第十四話 「――大っ嫌いだ」
あかりのついてる、村で一番大きな建物の周辺には、十人ほどの全身鉄の服を着た男の人たちがいた。
楽しそうになにか話し合ってる。
腕、胸と背中、足――それぞれがつながってなくて、着たり脱いだりするの大変そう。鉄だから伸び縮みもしないだろうし、ガチャガチャしてて絶対動きにくい。なんであんなもの着てるんだろう。
あの鉄のせいで体がでかく見えて、その分、顔が小さく見える。もしかして、それが最近の村の流行りの服装だったりするのかな。
それに、みんな腰に棒をくっつけてる。あれは……剣かな?
ということはあそこにいるのは剣使いってこと?
でも、前に村で剣を振ってた男の人は、あんなにゴツゴツしてなかった。流行ってこんな数日で変わるんだなー。
というか、みんな、あんなところで楽しそうに、いったい何を話してるんだろう。
少女は、彼らにバレない程度に上半身ごと傾けて耳を大きくする。
「――な人なんだ―――! ぜひ、一度―――みたいぜ!」
「ああ! 『―――【魔法】といえばあのお方!』って言われるくらいだしな!」
えっ? 【魔法】?
よくきこえないけど、多分、今、【魔法】って言ったよね?
あの人たち【魔法】に関係あるの? 剣使いじゃないの?
なにしにきたの?? 戦いにきたの??
ああもうどうしよう! 逃げたほうがいい? でも花届けないといけないし……
少女は顔を青くしながら考えを巡らせる。
あの鉄の集団が何者なのか、【魔法】とどんな関係があるのか、そして自分は今どうするべきなのか。
そんな渦巻く脳内に、波のように押し寄せてきているのは、『逃げるべき』という選択。
しかし、それをギリギリのところでせき止めているのは花を届ける使命感。
どちらを選ぶかは火を見るより明らかだ。
【魔法】という単語がきこえてきてから、少女の背中は川の石よりも丸くなっている。体を縮めて、ほとんど視界が見えなくなるくらい頭巾をさらに深く被って、自らの服で跳ね返る息の温さで、引いた血の気をなんとかとり戻す。
そう、こんなの、一択だ。
あの奇妙な人たちがいないときに、またきたらいい。
また……きたら……
「――いや」
自分は選んだ。
歯を食いしばったりすることもなく、突然、その決断をした。
自分以外の何かが憑依したみたいに、頭の中が急激にスゥ―っと軽くなった。
心の中でずっと暴れまわっていた波が、勝手に落ち着いて静かになった。
そう、この選択に大した理由はない。
ただ、なんとなく――前に進んでみたら、なにかいいことがあるんじゃないかって。
少女は鉄の人たちにバレないように、身を隠しながら、彼女のおじいちゃんの家を目指すことを決意。
一週間前の自分だったら、こんなことはしないだろう。
だってこわいなら逃げればいいんだから。逃げても、誰かに迷惑がかかるわけじゃないし。
けど、いつまでも逃げ続けるのは――なんか違うなっていう、それだけのおかしな理由。
少女は地面を踏みしめ、飛び跳ねるように立つと同時に、草の茂みを抜け出す。
膝を伸ばした瞬間、真っ暗な夜なのに、心には晴れやかさが広がっているような感覚になった。
自分はきっと正しい選択をしたのだろう。
そう錯覚してしまうほどの心地よさだった。
目だけしか出していなかったのに、その瞬間だけは頭巾をとっ払って顔全体に冷たい風を浴びる。
バレる可能性は、このときは完全に考えていなかった。というかどうでもよかった。
この選択をすることこそが本当の……ありのままの自分だと、胸を張って言える。
そんな気持ちよさにただ身を任せていた。誰に伝えられるわけでもないけど。
でも、この一歩で完全に生まれ変われる気がする。何も恐れず、『私』の――幼稚な願いを貫き通せるほどの無敵の存在に……!
少女は、新たな生への、最初の一歩目を……!
「あっ……」
踏み出せなかった。
直前まで背中を丸めて屈んでいたため、足に血がたまってしまい、うまく力が入らず、想像よりも足が動かなかった。
両手に花を持っていたため、自らを支えることができなくて、気づいたときには修正が効かない段階――花を守るために、必死で両手を泥からはなすように掲げる。
「やっば……」
あとは泥に顔面から倒れるのを待つだけの時間が流れる。
無限とも思える衝突までの時間で、少女は正気に戻る。
『なんでこっちを選んだんだろう。そもそも、まずは落ち着くところから始めればよかった。これじゃ一番最悪な結末になっちゃうん――』
『ベチャッ……』
茂みを飛び出して間もなく、見事なまでの転倒。
顔面には冷たく、水っぽい感触。体の正面全体は下に沈んでいくような感覚。
『あー、やっちゃったんだ……』と少女は泥の寝床で察する。
完全に諦めていたとき、ピチャピチャとこちらに近づく足音がきこえてきた。
このまま顔をあげてしまえば自分が誰なのかバレてしまう。でも、そろそろ息が……花を持ちあげてる手もきつい……逃げられない……まずい……。
足音は自分のすぐ近くで止まった。
「君、大丈夫か?」
『君』――その呼び方の違和感で少女は思わず顔をあげる。
そこにいたのは、自分に右手を伸ばす、左目の皮膚が爛れてつながってしまっている、真顔のおじいさん。
夜でもわかるくらいの煌びやかな服を着てて、体のいろんなところにキラキラした小物をつけてた。髪も整えてて、なんだかお金持ちそう。左手には、先っぽに丸くて白い水晶みたいなものをつけた、自分の身長くらいある杖が握られてる。
こんな人、村で見たことない。
「立てるかい?」
低いけど、優しさもある上ずった声。どことなく、おじいちゃんと似ている雰囲気を感じる。
その人が右手を差し出しながら言った言葉。
あまりきかない言い方に戸惑っちゃったけど、これはつまり、自分がこの手をつかんで立ち上がることを促してるってこと?
こんなにお金持ちそうな人を触るなんて、なんだか申し訳ない気がする。というかそもそも両手が塞がってて、手をつかめない。
少女は首を左右に振って、花を汚さないように肘で体を支えながら、足の裏を地面につけて立ち上がった。
「…………」
自分を真顔で見続けてるおじいさん。あまり顔を見られたくなくて頭巾を深く被って俯く。
「君……【魔法】は、嫌いか?」
どこか達観した声でおじいさんはきく。
「好き……では……ない……」
モジモジしたまま、小さくこたえる。
「そうかい……花が、好きなのか?」
少女の手に持っている花を見て、おじいさんは優しい声できく。
「……好き」
モジモジしたまま、小さくこたえる。
「そうかい……両手を横に広げてごらん」
少女は躊躇いつつも、おじいさんの声に従って両手を横に広げた。
頭巾で顔を合わせないようにしているため、おじいさんが何をしようとしているのか、少女はわからなかった。服が擦れる音がわずかにきこえてくるだけ。
おじいさんが息を小さく吐くと、それと同時に少女の視界に歪みが発生する。
唐突な視界の揺れに、思わず目を力強く瞑る。
視界が歪み始めてから数秒、全身に冷たさが感じられた。
少女は体に起きている現象に驚愕し、広げた両手を震わせながら脇を少しずつ締める。
「……終わったぞ」
おじいさんの言葉で、少女は息を大きく吐いて強張っていた全身の力を抜き、目を開ける。
「!!」
すると少女の目の前には、膝を曲げて、視線を合わせているおじいさんの顔があった。
眉がピクリと動いてしまうが、できるだけ動揺していないと装っておじいさんと視線を合わせる。
しかし、それ以上に動揺を隠しきれていないのは、おじいさんの方だった。
爛れてつぶれてしまった左目が、今にも張り裂けてしまいそうなくらい右目を見開いている。
震えた口元で、おじいさんは話す。
「君は…………」
「……ん?」
少女は少しだけ首を傾ける。
おじいさんは立って続ける。
「いや……君、泥だらけだったから、勝手ながら、それを落とさせてもらった」
自分の服を見ると、どこにも泥はついてない。顔にくっついてたはずの違和感もなくなってる。
少女はおじいさんの顔を見て言う。
「……ありがとう」
「礼はいい……君の名前は、なんという?」
「……わからない」
「すまない……不躾だったな」
「『ブシツケ』? えーと、全然?」
少女は何も気にしていない様子でこたえた。
「そう言ってくれるとありがたい…………親は?」
「いない」
「…………私は失礼極まりないな、まったく」
「…………」
「君は、こんなところで何をしているんだ?」
「花、運んでた」
「……子どもが夜にひとりで外を出歩くのは危ない。私が送ろう。君の家はどこだい?」
「あっち」
少女は背後の森に指を差す。
「ふむ……森……か?」
「うん」
「…………」
「…………」
「……送ろうか?」
「……大丈夫」
「そうか……」
たどたどしい会話だ。
このおじいさんが、たくさん考えてて、言葉をがんばって選んでるのがわかった。きっと悪い人じゃない。
こんな優しい人と話したことなくて、自分もどうやって会話したらいいか、わからなかった。人と話すのって難しい。
そして、今はまずい状況だ。
お互い見つめあったまま、会話が止まってしまった。話の切り出し方がわからない。
おじいさんが何を考えてるかもよくわからない。顔の爛れが多くて、表情が読みづらいから、どんな話し方にするか迷う。
……そうだ。この人、自分の泥をどうやって落としてくれたんだろう。
そのことをきいてみよう!
このままだと気まずさで変な笑みがでちゃいそうだし。
「あ、あの、どうや――」
「なーにやってるんですかーー??」
「!!」
少女の勇気を台無しにしたのは、村で一番大きな建物から全速力で走ってくる男の人。
鉄の服は着ておらず、少女も見慣れたよく見る服装だ。
これは……助かった? それとも……
会話が続かないところにきてくれた救世主ではあるが、もしあの人が自分をよく知る村人だったら、この姿を見て、きっと迷惑をかけてしまうだろうと少女は推察。
少女は花を後ろに隠して、下を向いて顔を見られないようにする。
そして彼らの足元の動きを目で追い、はなれるのを待つ。
「ぜぇー……ぜぇー……ちょっと……会議、始めますよ!」
「ああ、すまない、村長さん。『この子』と話をしていてな」
「……『この子』?」
きいたことのある声だ。
あれは……おじいちゃんと話してた……
「『この子』って誰のことですか? ゴミでもあったんですか? 変なこと仰ってないで、ささ、早くいきましょ!」
えっ……
「…………なるほどな。では行こうか」
「ふぅー……戦争がもうすぐ起きるんですから、その対策を――」
おじいさんは、何かに納得して、二人は歩いていった。
少女は、彼らの足の方向が向こう側に向いたことを確認し、彼らの背中をこっそりと眺める。
おじいさんにずっと話しかけ続けてるの――あれはやっぱりおじいちゃんの家にいた人だ。
完全に……無視された、よね? よかった、のかな。
それに、あのおじいさん。あの人はいったい……
「ああそうだ……」
おじいさんは少女に振り返ることなく、足を止めて伝える。
「私も、【魔法】は――大っ嫌いだ」
「…………行きましょう」
そのまま二人は建物に向かっていった。
少女は二人が見えなくなるまで、彼らの背中を呆然と眺め続けた。
***
少女は家に向かいながら考える。
結局、あのおじいさんが何者で、二人がどんな関係なのか、まったくわからなかった。
左目がなくて、口下手で、優しくて……それでいて、【魔法】が嫌い?
自分を見ても、普通に接してくれて……というか、あれが普通なのかな。人と関わってなさ過ぎてわかんない!
それになんだか、自分の顔を見て、驚いてたように見えた。自分のこと、知ってたり……いや、それはないか。
そんなことを考えながら、少女はやがて目的地にたどり着く。
今日の家は伸びたり縮んだり、色が変わったりすることのない、記憶通りのそれだ。一週間前とは違う。
しかし、今日はトビラの隙間から光が漏れている。
「誰かいるのかな。もしかして……!」
少女はちょっぴり期待して、肘を使ってトビラを開ける。だが、
「まあ、そうだよね」
家には誰もいなかった。
人がいないのについているあかり、食卓の上にある花瓶、そこに入っている二輪の花、そして先週と同じ、お肉と野菜と茶色い液体でつくられた料理が食卓の上に乗せられていた。
台所には、先週、少女が置いた食器はなかった。それと同じものが、おそらくあの料理を入れている器に使われている。
『洗ってくれたんだ……』と少し笑って、少女は花瓶に二輪の花を入れる。
四本になった花瓶の贅沢さに、少女は目を細め、口角を上げて頷く。
「ご飯を食べてる間だけ、四本にしてもいいよね?」
許可を下す存在がいないとわかっていながらも、少女はひとり、呟く。
そして、食卓の椅子に座って、用意してある料理を食べる。
「いっただっきまーす!」
大きく挨拶をして、食事をする。
相変わらず冷えた料理だが、やっぱり味はおいしい。これを食べるだけで一週間の疲れが全部どこかへ吹っ飛んでしまうようだ。
今日は心に余裕があるから、花を観賞しながら食事をする。
目の前にある四本の花――二本は花びらの色が茶色く変わり始めていて、二本は元気に立っている。
その違いを見てるだけでも、少女の心には充足感が溢れていく。
足は空中を泳ぎ、頬はパンパンに膨らんで、一週間に一度の贅沢を存分に満喫する。
しかし、残念なことに楽しい時間というものはあっという間に過ぎ去ってしまうもので、気づいたときには器は空っぽ。
「ごちそうさまでした」
少女は手を合わせて食後の挨拶をする。
暗いうちにさっさと森に帰るため、のんびりせず、テキパキと準備を始める。
先週と同じく、器を台所に運ぶ。
茶色くなり始めてる花、二輪を花瓶からとり出す。
あかりは消し方がわからないから放置。
「あとは……」
家を出る前に何かやるべきことはないのかと思い、家を見渡す。
「あれ……これって……」
目に入ったのは、ずっと家に置いてある杖。
おじいちゃんが使ってるの、一回も見たことない。けれど、ずっとそこにある、不思議な杖。
いつも見ていたはずなのに、今日はその杖に少女の視線は吸い寄せられた。
その理由はついさっきの出来事によるものだった。
「この杖の形……あのおじいさんの使ってたやつと一緒だ……」
自分くらいの身長があって、先端には水晶がくっついてる。ただ、おじいさんの持ってた杖と少し違うのは、水晶の色。
あの人は白っぽくて、この杖は黒っぽい。
どことなく二人は雰囲気が似てると思ってたけど、もしかして知り合いだったりするのかな。
「この杖、持ってったら、なにかわかるのかな」
そんな考えが少女の脳裏に過る。
「ううん! ダメダメ! おじいちゃんのものだし、勝手に触るのはダメ! うん!」
なんとか踏みとどまり、少女は杖を置いたままにしてトビラに向かう。
「じゃあ、またくるね!」




