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第二章 神武東征の路程 ~北上と呼ばれた「東征」の真実~
神武天皇の進軍は、伝承上は東方へと向かう「東征」と称されるが、その実際のルートは、南九州の日向国から内陸に向かい、最終的に現在の奈良県に辿り着くというものである。地理的に見れば、これは真に東へ進出するものではなく、むしろ大陸を背に北上する形態を呈している。しかし、なぜこの進軍があえて「東征」と呼ばれるのか。その背景には、先述のアレクサンドロス大王の伝説と、その英雄的物語へのオマージュが潜んでいる。
アレクサンドロス大王は、その東征において、広大な砂漠に迷い込み、途方に暮れる局面を迎えたが、突如現れた三本足の烏「八咫烏」によって救われ、運命を覆す奇跡を体験する。日本においては、この「八咫烏」の伝説が、神話的な象徴として神武東征に組み込まれ、神武天皇が神意に導かれて新たな国土を拓いたという物語として語られるに至った。結果として、進軍そのものは実際には北上であっても、「東征」という呼称を借用することで、英雄の神秘性や壮大さを際立たせる効果を狙ったのである。




