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第十六話 気持ちの悪い前夜



 ***



 おじいちゃんの家を出て、初めての冬がきた。


 この地域は、冬になったら自分の足首くらいの高さまで雪が積もる。

 さすがに裸足のまま過ごすわけにはいかないから、雪が降る前、おじいちゃんの家に行ったときに稲藁(いなわら)でつくられた靴を履いてきた。


 それまでは裸足でも問題なく過ごすことができてて、この靴があることをすっかり忘れてた。もともと冬しか靴を履かない生活だったから、裸足で過ごしてもまったく違和感はなくて、忘れちゃうのも仕方ないと思う。逆に、雪が降る前によく気づいたなって、過去の自分をほめたいくらい。


 村には人が戻ってきたみたいだ。

 前に、気分がよさそうな二人の男を見つけて、そのあと村に日課をしに行ったら、たくさん家のあかりがついてて、夜なのに騒がしい家もあった。


 村を歩くとき、久しぶりに人の気配を感じられて、『見つかっちゃうかも!』って緊張したし、それになんだかワクワクもした。

 楽しそうな声をきくの、やっぱり好き。


 村人は戻ってきたみたいだけど、あのおじいさんとは、あれから一度も会えてない。

 もう一回、どこかで話してみたかった。鉄の服を着た人もいなくなってたし、もう村にはいないのかもしれない――


 ――いつか会えるといいな。


 寝床は、つくり始めてからコツコツと材料を集めて、そこそこ太い木の枝が十本くらいと、細い枝と茶色くなったパリパリの葉っぱが数えきれないくらいになった。

 太い枝を木の幹に斜めに立てかけて、それを数本使って周りを囲む。その隙間にとにかく枝と葉を詰めて、風の通り道をなくす。さらに外側から余った太い木の枝を立てかけて――


 ――自分流の寝床の完成! とっても狭いし、グチャグチャで手づくり感がすごい!

 トビラはない! だから出入りするときは毎回、隙間に詰めた枝葉を退かしてる。面倒だけど……やるしかない!


 地面を自分が少し沈むくらい掘って、寝るときはその窪みに入って、上から葉っぱの布団を被ることにした。

 こうやって、自分ができるかぎりのことを頑張ってやってはみた。


 ちなみに……余裕で、さんむい!


 だから、おじいちゃんの家に行くたびに、使えそうな藁を持てる分だけ持ってここに敷き詰めてる。

 服に使えそうな小さな袋とかも持って帰って、できるだけ肌を隠すように穴をつくったり、ちぎったりして体につけてる。そしたらおじいちゃんの家に行くたびに、少しずつ自分の服が分厚くなっていった。今では、鉄の人みたく、頭が小さく見えてると思う。見る人なんていないけど。

 そしたら少しだけ温かくなって、ギリギリ過ごせるくらいにはなった。だけどやっぱりまだまだ寒い。


 雪が降り始めたあたりから、おじいちゃんの家にはいつもの料理と、その横にたくさんの干し肉が置かれるようになって、手持ちに余裕があるときはそれも寝床に持って帰ってる。


 雪が降っても、花を届ける習慣は変わらない。

 木にくっついてる葉っぱは枯れて、地面に落ちちゃってるけど、あの白い花は冬でも変わらずキレイに咲いてる――やっぱり強い!


 でも花畑にも雪が積もっちゃって、毎日それを雪かきするのが、けっこう大変。

 片手で持てるくらいの枝を持って、花を傷つけないように、ほじるみたいに雪をどかす。

 一日のほとんどが雪かきで、たくさん雪が降った日は、一日中、雪をほじほじすることもある。

 動くことで寒さを紛らわせられるのはいいけど、かなり疲れる。


 雪かきするとき……食事するとき……夜ひとりで寒さに震えながら寝るとき……


 自分の口から出てる白い息を見るたび――自分は考えてしまう。




「おじいちゃんの温かい料理、食べたいな……」



 ***



 おじいちゃんの家を出てから二年が経った。


 この二年間、一週間に一回の、おじいちゃんの家に行って花を交換するという日課――一度もサボったことはない。もはやそれが生きがいになってるくらい、ちゃんと続けてる。

 というか家に置いてある料理を食べないと、お腹が空いて死んじゃうから、食事しに行くっていう意味でも、この真夜中の散歩は欠かせない。


 そして今は、すっかりボロボロになった、つぎはぎの雨着を羽織って村に入る直前。


 目的地は、もちろんおじいちゃんの家で、花を両手に抱えて、村の様子をうかがってる最中。バレる可能性を少しでも低くするために、頭巾を被ることは忘れない。


 時間帯はいつもどおりの夜。月は見えない。

 昼間はみんな【魔法】の練習をしてて近づけないから、村のみんなが寝ようとしてる、このくらいの時間――暗闇に紛れてこっそりと家に向かう。


 自分たちを照らしつける日差しがないから夜は冷えるはずなのに、顔を包むようなネバネバした熱気を感じる。何もしてなくても体に汗が(にじ)み出ちゃって気持ち悪い。


 そういえば意外にも、あの痛そうな目のおじいさんと会ったとき以外は、誰にも話しかけられてない。

 自分には隠れる才能があるのかもしれない――お?


 外に誰かいないかを草の茂みから見渡していたとき、大きな建物に向かう人影が三つ。どんな人物たちなのかを「んー?」と目を細めて、口を尖らせ少女は凝視。


「ひとり、ふたり、さんにん……前を歩いてるのが……あれは『ムスコ』? ほぼ二年ぶりくらいに見たから合ってる自信はないけど多分そう……あの大きな家に案内してるのかな? ずっとぎこちない笑顔で、頭ペコペコしてる。んで、後ろに続いてる二人は…………あれは…………鉄の人!」


 少女は、鉄の服を見て目を見開く。

 約二年前の記憶と同じ形の服で、彼らの腰には剣と思しき棒。着脱が困難そうで、頭が小さく見える。あまりの蒸し暑さで、通気性の欠片もない鉄の服を着た彼らは、手で顔を仰ぎまくっていた。


 もちろん、あの人たちがどのような存在かを少女は知らない。左目のないおじいさんと何か関係があるのかも定かではない。

 しかし間違いなく、今、大きな建物に入ろうとしている鉄の服を着た人たちと、約二年前に見た十人ほどの鉄の人たちは共通の何かを持っていると少女は確信している。


「あの人たち、おじいさんのこと、知ってるかも! どれどれー……?」


 彼らの会話から鉄の人、あわよくば左目のないおじいさんの正体を把握しようと、口の動きから内容を推測しようと試みる。


「『アペウリコー』……『アーク、ホサナシテー』……なにこれ、本当に同じ言葉? えーと……『モチロンエス』……『もちろんです』! ムスコの言葉だけちょっとわかった! けど、これは……」


 しかし、素早くかつ不規則な動き、それが三人分ともなれば、魔力を持たない少女では脳の処理が追いつかない。そこで――


「……やってみるか」

 

 ――ムスコに案内されて建物のなかに彼らが入っていったことを確認し、己の隠密の才能を使ってこっそり会話を盗みぎきしてやろうと、少女は舌なめずり。


 自身から大きな建物までの道と、その周囲に誰もいないことを確かめて、襟を口元が隠れるくらいに軽く持ち上げ、「よしっ……」と意気込んで――


『――バサッ!』


 草を飛び出して、下を向き、姿勢を低くして三人の入っていった建物に向けて全力疾走。


 正面から受ける風は不気味なほど皆無で、姿かたちのない灼熱の粒子が、皮膚の表面で奇妙に(うごめ)き続けている。

 全身に纏わりつく汗は溜まっていく一方。体内に溜まった熱を何度も口から吐き出すが、新たに吸う空気もまた高温。


 激しい発汗によって服が皮膚に張りついてしまい、走る動作で皮膚と服が擦れる。

 やがて全身に突き刺すような痛みが生じ、疾走中の少女は思ってしまう――


 『――ここまで気持ちの悪い夜は、今までなかった』と。



 ***



「はぁ……はぁ……暑い……」


 少女は木でできた大きな建物の横の壁にもたれかかって座り込み、頭巾を外して息を整える。

 背中にはチクリと木のささくれが刺さるが、それを避けずに不動を貫き、体力回復に神経を注ぐ。


「はぁ……はぁ……ふぅー。冷たい水とか持ってこればよかったかな……。それにしても、この家、近くで見るとすっごくでっかい……」


 少女は座り込んだまま上を見上げて、もたれかかっている建物の大きさを確認する。


 建物は三階建て。

 一階から三階のところどころに窓があり、今はそのなかで、少女の座っている位置のすぐ上――一階の窓からだけあかりが漏れている。


「二階と三階は真っ暗だ。一階にあの三人いるのかな?」


 少女はよろめきながらも、なんとか立って、彼女の身長ほどの高さにある窓の淵に両手をかける。

 そして指に力を込め、背伸びをして建物のなかをのぞこうとする。


「ふいっ! ……ふんっ! ……ほいや! おとととと……」


 爪の先で立ち、全身の関節すべてを一直線にしても少女の目は窓にギリギリ届かない。

 「それなら……」と少女はその場で飛び跳ねて建物のなかをのぞきみる。


「……よっ! ……さんっ! にんっ! いるっ! ……なんっ! かっ! はなっ! してっ! るっ! ……けどっ! きこっ! えっ! ないっ!」


 窓はしっかりと閉まっており、広々とした部屋の中央に置かれた二つの長椅子で鉄の人とムスコは向かい合って座っている。

 真剣な表情でなにか身振り手振りをしている様子はうかがえるが、彼らの話し声はきこえない。


 少女は飛び跳ねることを止め、彼らの会話の内容をどうにかしてききとれないものかと建物の周囲を歩き、ときおり壁に耳を当てて、声がきこえる場所を探してみる。


「…………ここはきこえない。…………ここもきこえない。…………んー、ダメか―」


 建物の横から裏側へ回り込み、そのまま反対側まで歩く。ところどころに少女の身長ほどの窓があったが、やはり建物内の物音がきこえない。


 やがて、少女は建物の側面から、三人が入っていったトビラがある側――建物の正面が見える場所までたどり着く。


「…………」


 建物の正面はほかと比べても明るく、それは、少女がそこに行けば誰かに見られる危険性が高まることを物語っていた。


「自分ならいける……だって隠れるのうまいんだから……いける……いける……よし」


 少女は自身に何度も言いきかせて、壁の陰で腹をくくった。

 地面に這いつくばって、背の低い草に身を溶かし込む。それらを削りながら、虫の動きさながらに手足を動かして少女は建物の真正面――この建物の出入り口を目指す。


 少女のおじいちゃんの家にあったトビラの上下のわずかな隙間――それがこの建物にも存在し、そこからであれば彼らの会話をきくことができると踏んだのだ。


 少女は肘、膝、足の側面に重点的に力を込め、トビラに向かって進む。

 地面の草が顔に触れて、くすぐったさに襲われる。つい笑いだしそうになるが、全力で息を殺す。

 水分を含んだ草からは、多少の冷たさが感じられる。一方で、草に触れていない部分は相変わらずの蒸し暑さ――その差がさらに少女に不快感を与える。


「暑い……冷たい……気分が悪い……」


 顔を青くしながら這い続けて、やがて少女はトビラの前までたどり着いた。

 「ふぅー」と一息ついてトビラのすぐ横で、壁にもたれかかり、雨着で全身を隠すように体を小さく丸めて少女は座る。


 すると、壁に耳を当てずとも彼らの会話がきこえてきた。



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