第十七話 ~魔法が消えた日~
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「侵攻は一か月後。【龍族】とともに侵略戦争を仕掛ける。この村の方々には――」
「――わかっています。村の魔法使いをできるかぎり集めましょう」
「ほう? 話が早くて助かるな。我々も上から言われてここへきたまでだからな。もし戦争への参加を断られていたら……」
「いえいえ、断るなんて滅相もない! 二年前の【第二次狐龍戦争】のときに王国の方には助けていただいたんですから、当たり前ですよ!」
「ふっ……なんと義理人情に富んだ村長か」
「そう言っていただけるのは……大変……光栄です…………」
「ふーん…………こんなやつ、本当に使えるんですかー?」
「安心しろ。コイツは、かの有名な【闇の賢人】のご子息だ」
「ええ!? すげーっすねー! じゃあもう戦争に参加したら、敵、殺しまくり確定じゃないっすかー!?」
「そりゃ任せてくださいよ! 戦争で多くの敵を殺すために、私自身の鍛錬はもちろん、村人にも【魔法】を学ばせてるんですから! もし、ウチの村の人たちが活躍できたら、村の子どもの学費免除! あとは王国の――」
「――待て」
「どうしたんで――」
「――シー……」
「(トビラの前、何かの気配を感じる……)」
私は左手を横に伸ばして、部下と村長に静止を促した。二人は『ポカン』と、最初は疑問を抱いていたが、私の眉間の皺を見て、眉をひそめた。
トビラの向こう側にある気配から目をはなさないようにゆっくりと席を立って、音をならさないよう注意を払いながら右手を、腰の剣のすぐ横に添えた。
口を薄く開き、そこから静かに呼吸をする。顎を引き、前かがみになって最大級の警戒とともにトビラへ向かう。
活動を終えて静まり返った村のはず。
だが、すぐそこにはたしかに、なにものかの気配が感じられる。
風の音、虫のなき声すら存在しない静寂の夜に、私の嚥下と足音がなり響く。
トビラへの歩み一歩ごとに生じる鉄の音、重量により軋む木の床の音。それらを抑えられず、一歩進むたびに私の魂がすり減らされていく――これほどまでに、隠密に向かない鉄の鎧を呪ったことはない。
トビラの向こうの存在には、私の足音がきこえているだろう。
それなのに、何の反応も見せず、気配は微動だにしていない。いっそ何かしてくれた方が、目的がわかりやすくて精神的に楽なのだが……。
私はトビラの目の前まで着いた。
いつ戦闘が起きても構わないよう、右手は剣をすぐ抜ける位置。
右足は半歩引いて、左手の指先をトビラの取っ手に置く。
滴る汗が目にしみた。私は目を瞑れなかった。
心臓の鼓動が全身を震わせた。私は息ができなくなっていた。
トビラの前の、まだ見えていない何かと相対しただけで、私の心は完全に麻痺した。
殺意を感じたわけではない。圧倒的魔力を感じたわけでもない。
それでもなぜだか、私の第六感が『死』への警鐘をならして止まない。
…………全身の血がすべて凍ったような――
――本当に、気持ちの悪いキョウフだ。
『――バーン!』
左手でトビラを殴るようにこじ開けた。
その瞬間、あかりひとつない暗闇から気持ちの悪い熱気が全身を包み込み、反射で左足を下げさせられる。
私は熱風に逆らうように、さらに姿勢を低くした。
熱気にさらされた目――その奥に力を込め、気配の正体を視界に入れた。
「…………子ども?」
トビラの前でこちらを向いて棒立ちしていたのは、草だらけで、つぎはぎの雨着を羽織り、頭巾を被って俯いている、私の腰ほどの身長しかない小さな子ども。
両手には一本ずつ、暗闇でも映えるくらいの真っ白い花弁の花を持っており、わずかに見える手首はやや細い。
雨が降っていないのに羽織られた雨着、真夜中なのに遊んでいたかのように握られた花。
目の前の子どもは矛盾に塗れていたが、私の心を支配していたのは全身の血が再び巡り始めたかのような安心感だった。
私は「はぁ……」と吐息し、全身の緊張を解いた。
腕を組み、顎を前に出すようにふんぞり返って、非力そうな子どもに威容を誇る。
「こんな時間に何をしている? さっさと帰らんか」
私は見た目の怖さには自信がある。
この強靭な肉体と天性の角ばった顔立ちを見ると、大抵の部下たちは背筋を伸ばす。動じないのは一緒に連れてきた部下くらいなものだ。現に、後ろの村長も私に媚び諂っている。
相手が子どもであればなおさらだ。
私がその辺を歩くだけで、この姿を見た子どもは大泣きしてしまう。見られるだけで恐怖を植え付けられるなんて、御しやすくて助かること、この上ない。
さあ、お前も、私を見てさっさと慄け。
「…………」
子どもは俯いたまま黙っている。
「おい、私の声がきこえな――」
「ねえ」
私は子どもを上から睨みつけて、低い声で圧をかけるように言った。
しかし、それを遮ったのは目の前の子どもから発せられたと思われる甲高い声。
たかが子どもに話を遮られ、私の頭に血が上ったのを感じた。
目、鼻、唇をピクピクと震わせ、青筋を浮かび上がらせて、
「……誰に向かっ――」
「おじさん、【魔法】、好き?」
子どもが再び話を遮り――いや……私の話を、その辺に落ちている石ころ程度の些事にしか思っていない様相で受け流し、顔を上げて、私の目をギョロっと見た。
くりっとした、子どもらしくてかわいい目。口元には多少の歪みがあるが、無表情とも笑顔ともとれる不気味な平静さ。
私は話を再び邪魔されて、さらに怒りが湧く――はずだった。
まっすぐとこちらに向けられた子どもの目――私の怒りは、目の奥に垣間見える底なしの暗闇に吸い込まれていったように消え失せ、代わりに背筋を冷たい指でなぞられている感覚に襲われた。
この世の地獄とつながっているかのような黒目に、思わず後ずさり、私は確信した。
『さっき感じた『死』の気配は、間違いなく、この子どもからのものだ』と。
冷汗が止まらない。
全身の震えが止まらない。
喉元に剣を突き立てられているかのように、恐怖で体を動かせない。
目を逸らしたいのに、逸らせない。
私の内側から筋肉すべてを鎖で縛ってきているみたいに――
「おじさん?」
「!! あ、ああ! なんだい?」
幻覚を打ち砕いたのは、奇しくも目の前の子どもの呼びかけだった。
明瞭になった意識でよくよく見れば、私の前に突っ立っているのは、なんてことはない、ただの子どもだ。
何をこんなに怯えていたのか、今となっては不思議で仕方ない。だが――
「んー……お兄さんの方がよかった?」
「……好きに呼んでもらって構わない…………」
――脳裏にこびりついてしまった、この子どもへの恐怖心が拭いきれることはなく、身の振り方を弁えざるを得なくなっていた。
少女は、黒より黒い瞳を私に向けたまま続けた。
「わかった……で、おじさん、【魔法】、好き?」
「…………好きでも嫌いでもないな」
「ふーん……【魔法】ってなんのためにあると思う?」
「なんのため、か……すまん、私は【魔法】の専門家ではないからな、いまいちわからない」
「そうなんだ。じゃあきき方、変えるね――【魔法】は、センソウで人を殺すための力なの?」
「…………」
私は迷った。
ただの子どもとは思えない、すべてを見透かしたかような眼差しから発せられた言葉に、いったいどう返せばいいのかを。
普通の子どもにこたえるなら適当に「はい」か「いいえ」でよかっただろう。
しかし私は、子どもではなく、大人と会話しているつもりでこたえを出した。
「…………そもそも、『戦争』っていうのは、私たちの、そして国の誇りを示すための殺し合いなんだ。【魔法】は、敵を殺すためのもっとも効率的な手段というわけだ」
「そっか……」
子どもが俯いた。
私のこたえに不満があったのだろうか。しかし、その頭巾の裏側で子どもが本当は何を考えているのか、ハッキリとしたことは私ごときには到底理解できなかった。
何も言わず、目の前に立ち尽くす子どもにどう話しかければいいのか悩んでいたとき、
「すみませーん! 誰と話してるんですかー?」
空気を切り替えるように後ろから響いたのは、私が怯えていたことも、子どもとどんな話をしていたのかも知らないであろう村長の声。
私は、俯いた子どもの頭巾を見たまま、振り返らずに返事をする。
「なんでもない。すぐ戻る」
「…………ゴミでもいたんですかー?」
「まあ、そんなところだ」
「はやくきてください! まだしたい話があるんですから! はやく! さあ!」
何も知らない村長の猛烈な催促に、私は呆れ、ため息をついた。
「すまないな。君、はやく帰りなさい。家族もきっと心配しているだろ?」
「…………」
柄にもなく気遣いをしてはみたが、子どもは俯いたまま何も話さず、一歩も動かない。
子どもを夜ひとり、外を歩かせることには気が引けつつも、私は「気をつけて」とだけ言い残してトビラを閉め、椅子に戻っていった。
トビラが閉じる直前、流し目で見えた子どもの手の白い花――その左手の花びらが一片、子どもの足元に、虚しく、舞い落ちた。
***
少女は、家までの真っ暗な道を歩いていた。
歩く反動で揺れる視界。
振ることを忘れて垂れ下がった腕。
気持ち悪い空気しか吸えない口。
勝手に進んでいく足。
そんなことが気にならないくらいに、少女は考え込んでいた。
それは、あの鉄の人が話していたことについて……。
『“ホコリ”のための殺しあい……』
『【魔法】は、敵を殺すための手段……』
『“敵”って、同じ人間なんだよね……』
***
少女は家に着いた。
トビラを視界にとらえず、手の感覚だけで、力なく開ける。
いつものように家にはあかりがついており、食卓の上には冷たい食事が置かれていた。
しかし、少女は食事には目もくれずにダラダラと歩き、新たに二本の花を花瓶に入れ、先週入れていた花をとった。
トビラを開ける直前、少女は思い出したかのように、新たに飾った花に振り返り「バイバイ」と目を細めただけの笑顔で小さく言って、さっさと家を出た。
日課を片手間で済ませ、少女は帰路につく。
何気ないはずの帰り道だが、頭のなかには、鉄の人が言っていたあのことが焼きついて、はなれない。
『【魔法】はきっと痛くて、つらい力……』
***
『人が、死んじゃう……』
***
『“戦争”って本当に必要なのかな……』
***
『“ホコリ”って大事なの……?』
月がある日は満開の星が煌めくはずだった花畑――その隅にある花の墓に、持ってきた二輪を入れながら、少女は考えていた。
『“ホコリ”ってなんだろう……人を殺して示せる“ホコリ”ってなに……? 誰かを傷つけてまで欲しい“ホコリ”って…………』
『生きてる以上の幸せって? こうやって花に囲まれるのも幸せだけど、誰かに迷惑をかけてまで楽しみたくない…………』
『【魔法】……【魔法】か……【魔法】があるからみんな殺しあっちゃうのかな…………』
少女はたどり着いてしまう――
『ならいっそ……』
世界の秩序である『神』そのものを否定するほどの――
「魔法なんか……」
最低最悪の禁忌へと。
「消えちゃえばいいのに」
少女の世界の秩序が崩壊したその日を――
後の歴史書はこう綴る――
――“魔法が消えた日”
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
よければ、ブックマークや評価、レビュー等お願いします。
これからもどうぞよろしくお願いします。
今回は奇跡の4444文字でした。
もう少しで、二人の出会いに追いつきます。
この物語が何を目的にしているのかは、もう少しで明確なこたえが出てきます。
ここまでに出てきたたくさんの【】←これについては、ほとんどは次の村に行ったときに説明されるので、そのときに『アマリッカライブラリー(仮)』に説明のっけます。
では。もっと書きまくり散らかしてきます。いぇい。




