第十五話 乾いた風
どんどん時間が進んでいきます
【】←ここに書かれた単語は後に『アマリッカライブラリー(仮)』で説明つける予定です
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あのおじいさんと出会った日から、一か月くらい経った。
ここ数日は地震が続いてる。村に近づかなくてもきこえるくらいの大きな地震。
夜になったら少し止むけど、昼間はほぼずっと揺れてる。
村での【魔法】の練習の振動がここまで伝わってきてるのだろうか、と初めは思っていたけど、どうやら違いそう。
最初のころは、地面が揺れるたびに、自分の周りを警戒してた。『近くで誰かが【魔法】を使ってるのかも』って。
けど、人の気配は全然なくて、森に狩りにきてた大人も、しばらく見てない。
一週間ごとに、おじいちゃんの家に行って、花を二輪ずつ交換する日課を続けてる。
いつもは、村人に見つからないように注意しながら、忍び足で家に行ってた。でも、最近は、注意する必要がないくらい、村人がいる気配が感じられない。
家に向かうときは、まるで自分も村人かのように堂々と道の真ん中を歩く。
どの家もあかりがついてないから、みんな寝てるのかと思った。でも、さすがに静かすぎる。隠れる必要がないのはうれしいけど、不気味さの方が勝つくらいだ。
そんななかで、たったひとつだけ、あかりがついてる家がある――
――それが、おじいちゃんの家。
自分が行くときは必ずあかりがついてて、食卓の上に毎回、あのおいしくて冷たい料理が置かれてる。
家に行ったらそれを食べて、花を交換して、花畑に帰って、持ち帰った花をおじいちゃんに教えてもらった穴に埋めるというのが自分の日常になってる。
なにごともなくて、とっても平和な日常。たくさん地震が起きてるのだけ気になるけど、それも慣れてしまえば、どうってことはない。
***
地震が起きてから、二か月くらい経った。
地震の回数は、前に比べたら、かなり減った。昨日からは一度も揺れてないし、今も昼間だけど地震がきてない。
この期間も、もちろん日課を続けてる。でも、やっぱり村人はいない。
村人に会わなくて済んで、気持ちが楽っていうのはある。誰の話し声もきこえないのは、それはそれでさみしい。こう思っちゃうのは、少し我儘なのかなと思ったりも。
そんなことを考えながら、冬に向けての準備をする。だんだん肌寒いと感じるようになってきたし。
森に入って、落ちてる枝葉をかき集めて、花畑のすぐ横にある大きな木の幹を背中にして、小さな寝床をつくってる。
幹の表面の皮に引っかけるようにして、自分の身長くらいの位置に枝を突き刺す。それを何回も繰り返して小さな屋根にする。その上に葉っぱを乗っけて、雨と雪を凌げるようにする。
地面には、とにかく葉っぱを積み重ねて、家にある布団のモフモフ感に近づけてみる。
「見た目は……すぐ壊れそうなくらいグチャグチャだけど、まあいっか! 寝られるっていうのが大事だし! 試しに寝てみよーっと」
少女は手づくりの寝床に入り、仰向けになってみる。
「おっ! 意外といけるかも! うわぁ、しっかり屋根だ! 空が隠れてる! でも、背中がまだかたい感じする……それに、壁がないとかなり寒そう。……あれ、雪が降って、もし屋根に積もっちゃったら、屋根壊れる? 今は大丈夫だけど、これも直した方がいいかも……って全部まだまだってことじゃーん!」
家をつくる難しさに、頭を抱えて左右に転がりまくる少女。
しばらく「んー!」と転がり続けて、最後、仰向けになって両手で葉の布団を叩いて「よしっ!」と意気込む。
具体的な対策なんてものは、知識のない少女には不可能。そのため、とにかく動いてみて、すべての問題を強引に解決しようと試みる。
少女は起き上がって、森のなかに入る。
「短い枝より、太い方がいいよね、頑丈そうだし……あっ! あれとかよさそう!」
探し始めて数分。見つけたのは、地面に転がっている、少女の腕くらいの太さの長い枝。
これなら多少の風や雪でも家を守ってくれる一部になってくれると少女は考える。
「持ち運ぶの大変そうだなー……まあでも頑張って引きずるか!」
少女は枝の先端を両手でつかみ、仰け反るように全体重で枝を引っ張る。
「ふいー! ふいー! ふんぬぅぅ!!」
力を入れるごとに、枝が動くのは、少女の一歩にも満たない距離。
それでも少女は諦めずに、顔を真っ赤にして歯を食いしばり続ける。
「そいやー! せいやー! とりゃー!」
一時間ほど力を入れ続け、やがて少女の手づくり屋根が見えてくる。
「あとっ! すこしっ! だっ! がんっ! ばれっ! じぶんっ!」
自分を奮い立たせながら最後の直線を進んでいたとき、久しく出会っていない音がきこえてきた。
「おい、なんか今、音がしなかったか?」
「!!」
誰かの話し声だ。男の人――狩りをしにきた人?
少女は、約三か月振りにきいた他人の声に反応し、持っていた枝をはなして、「はわわわわぁ!」と焦りながらも、すぐそばにあった木に身を隠す。
「『ドスン』って、なんか落ちた音がしたな」
「ああ、あれは…………でっけぇ猛獣がクソした音じゃねーか?」
「んなわけねーだろ! だっはっはっは!」
姿勢を低くしながら、声のしている場所に目を凝らすと、そこには剣を腰に差した二人の男がいた。大きな声で会話しており、遠くにいても話し声がハッキリときこえてくる。
少女は皮が剥けて血だらけになっていた両手の痛みを我慢しながら、喉をこじ開けて、不安定だった息を、なんとか殺す。
(危なかったー! てか、なんであの人たち、「猛獣がいるかも」って言ってるのに楽しそうなの!? まあ、このあたりに危険な動物がいないのはそうだけど……普通、「殺されちゃう!」とか考えない?)
「…………なんもきこえなくなっちまったな。おめぇの笑い声のせいで逃げられちまっただろ」
「いいじゃねーか! 最近は気分がいいから、ちょっとくらい笑ったっていいだろ?」
「うーん……それもそっか! だって――」
(あの二人すごく楽しそう。なにかいいことでも――)
「――戦争が無事に終わったもんな!」
(戦争?)
「ほんとそれだよな! よく【龍族】と【狐族】の戦争に、この村、耐えたよなー!」
(【龍族】? 【狐族】? なんのことだろう?)
「んな! それも、新しい村長になったからだよ、きっと! そうじゃなきゃ、王国の助っ人も呼べなかっただろうし、あの老いぼれがどこかに消えてくれて、助かったー!」
(新しい村長? 王国? 話が見えない……)
「それにしても、よく【光の賢人】を呼べたよなー! 村に戦争の魔力の残滓が少しもないの、やばすぎねぇか? どんな【魔法】使ったんだよ」
(【魔法】!?)
「俺たちには理解できねぇ領域ってことだな。いいんだよ、俺たちみたいな凡人は、動物を楽に殺せる【魔法】さえ使えればな……」
「それもそっか! んま、戦争用の【魔法】は村長が教えてくれるらしいし、俺たちはいいとして、子どもたちの世代に期待だなぁ!」
「おうよ! うちの村から新たな【賢人】が生まれるかもよ?」
「それはねぇだろ! がっはっはっは!」
そんな会話をしながら、二人の男は、声の届かない場所まで歩いていった。
少女は隠れていた木の幹に背中を向けて、胡坐をかく。
血だらけの両手の平を眺めながら、考える。
「【魔法】は……動物を……楽に、殺せる。楽に、殺す。それなら、きっと人も――」
手の傷口に沁みる乾いた風――焼けるような痛みを、爪が食い込むほど強く握りしめる。そして手を開くと、粘着性のある血が、さらに皮を剥ぎ、傷口を広げていく。
「『殺す』って、こんなのより、何倍も痛いんだよね…………じゃあ【魔法】は――」
少女は考えてしまう。
「よくない力……だよね」




