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第九話 ひとりぼっち (2)



 ***



 追い出されちゃった……。けど、それがおじいちゃんの望みなら、自分は従う!


 というか、そうなっても仕方ないと思う。自分は、おじいちゃんの家にお邪魔してるっていう状態だったし。むしろ今まで一緒にいてくれたことの方がおかしいくらい。


「さてと……」


 どうしよっかなー。

 とりあえず、今まであまり見られなかった、あの太陽の光を浴びながら、ノビでもしますか!


「んーー!! ふぅーー」


 気持ちいい!

 まだ明るいのに外に出るの、ものすごく新鮮だなー……あっ、そうだ!

 どうせ行くあてもないし、アソコに行こっと! 楽しみだなー!

 

 ――おじいちゃん、もう会えないのかな。



 ***



 少女は独りで昨晩と同じ道をたどる。

 しかし、同じとは思えないほど今日の道は色づいていた。

 鮮やかな世界に、少女の足取りは無意識に軽くなる。


 昨日は険しい顔をしていたが、今日はスッキリした表情で品出しを始めている八百屋の店主。


 少し遠くには、日光に当てられながら、涼しげに洗濯物を干す主婦らしき女性。


 彼女のすぐ横の家から出てくる、寝ぐせをつけ、目をこすっている寝巻の少年。


 寝坊助の横を通る、自分より重い俵を軽々と持ち運ぶ幼い少女。


 その家の屋根に乗っている数羽の鳥。


 酒屋横で寝ている酔っぱらい。


 それを蹴る酒屋の看板娘。


 周囲の森からきこえる葉擦れ。


 冷涼な風に揺れる雑草。


 剣の素振りをする青年。


 それを見る白髭の翁。


 透き通った青空の下、村人たちがそれぞれの活動を始めている。

 ただただ平和な朝の一幕に、少女は裸足で土の上を跳ねながら両手を広げてクルクルと回る。


「すごい……すごい!! とってもキレイ!!」


 暗闇しか知らなかった少女にとって、明るく色づいた世界で平和に過ごす光輝を見ることは、なによりの至福だった。


「温かくて、眩しくて、うるさくて――あはははは……幸せ」


 少女は両手を広げて風を全身で受けながら、道の真ん中を通って駆け足で森に向かう。


「なんでアレがいるんだ?」

「うーわ、朝からマジで最悪……」


「ねぇねぇ、ママ、あそこに見たことない変な子どもいるー」

「コラ! 見ちゃダメよ! アレを見たら、アンタ、悪―い神さまに食べられちゃうよ!」


「なんてけがらわしいの! 吐き気がしてきたわ!」


「災いの予兆か?」


「なにニヤついてんだ。はやく、どっかいけ!」


 少女は、みんなの声援でさらに笑顔になり、森の中に姿を消した。



 ***



「すごーい! 森の中もキレイだ!」


 少女は巨大な木々が並び立つ森の中に入る。

 昨日はわからなかった自然の荘厳さと美麗さに、少女の視線は上を向いたまま戻ってこない。しかし、足だけは前に進み続けている。


 だれがきいているわけでもないが、少女の口からは勝手に「うわぁ」「すごぉ」「ほぇー」と感銘の声が漏れ続けている。

 少女は、たびたび顔に当たる光の柱の不規則性にワクワクしながら、さらに森の奥地へ進んでいく。


 上だけを見てしばらく歩き続けていると……


「……いったっはー! いたたたた……」


 とてつもなくかたい物体が顎と胸に衝突した。


 何かに突撃されたような衝撃が視界を揺るがし、少女の方向感覚を狂わせる。

 足元はよろけ、見事に一回転をして、その場に尻もち。


「いっててー……いったいなにが……」


 顎をさすりながら、少女は正面に視線を向ける。

 するとそこには茶色い壁があった。


 「世界の端っこにでもついたのか!?」と思ったが、その茶色い壁の上の方には無数の葉がついていた。

 「なんだ……」と少女は胸をなでおろす。しかし、再び目的地に向けて進もうと立ち上がったとき、少女はやっと気づく。


「あれ? ここ……どこだろう?」


 少女の周囲はどこを見ても木。

 一回しかこの森に入ったことがない幼い子どもが、自然の迷路を迷わず進むことなんてかなうわけがなかった。

 一回だけ入ったといっても、そのときは夜、老翁の道案内に付き従っていただけである。


「まずい……どっちに進めばアソコにいけるんだろう……」


「グワウオオオォォォ……」


「!!」


 完全に途方に暮れているときに、森に響き渡ったのは動物のものと思しき唸り声。

 だれに教えられたわけでもないが、現状の危険度が如何ほどなのか、少女は本能で察することができた。


「はやく移動した方がよさそう……だけど、どの方向に向かえばいいのか……そうだ!」


 少女は胡坐をかいて目を瞑り、耳を澄ませる。

 すると、さまざまな自然の音が滑らかに、耳に入ってくる。


 風音、葉擦れ音、動物の鳴き声と草を踏みしめる音、衣擦れ、虫の羽音……水の音。


「きこえた! 水の音!!」


 少女は水の音がきこえた方角に向けて、全力で走り始める。

 不安定な足元も、顔をひっかく枝葉も、近くできこえる鳴き声も、何も気にせず、有り余る元気に身を任せて、生まれて初めての疾走感をひたすら楽しむ。


 動物たちは「まっすぐ走り続ける変な生き物がいる」といわんばかりの視線をこちらに向けてくるが、そんなものは気にしない。危険な動物に注目されようが、関係ない。

 もう何にも縛られず、自分の意思で、あの場所に向かっている。そんな摩訶不思議な状態を体感できた少女は、走りながら盛大な高笑いを上げる。


「あははは! 楽しい楽しい! こわーい! あぶなーい! あはははは! わあ!」


 水の音がきこえるほどの距離を全力疾走。

 そのため、走り始めてから大した時間もかからずに、神秘の光が見えてくる。


「あそこだ!」


 走る勢いをさらに上げ、少女はついに木々の隙間を抜けて記憶の中にある場所へと飛び出す。


「昨日の川……きたーー!!」


 目の前には光を放つ、青い流水。そこから奏でられるのは、柔らかい水のせせらぎ。

 その近くを歩く、村の男より一回り大きい体格の、動物の親子。


 少女は確信する。ここは昨晩、おじいちゃんと一緒にきた川だと。

 

「おっと、ヤバそうな動物は……」


 あまりの楽しさに忘れそうになっていたが、少女は肉食動物を避けるため、はやく知っている場所に出ようとしていた。そのため、ここで襲われてしまえば本末転倒であった。


 少女は後ろを見て、自分を追いかけてきている存在がいないかを確認。


「なにも……きてない!」


 少女は奇跡的に平穏を手にすることに成功した。

 

 ここまできたら、もはや怖いものはない。

 少女は「んー……」と踏ん張ってから、両手を上げて飛び上がる。


「やっほーい!!」


 少女は無邪気な笑い声を上げながら川に向かって一直線。


 夜に見たときとは異なり、朝、晴天の下にある川は、遠目からだと光の塊に見えるほどの輝きを放っていた。

 太陽の光を反射したことによる眩しさだと思われるが、その光輝さに、少女は直視を拒まれ、目を細める。

 目じりには皺が寄り、険しい表情になってしまう一方で、口元にはそれ以上に確かな喜色が浮かんでいた。


「ふぅーー!!!」


 少女は輝きの世界へ、服を着たまま飛び込んだ!


 光の飛沫が勢いよく飛び散り、少女の服だけでなく、顔面までもがびしょ濡れになる。それと同時にヒンヤリとした感触が足底から足首までを包み、奇妙な浮遊感に襲われる。

 

 足の裏には、油断すると転んでしまうほど、かたくツルツルした感触。

 危ないとわかっていながらも、少女は心の奥で踊り狂う好奇心には勝てず、その場で足踏みをしたり飛び跳ねたりする。


 すると、光の粒はバシャバシャという音とともに激しく舞って、少女の周囲で軽快な動きを見せる。足元の光の海には、少女を中心に波が立ち、彼女の心情に倣うように波濤が弾む。


「なにこれ! おもしろい!! あはは……うわあ!」


 あまりのはしゃぎっぷりに、少女の平衡感覚はついに限界を突破した。


 一瞬、空中を舞い、気づいたときには、少女の視界には真っ青な世界が広がっていた。


 なにが起きたのか、わからなくなり、少女は呆ける。今は、足元ではなく、背中全体にヒヤリとした感覚がもたらされている。その気持ちよさに身を任せていると、視界の端から端を、翼を広げた動物が過ぎ去っていく。

 

「あはは……あっはははは! あはははははは! えへへへへへ、はぁー……ははは! ははははは! くぅーふふふふふ……あーっはっはっはっはっは! ふふふ……あーあ! はぁー」


 少女の無邪気な笑い声が、森全体へと孤独に木霊し続けた。

 



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