てなかった?」
ひとまず小鳥の応急処置が終わりあかねが視線を青年にやると、青年は困ったように笑っていた。
「よく知ってたなぁ。あれあんまり人気無かったのに」
「そう? でもわたしは好きだよ、あの映画。えぇと、お兄さんは確か……」
「……王子役の、海藤拓磨です」
ふ、と青年を取り巻く雰囲気が一変し、目の前に居る青年がまるで別人になったかのような錯覚を覚える。さっきまであかねと会話をしていた青年の、おもちゃを見つけた子どものような無邪気な笑顔はどこにもなく、落ち着いた微笑がその頬に浮かんでいる。それなのに何の違和感も、あかねは感じなかった。
「……すごい。こんなに変われるんだ」
「……俺のこれはまだまだだよ。もっと役になりきれる人なんてごまんと居るし。何より駆け出しで、あれ以来仕事無いしなー」
「駆け出しで準主役なんてすごいよ。それにあんなに雰囲気変わるんだもん、絶対これからいっぱい仕事来るって」
「……そうだと良いなぁ」
「あっ、信じてないね?」
少し切ない表情になった青年ににこりと笑って言う。「わたしが言うんだから、まちがいないよ?」
青年は眩しいものを見たかのように、あかねを見つめていた目を細めた。急に気恥ずかしくなり、あかねはぱっと視線を手の中の小鳥に移す。
「……とでも思ってないと、やっていけないでしょ。……わっ」
「そうだよなぁ。ありがとな、嬢ちゃん」
「や、待って、痛いってお兄さん!」
頭がもげそうなほど豪快に頭を撫でられて、あかねは悲鳴のような声を上げた。青年は快活に笑いながら手を放す。
「はは、悪い悪い」
「……うぅ」
唸りながら睨むように青年に視線を送ると、不意に青年の表情が真剣になった。
「なぁ嬢ちゃん。嬢ちゃんは役者、やってみる気ないか?」
「やくしゃ? ……少しきついと思う。わたしじゃなくて、周りの人たちが。わたしは感情に特化した個体だし……」
「まぁ無理は言わねぇけど……そうだ、携帯ある?」
あかねは一つ頷き、小鳥を持っている手とは反対の手でポケットから携帯を出した。あかねのまだ未成熟なその手に似合わない、ゴツい黒のメタリック。青年はさり気なくあかねの手からそれを奪い、勝手に互いのアドレスを交換してしまった。
「はい。もし気が向いたらいつでも連絡してきて良いから。こっちから連絡するかも知れないし」
「……ありがとう……?」
「いんや、礼はこっちの方だ。嬢ちゃんのお陰でまた頑張れるよ。……っと」
青年の携帯が震え、画面を確認した青年はあからさまに嫌そうに顔をしかめた。
「呼び出しだ。じゃあな、嬢ちゃん。また会おうぜ!」
最後に一度、今度は優しい手つきであかねの頭をくしゃりと撫でてから、青年は勢いをつけ立ち上がった。そのまま携帯を耳にあて何事か話し始める。何となくそれが寂しくて、あかねは大声を上げた。
「お兄さん!」
怪訝そうに足を止め、青年が振り返る。それに対し、出来る限り満面の笑みで一言。
「頑張ってね!」
おぅ! と青年はあかねに向かい拳を突き出す。あかねも同じジェスチャーを返すと、青年は目を細めて満足げに笑い、今度こそ去っていった。
この時、あかねは8歳、お兄さんこと海藤は24歳です。
本来ならこんなスカウトの仕方は無いのでしょうが、どうしても海藤をあかねの「恩人」かつ身近な人にしようと思ったらこれしか思いつかず……。
ともあれ、感想いただけたらうれしいです。