第六話 ゴミと呼ばれた少女(3)
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「あっ! 忘れてた! 探さないと!」
少女はようやく目的を思い出す。少女的には、たった数分だけしか目的を忘れていなかった感覚だが、現実時間はすでに、およそ一時間が経とうとしている。
いつまでも星空の海で遊んでいたいという気持ちをなんとか抑え、無数の中から、“たったひとつ”を探しにいく。一つずつ時間をかけて、丁寧に。しかし、
「んー……全然わかんない」
少女は決して花の専門家などではない。
彼女のおじいちゃんが毎週持ってくる、花瓶の花が好きなだけの――それだけの子ども。
そのため、“よりよい花”を探す際、なにを基準にするべきか皆目見当もついていないし、つくわけもない。
『どうすれば、おじいちゃんの選んだこの花みたいなキレイなの、見つけられるかな』
少女は心の中で考える。
花びらは小さいか大きいか。
全体の高さは低いか否か。
どんな角度で咲いているか。
色味はどうか。
葉や茎の育ち方、匂いはどうだろうか。
考えられる要素で、咲いている花を見比べる。
「うーん……こっちの花びら、小さくてかわいい。んで、こっちは大きくてかわいい……あれ?」
「あっ、これ身長低くて、かんわいい! うおお、これは身長高くて、かんわいい!……あれれ?」
「あそこの二つ、向かい合わせになってる! あっちには、とっても黄色いのが! こっちは真っ白! オレンジっぽくなってるのもある! この葉っぱはでかーい! 全部全部、かわいいいい!!……あれれれれれれ?」
やはり少女には決められなかった。彼女の脳内を埋め尽くしているのは『花はかわいい』という感想。
できることなら全部持って帰りたいところだが、彼女が決めなければならないのは、たったの一輪。
少女は眉間に皺を寄せて「う~ん、うーん……」と唇を絞りながら、その声に合わせて視線を動かし花を探す。
足元にある花に視線が向いたとき、「あ」と自分の手に違和感があったことを思い出す。
これを持っている状態が、あたりまえかのようになるほど手の中に馴染んでいるそれは、家から持ってきた白い花。
この花も体の一部と思えてしまうほど、今はしっくりきている。
「そういえば、これ、どうするんだろう」
おじいちゃんに言われたとおりに花を持ってきたけど、いつもはどういう風にしてるんだろ。
その辺に捨ててる……いや、ここに植えなおしてる……とか?
でも、ここにある花を見た感じ、多分だけど自分の家に飾ってあったものはなさそうだから、植えなおしてはないのかも。
ということはー……うーん……
きいてみるのが手っ取り早いか!
「おじいちゃーん!」
少女は早々に吹っ切れて、ご機嫌な様子で花の海の中から、ころころとした笑い声とともに小刻みに跳ねながら、花畑の隅で胡坐をかいている老翁に手を振る。
もうすっかり村の大人たちも寝ている時間になったにもかかわらず、あの子どもは眠気も忘れて夜闇の中、月光よりも強い光を放っている。
それは、この世に存在するどんな光系統魔法よりも美しく、そして強力な魔力がこめられているようだった。
老翁は、そんな少女の眩しさに息をのむ。
だが、それをすぐに心内に押し込んで、いつもの不愛想をつくる。
「なんだ」
老翁は石のようなかたい表情で、柔らかい表情の少女の呼びかけにこたえる。
少女は大きく飛び跳ねながら、手に持っている花を天高く、まっすぐ上げてきく。
「この花ってー、どうすればいいのー?」
「…………」
老翁はおもむろに立ち上がり、無言で歩き始める。
月光の中に入らないよう、花畑の周りを大きく回って、やってきた側と反対方向に向かう。
少女は老翁のつくる静謐な空気に、跳ねることをやめさせられる。
そして心の声を小さく吐露する。
「自分だけ……は、ダメだよね」
独りで楽しんじゃって、おじいちゃんに迷惑をかけてないか、少しだけ不安になった。
せっかく花探しに連れてってくれたのに、自分のせいでこんなに待たせちゃって。
誰かに迷惑をかけてまで楽しみたくはない。
少女は心の熱を抑え、いつもの笑顔をつくって、おじいちゃんの背中を追いかける。
***
老翁は花畑から数歩だけ離れた場所に止まる。
彼の足元には自然にできたとは思えない土の窪み。
ギリギリ月に照らされていない場所にあるそれは、老翁に伝えられなければ気づけないで足を引っかけてしまうほどに存在感を消している。
「ここだ」
「ここ? えと、どこ?」
少女は屈んで老翁の指し示す場所を見つけようとする。
目を細めながら地面を這うように視線を動かし、「あった!」と土の窪みを見つける。
老翁は少女の声をきいて、その場で胡坐をかく。
腕を組み、顎を小さく上に振って少女に命令する。
「掘ってみろ」
少女は頷いて、土がつかないよう左手に花を逃してから、窪んでいる場所を右手で掘り始める。
おじいちゃんに言われたとおりにしてるけど、ここになにがあるんだろう。
爪の隙間に入り込む土に多少の不快感を覚えるが、少女は老翁の指示を忠実にこなす。
幸いなことに、この土は柔らかくて手が痛むことはなく順調に掘り進めることができた。
そして掘り始めてから数分。
「ん? これって……?」
穴の奥にあったのは少女にとって見覚えがありすぎるモノ。
外の暗さと、土をかぶっていたことも関係して本来の姿とは違う。しかし、そこからは隠しきれない、淡く白い光があふれ出している。
少女が驚きで目を丸くしていると、老翁がしゃがれた声で言う。
「そこにあるのは、ウチにあった花だ。お前の持ってるソレも入れてやれ」
穴にあったのは、少女が好きだった花たち。奥側の花は、どこがどの部位だったかもわからないほど元気を失っている。
かつての白さはもうないが、花びらの数まで記憶しているほど花を毎日眺めていた少女にとって、それがなにかを判別するのは容易だった。
少女は、老翁が花をどのように処理しているかを理解した。が、年端もいかない彼女には純粋な疑問が湧いてくる。
「ねえ、なんで埋めちゃうの?」
「どういう意味だ」
「どうって……だって、こんなにキレイなんだよ? なら、あそこのミンナみたいに、外で咲いてたほうがいいんじゃないかなって思ったの」
少女は、けがれなき眼できく。
「…………」
老翁は目線をそらし、黙りこくる。
「あー! いや、なんでもない! こ、これをここに入れればいいんだよね!」
少女は困った様子の老翁を見て、彼のこたえを待たず、行動にうつる。
「…………そいつらは、もう死んでるんだ」
遅れて返ってきたこたえに、少女の手は止められる。
「え……?」
少女は戸惑いのあまり、体をピクリとも動かすことができない。
さらに老翁は畳みかける。
「俺が殺した。お前の愛したソイツらは、俺が殺したあとの、ただの抜け殻だ。だから死体を土に埋めた……それだけだ」
拳を固く握りしめ、ゆっくりと、震えを無理やり抑え込もうとしている声で老翁は話す。
少女からは見えないようにしているが、老翁の目元は小さく痙攣している。
「…………」
少女は、整っていない老翁の白髪交じりの髪の毛を、ぼうっと眺める。
やがて心の整理ができ、少女は「えーっと」と前置きして、
「あり、がとう……?」
茶色く変色した人差し指で自分の頬をかきながらお礼を言う。
対して老翁は少女の言葉の真意を理解できず、下を向いたまま鼻で笑って、口元に形だけの笑顔をつくる。
「バカものが。なぜそうなる」
「へへっ……だって……」
少女は右手を老翁の頬に優しく触れる。
老翁は、少女の力ではなく、その行動に、うつむいていた顔を上げさせられる。
彼の目の前には、無邪気な笑顔を見せる命の恩人。
そんな恩人の顔には時間の経過により、それまではなかった月光が降り注ぐ。
そして、恩人の右頬についた土が見えるようになり、絶望と希望を纏ったその子どもは口を動かす。
「おじいちゃんは、世界でいちばん優しいから!」
「……それは理由になってねぇよ、アホんだら」
「えー!? そうなの!??」
「つぁーー……。お前の世界とやらは、井に落ちた蛙の見てる景色より狭ぇんだな」
「イに落ちたカワ……な、なんて?」
「なんでもねぇよ。さっさと入れろ」
「(胃に落ちた皮? なんかの食べ物かな?)うん」
少女は目を瞑り、花を抱きしめる。
「じゃあね」
別れの挨拶を短く済ませて、優しく、花を仲間のもとへ。
少女は最後に、ずっと好きだった花たちに微笑みかけ、両手で土をかぶせて埋めた。
俺の皮肉は全く通じなかった。
そもそも通じると思って言ったわけではない。なぜなら、“今のコイツ”とは無関係の話だからだ。
そう。これはただの――俺の自己満足だ。




