第八話 ひとりぼっち (1)
***
「また来てたのか」
「すっかり、ソイツの親になっちまったんだな。オヤジ」
はしゃぎ疲れたのか、帰路で寝てしまった少女を背負って家に帰ってきた老翁。
少女は老翁の背中で脱力しきり、気持ちよさそうに呼吸をしているが、左手は決して花をはなさないよう強く握りしめている。
「ちょっと待ってろ」
食卓の椅子でふんぞり返っている息子を横目に、老翁は少女を奥の部屋へ連れていき、布団に寝かせる。
台所に設置している水を出す魔道具でタオルを濡らし、少女の手から花をとって、土のついた彼女の両手を優しく拭く。
それが終わったら布団をかぶせて水の入った桶にタオルを投げ入れ、食卓の上の花瓶に少女の持ってきた花を飾り、息子の対面に座る。
「ハッ! 本当に老いたな、クソオヤジ」
「……そうだな」
「返す言葉もねぇのかよ! 元魔法軍団、第三部隊、隊長の名がきいてあきれるぜ」
「老いたことは事実だ。それと、俺はもう魔法使いではない。その称号に誇りなど、もうとっくにない」
「そうかよ。ならよぉ、さっさと村長の座を降りろ」
「やっぱり、今日もその話をしに来たのか」
「ああそうだ。いい加減、オレに村長の地位を渡せ。魔法使いとしての誇りを捨てた絞りカスは、もう隠居してろ」
「……ダメだ」
「はぁー。オヤジもわかってんだろ?? オレとオヤジが戦争から帰ってきた日から、村人たちの不満は積もりまくってんだ」
「それは……俺が、この村での戦闘魔法の使用を禁止にしたから……だな?」
「そうだ。オヤジは、未来ある子どもたちの可能性を奪ってんだよ。この世界では、強いやつこそが正義なんだ。テメェもそれをわかってて、オレに魔法を教えたんじゃないのか?」
「まったくもってその通りだ……」
「だろ!? じゃあ……!」
「それでも! ……ならぬ。なんかい説得されようが、俺のこたえは変わらねぇ、諦めて帰って、妻と子の面倒を見てやれ」
「クソッ! やっぱりオヤジは、あの戦争で邪神に洗脳されたんだな。戦争後すぐに村で産まれた、あそこで寝てるゴミを助けたのが、なによりの証拠ってわけだ。これじゃあ村人の不満が募っても仕方ねぇなぁ。戦闘魔法の禁止と、あのゴミを育ててる時点で、オヤジは邪神教確定ってわけだな。あーくせぇ、くっせぇーー。この家、邪神くせぇなぁー。あーもういっそのこと、あのゴミ、死んじまったほうが……」
「お“い”!!!」
老翁は、椅子を倒すほどの勢いで席を立ちながら、髪を逆立て、抑え込んでいた熱を発散する。隣の部屋で子どもが寝ているにもかかわらず、心にたまった鬱憤が自ら爆発してしまったかのように、数年ぶりに大声をあげたのだ。
産まれてから、一度も受けたことのないほどの怒声を真正面から浴び、息子はたじろぐ。
「な、なんだよ……」
「アイツは……俺のことは邪神教でも、なんでも、どうとでも言って構わん! けど、アイツは、ちげぇぞ! なにもわがってねぇくせに、しゃしゃってんじゃねぇ、このバガ息子が!」
「そうかよ……なら……それなら、なんであのゴミは魔力も、【神の賜物】も持ってない【叛徒】なんだよ! 説明してみろや! あ“ぁ”?」
「アイツには魔力も賜物も必要ねぇからだ! なぁにが【叛徒】だぁあ? アイツがいつテメェらに迷惑かけた?? 神に逆らった?? 邪神を崇拝した?? なんの罪もない、あの子どもを殺そうとしてるテメェらのほうが、よっぽどゴミだろうが!!」
真夜中のボロ屋に響く、怒鳴り声。
大の大人が、子ども同士の喧嘩のように、みっともなく唾を飛ばしあって、ただただ己の感情をぶつけ合う。
「アレのせいで……あの【叛徒】のせいで、オレのダチが死んだんだ! あのゴミを恨む理由なんかそれだけで十分だろ!!」
「…………!」
息子の言葉に、老翁は返す言葉を見失い、唇を震わせることしかできなかった。
息子は肩を落とし、すすり泣いて続ける。
「俺だって……アイツが、ただの子どもだってこと、わかってる……。だが、【調停神使】が、連合をつくって、あの国への焦土作戦を実行させたのも、今ならものすごく納得できる……。俺は前線じゃなかったから実感できなかった。けど、オヤジは、最前線で戦ってた英雄だろ? 【叛徒】の異常さなら、アンタの方がわかってるはずなんだ」
「…………たしかに、ヤツらは、異常だった。だけど……すまん」
「欲しいのは謝罪じゃねぇ。ったくよ………」
とっくに成人しているはずの息子のすすり泣きは、老翁の頭を急激に冷やし、場にしばしの静寂をもたらす。
唇、喉の震えと、瞼の水分が抜けきっていない息子が、途切れてしまった会話の続きを生み出す。
「いくら説得しても、心変わりは、ねぇようだな…………オレは、断言する。もし、オヤジが、このまま戦闘魔法に、ビビってたら、この村、滅びるぞ」
「滅びるだと? なぜそうなる? 戦闘魔法を使わなくても、魔法結界があるから魔獣の攻撃は受けないはずだろ?」
「あのな、よくきけ。もうそろそろ【狐族】と【龍族】の戦争が始まるんだ」
眉間に皺を寄せたままだった老翁は、息子が告げた悪夢に、目を見開く。
「なんだと? 冗談はよせ」
「ああ、オレだって冗談だって思いたい。けど、事実なんだ。二つの国に近いこの村は、戦争の余波だけで壊滅してもおかしくない。【龍族】は特に………」
「あの【邪教討滅戦争】でもっとも活躍し、三本目の【神剣】を獲得した、現状最強国家か………バカなやつらめ。あの侵略戦争の続きをしようってのか! どうせ、【邪教討滅戦争】のせいで【狐族】をつぶしきれなかったから、その後処理をしようとでも考えたんだろうな………めんどうなことを」
「今の【龍族】を止められる存在は、世界にいない。だからこの村も、戦争に耐える準備をしなくちゃならないんだ」
震えが落ち着いた息子に、老翁は睨みつけるように問う。
「もし、おめぇの言うとおり近くで戦争が起きたとして、【狐族】含め、四本の【神剣】の余波に耐えうる策はあるのか? 戦闘魔法を使ったとて――限界はあるぞ」
「ああ、策はある――そのために………オヤジは村長をやめろ」
***
まだ夜明け前なのに、おじいちゃんたちの会話で目が覚めちゃった。
話してる相手は多分、おじいちゃんの『ムスコ』。よく自分が寝てる時間にきて、それで起こされる。
何を話してるか、難しそうでよく理解できなかったけど、今日はなんだか雰囲気が暗いことはわかる。
あっ、そうだ。
自分は昨日、花を探しに行って、その帰りに寝ちゃったんだ。
あの花は?
手元にないってことは、おじいちゃんが花瓶に飾ってくれたのかな?
うぅー、気になるー。
でも、今はおじいちゃんたちが話してるから邪魔しちゃいけないし……。
自分は二人にバレないように、こっそりと食卓の上をのぞき見ることにした。
音を出さないように布団から抜け出して、足音を立てないようにトビラに近づいて、息をのんで静かに開ける。
どんな感じで咲いてるのかなー……ワクワク……!
「おい」
「ひゃい!!」
自分の行動は一瞬でバレてしまった。
というか、トビラを少し開けたら、すでに目の前にはおじいちゃんが立ちはだかってて、びっくりしすぎて変な声が出てしまった。
「な、なんでしょう……」
自分は両手の人差し指同士をツンツンしながら、上目遣いできく。
すると、おじいちゃんはトビラを全開にして、自分の身長に合わせて立ち膝をした。
おじいちゃんは、相変わらずの不愛想だけど、珍しく自分に目線を合わせて言う。
「いいか? 急にはなるが、今日でお別れだ」
「えっ」
あまりにも突然すぎる言葉に、自分は開いた口が塞がらなかった。
おじいちゃんは自分の手首を、震えた手で握りしめながら続ける。
「お前は…そうだな……この村からはなれて、どこか遠くに行け。そしたらきっと、俺なんかより、お前に優しくしてくれる人が現れる」
おじいちゃんが、まっすぐこっちを見て、なにか話しかけてくれてるけど、驚きが大きすぎて、まったく頭に入ってこない。耳鳴りがきこえるし、視界も左右に揺れてる。瞬きしても、全然治らない。どうなってるんだろう。
あっ、おじいちゃんの奥に見える男の人は、食卓の木目を睨みつけてる。昨日のおじいちゃんと、おんなじだ。
「せめて十歳くらいまでは、一緒に……いや、なんでもない。とにかく、もう戻ってくるなよ」
そういえば、お腹すいたなー。朝ごはんは何かなー。
「もう十分だろ。オヤジ」
「ああ」
おじいちゃんが立った。朝ごはんの準備をしてくれるのかな。
「お前は、少しでも長生きしやがれ……そうだ、最後にこれをやる」
おじいちゃんは自分に右手をかざす。
すると、手から、優しくて真っ白い光が出てくる。それが自分の方に、粒を飛ばすみたいに向かってくる。
ちょっと眩しい。これってなんだろう。光る米粒とか、なのかな……?
「おい……おい、なにやってんだクソオヤジ! こんなゴミに、そんな欠陥だらけの魔法使ってんじゃねーよ!!」
「……………」
あれ? さっきまで座ってた男の人がおじいちゃんの肩つかんで何か言ってる。あれは、『ムスコ』だよね。
ケンカかなー。けど、おじいちゃんからは何も言ってないし……違うのかな。
「今すぐ止めろ! 止まってくれ!」
そういえば、『マホウ』ってなんなんだろうな。たまに村人たちが話してるけど、よくわかんないや。
それに、この光はなに? 自分にぶつかってるはずなのに、何も感じない。
息子の静止をきかないまま、老翁は光を放ち続け――息切れて言う。
「テメェは……もう少し、落ち着きを、覚えやがれ……嫁さんに……嫌われ、ちまうぞ」
「……もう、魔法の発動は完了したのか……?」
「……ああ」
「なんてことを……バカ野郎が……」
老翁の手の光はなくなり、息子は脱力しきって床に膝をつく。
少女はいまだに感情の迷路にとらわれ、発する言葉を見失っている。次に何をするべきかわからなくなってしまった少女は、花のことも忘れて、おじいちゃんの服の裾を弱々しくつかむ。
老翁は裾をつかまれたことに気づき、少女の顔色をうかがう。しかし、彼女は心の整理がついていないようで、表情からだけでは、正確に彼女の感情を理解することができなかった。
「最後に、ひとつ……俺は、お前を……」
そう切り出した刹那、たったひとつ。
少女の瞳の奥に眠る乾ききった暗晦だけが、老翁の記憶へ凄惨に刻まれた。
「なんでもねぇ………さあ、出ていけ」
「うん」
少女はなんの躊躇いもなく、老翁の言葉に従う。
ただひたすらに潔く、これから家事でもするかのごとき慣れた歩みで、孤独の朝焼けに身を投じた。




