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イスカンダル大王と神武天皇  作者: 如月妙美


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第一章 序 ~東征の謎とその意義~

 古来より日本史に語り継がれる「神武の東征」とは、実際の進軍ルートを鑑みれば、日向国(現在の鹿児島・宮崎地方)から奈良県へ向かうという、厳密には東ではなく北上に近い進路であった。しかしながら、その名が「東征」と称されるのは、単なる地理的誤認ではなく、遥か彼方の伝説的英雄――イスカンダル大王、すなわちアレクサンドロス大王の東征伝説に借用された結果であると考えられる。アレクサンドロス大王は、紀元前334年頃、広大な砂漠に迷い込み絶体絶命の危機に陥るが、突如として現れた三本足の烏「八咫烏」に導かれ、奇跡的に難局を脱して、インド近隣にまで広大な帝国を築いたという伝説がある。


 この「八咫烏」の伝承と、英雄の東方進出という物語は、日本においてもその魅力を失うことはなく、神武天皇の東征物語に巧妙に取り込まれた。つまり、神武天皇が実際には北上の路をたどったとしても、その進軍様式はあたかも「東征」であったかのように再構築され、後世に伝えられているのである。さらには、神武の東征の時期がオリジナルの伝説の約2倍となる紀元前660年に定められたのも、後代の歴史家が独自性を疑われぬよう、巧妙に時系列を操作した結果といえる。


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