第五話 ゴミと呼ばれた少女(2)
もし、誤字脱字等ございましたら知らせていただけると幸いです。
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おじいちゃんがトビラを開けたら、外はもう真っ暗。他の建物の窓から漏れてる光だけが、自分たちの道案内をしてくれる。
おじいちゃんは足を引きずりながら森に向かって歩いてく。自分は、胸の前に両手で白い花を抱えながら、歩く速さを合わせておじいちゃんについてく。
外で見る白い花は、ほかの光と同じくらい輝いてるようで、自分の興味はずっと花に向いてる。あと少しだけしか一緒にいられないと思ったら、花をつかむ力も強くなる。
村の道を歩いてると、遠くに他よりも明るい光があった。
そこは自分たちがいつも行ってる野菜屋さん。もう夜だからか、店には、いびつな形をした野菜ばかりが残ってた。
「…………」
そこに欠伸をしながら立ってるおばさんは、自分たちが歩いているのを見たら、こっちを睨んで、不機嫌そうな顔をして、残ってる野菜を店の奥にしまい始めた。
おじいちゃんは暗い道を転ばないようにするのに必死そうで、睨まれたことに気づいてない。
そのあとも、自分たちを見ては建物の中に入る人がたくさんいた。
外に出てる人が少なくなって、ほとんどの店の灯りが消えてく。そんななかで、とても明るく賑わってる店があった。
「ガッハッハ! そうだよなー、おめぇの言うとおり、村長は邪神に魅入られちまったのさ」
「さっさと息子に継げよなぁ。頭のかてぇジジイは隠居してろっての」
「俺の嫁が最近つめてぇのも、あの裏切り者のせいに決まってんだよ!」
「それはてめぇが原因だ。お前、ちょっと飲みすぎ。そんなんじゃもっと嫌われるぞ」
「そんなの嫌だ――――!!」
店の中からきこえるのは、たくさんの男の人の声。
どことなく喋り方が変だけど、なんだか楽しそう。みんなが楽しそうだと、自分もちょっと楽しくなる。
「フフッ……」
あの光に笑みがこぼれる。けど、おじいちゃんは、楽しそうに騒いでる店に見向きもしない。他のなににも興味を向けないで、目的地まで一直線。
村人のみんなもそうだけど、おじいちゃん自身も他の人たちと話そうとしない。同じ村に住んでいるのに、まるでよそ者として過ごしてるみたいに、孤立してる。
***
村の光が届かなくなる場所まで無言で歩いてきた二人。そして夜の森の中に入場する。
ここまでくると道は整備されていない。外は暗く、慎重に歩かなければ転んでしまうため、必然的に歩みの速度は落ちる。
右足を引きずる老翁にとっては、その暗さは致命的なように思えるが、彼は比較的、慣れた様子で突き進んでいく。どこに凹みがあるのか、木々の配置のされ方、動物の棲み処まで熟知しているようだ。
少女は内心で老翁を心配していたが、自身は転ばないようにするので精一杯。肩を貸すような余裕はない。
そんな危ない道でも、胸の前、両手で抱えた花を少女は決してはなさない。それを失えば、本人の命が奪われるのかと思わせるほど大事に握りしめる。
「なあ」
二人が葉や枝を踏みつける音と、虫の鳴き声だけが響く静寂の森で、老翁が前を向いたまま低い声で問いかける。
「な……あっ……な、なに?」
転ばないことに全力を尽くしている少女は、金切り声にも似た返事をする。
少女の乱れた抑揚をきいて老翁は歩みの速度をさらに落とす。
「花は、好きか?」
「えっ!? あー、うん。 おっとっと……」
普段、片手で数えられるくらいしか言葉を交わさない老翁が、錆だらけの声で、少女に初めて質問する。
少女は、心の中の歓声を押し殺し、足元に気を配りながらこたえる。
老翁は、少女の返答に歩みを止める。
「うわぁー、ちょっ! いでっ」
足元に気を配りすぎて視界の端でしか老翁をとらえていなかった少女は、止まりきることができず、老翁の腰に額をぶつける。
「そうか……」
老翁は腰への衝撃に一切反応せず、木々の隙間から見える夜の灯りを見ながら、ため息交じりに言う。
いつ何時でも、威厳と落ち着きを保ち続けた老翁。しかし、そのときだけは、喪失感と喜びを同時にはらんだ口調で、夜空に馳せる。
一呼吸置いてから、老翁は再び歩き始める。
少女は「はぇ?」と、老翁がなにをしたかったのか理解できない様子で首を傾げながらも、無言で老翁の後をついていく。
***
おじいちゃんが質問をしてきてから、また少し歩いてきた。そしたら遠くから、なにかがきこえてきた。
「…………水の音?」
「もう少しだ」
おじいちゃんが否定しないということは、これは多分、水が流れる音。
どうやらおじいちゃんは、この音を目印にして目的地を目指してるっぽい。音がした方向に少しだけ体の向きを変えてるし、歩くのが速くなってる。
足元は少しずつ、歩きやすい平坦な道になっていき、やがて二人は木々がなくなっている場に出る。
その場所の足元には草ではなく、角が丸くなった石が敷き詰められている。
「ほわぁー! すごーい!」
木々を抜けた少女の前に現れたのは、水面にぼんやりと星空がうつっている川。そこから柔らかい流水音が奏でられている。
川辺には、村の男より一回りほど大きい四足歩行の動物が、子を包むように体を丸めて寝ている。少女が無意識に蹴り飛ばした石の転がる音をきいても、彼らの耳はピクリとも動かないほど、ぐっすりと。寝静まった森に響くせせらぎが、彼らの睡眠をより深くしているよう。
少女は彼らの睡眠を邪魔しないように、足音を殺して川に近づく。そして、膝を曲げて水面に顔を近づける。
水面には、うっすらと自分の顔がうつる。ハッキリとした輪郭はわからなかったが、目を見開いたり、老翁にバレないように彼を真似て仏頂面をしてみたりする。すると水面にうつる顔も同じような表情をする。
ほとんど外に出られない少女にとって、自然にできた水鏡は存在そのものが玩具になるくらい非現実的で斬新だった。
本来ならそこで一日中、遊んでいたいところだが、口惜しいことに老翁の目的地はここではない。彼は、川に目もくれず、少女が遊んでいるときにはすでに下流に向かって歩き出している。
少女は最後に、水面の向こう側にうつる子どもに微笑みかけ、老翁のもとへ駆け寄る。
それからは一瞬だった。
少女が幻想的な水鏡を見つけてから、たった数分。
二人は、月光に強く照らされた平原に出る。
「ここだ」
「…………」
二人は足を止める。
暗闇に差し込む月明り。それに照らされ、少女に感動を与えるのは無数の白い花。
まさしくここが二人の目的地である、家に飾る白い花の群生地。
少女は夢のような光景に言葉も出ない。
眼球の微細な動きをとらえられるほど目を丸くしており、口は半開きになっている。
冷涼な風に自分の髪が乱されるが、そんなことが気にならないくらい、少女は花たちの輝きに視線を奪われていた。
すごい……とってもキレイ……。
夢……じゃないよね。
淡い光を反射する花は、地上に星空がそのまま現れたように見えるほどの美しさを放つ。
星、一つ一つが放っている光の明るさは違えど、少女にとっては、それぞれが個性的で魅力的だった。
老翁は、少女の輝いた目を見て、月光のわずかに外、星空の隅に腰を下ろす。
「好きなの、一本、持ってこい」
「うん!」
少女は、その場にとどまった老翁を追い越し、底抜けに明るい太陽のような笑顔で夢の世界へ駆け出していく。
はじけるような笑い声を散らしながら、すでに土を膝で抉ったような複数の跡を頼りに、決して花を踏まないように意識して、星一つずつの輝きを近くで確認する。その勢いは、無数に存在している花すべてを吟味するのではないかと思えるほど、とてつもない。
「この花ちっちゃくてかわいい! あっ、こっちのはなんだか平べったーい!」
老翁から課せられた「この中から一本選ぶ」という目的を忘れるほど、花の観賞に夢中になっている少女。この場に老翁がいることすら忘れて、年相応の子どものように楽しんでしまっている。
一方、右足をさすりながら少女のはしゃぎを遠目から眺める、胡坐をかいた老翁の姿は、どこか物憂げ。普段ききわけのいい少女が初めて見せるノビノビした表情に、老翁は迷い、苦悩する。
目を瞑り、自分の過去を顧みると、あの日の地獄が今でも鮮明に瞼の裏にうつる。




