第十二話 手向けの花
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なんだろう、この感覚……
懐かしくて、フワフワしてて、安心するような……
「ふわぁ~……」
木の天井だ。それと、布団の感触?
今は……夜? いや少し明るいかな。
なんで自分はここで天井を見てるんだろう――いつの間にか寝てた?
わからない。まるで記憶に、ぽっかりと空白があるみたいな。
体調は……少しよくなったかも。
久しぶりに布団で寝られたからかな。体が痛くないし、すごく温かい。
おじいちゃんは、きっともう起きてるよね。
自分は飛び跳ねるように立って、朝食をとりに向かう。
立った瞬間、少しふらついた。が、頭痛がしたわけではなく、勢いがよすぎて立ち眩みをしてしまっただけ。
握りこぶしが丸々ひとつ入るくらいの大欠伸を披露しながら、おじいちゃんに朝の挨拶をする。
「おあよぉ……」
『――――』
返事はない。おじいちゃんは寡黙だからいつもこうだけど。
そんなおじいちゃんが今なにをしてるのか、目をこすって確認。
「いない……お出かけかな」
おじいちゃんは自身がなにをしてるのか、いつも教えてくれない。今だってそう。自分に黙ってどこかにいってる。
だけど、食卓の上には食事が用意してあった。なんだかんだ、自分をほったらかすこともないけど。
「おじいちゃん……。あっ、そうだ、花にも挨拶しないと……あれ、二つ?」
食卓に目を向け、いつものように花への挨拶と日課の観賞しようとした。
花瓶に咲いているのは一輪の花――のはずだが、そこには二輪咲いていた。
花びらが大きく、胸を張って咲いている花と、茎が曲がってしまい、肩を落として咲いている花。
同じ種類の花なのに、咲き方が全然違う。
「まあいっか、おはよ」
覚めきっていない頭は深く考えることをせず、『キレイだから』という理由で花瓶の中の違和感を放置。静かに挨拶をして、独り、椅子に座る。
自分以外、家には誰もいないし、まだ外からもほとんど音がしない。小鳥の鳴き声が小さくきこえる程度だ。
このあたりには他の村人たちもたくさん住んでるはずなのに、森にいたときよりも静かで、孤独を感じてしまう――
――そうだ。森にいたんだ。
自分は森で過ごしてた。だから起きたときに見えるのは、青か灰の空、寝相が悪かったら、茶か緑の地面のはず。
それがどうして木の天井になってたんだろう。時間が巻き戻りでもしたのかな。もしかして【魔法】?
ま、自分には【魔法】の知識なんかないから、本当に【魔法】を使われてたらどうしようもないんだけどね。
そんなことは置いといて、とりあえず、朝ごはんを食べよう。せっかく用意してくれてるし。
それに、おじいちゃんは前に言ってた。「朝飯だけは絶対に食べろ」って。
ってなわけで……
「いっただっきまーす」
自分はたったひとりで、手を合わせて元気よく食事の挨拶をする。
だれもきいてないけど、孤独を紛らわすには、この掛け声はもってこいだ。森で過ごしてたときから続けてて、もはや習慣化している。
箸を手にとって器をのぞく。
「え……おいしそう……」
器の中身は、ボロボロのお肉とベチャベチャの野菜……ではなく、しっかりと包丁が入っててキレイな焼き面が見えるお肉、主張は激しくなく料理全体に彩りをもたらしてくれてる野菜。それらの上に贅沢にかかってる、茶色くドロドロした液体。
おじいちゃんの料理特有の『湯』はどこにも見当たらないし、涎が出てくるいい匂いがする。
「今日のおじいちゃん、気合い入ってる……」
少女は『ゴクリ』と喉をならして料理を箸でつかんで持ち上げる。
口からはすでに溢れそうになるほどの唾液が分泌されており、それほどに強烈な匂いを放つ料理のおいしさなんて味わわずとも容易に理解できた。
「よし……」
これまで見たことない料理の一口目――必要ないのはわかってるけど、なんとなく緊張する。
え、食べていいんだよね? なんか食べる直前になって不安になってきた。おじいちゃんに直接「食べろ」って言われたわけじゃないし……本当はおじいちゃんの朝ごはんだったり? それか、お客さん用の食事だったり?
自分は目の前にある、あまりにも豪華な料理を本当に食べていいのか、ものすごく悩んだ。けど……
『はむっ……』
耐えられなかった。
一週間ぶりに調理されたものを見たら、空腹感が急に襲ってきて、気づいたときには自分を抑えられなくなっていた。
そうだ。これは自分が悪いわけじゃない。
なんか気づいたら体が勝手に食べてたんだ。
だから……そう、悪いのは、自分じゃなくて、自分の体だ!
だから仕方ない!
そう割り切って、口に入れた料理を噛む。
「ん……!!」
噛んだ瞬間、『シャキッ』という音がなり、食材に閉じ込められてたうまみが一気に口の中に広がった。
生まれてこの方、感じたことのない、塩っぽさ。それでいて、どこか甘みが見え隠れしていて、食べてるはずなのに、さらに食欲が湧き出てくる味。
さらに噛むと、またしてもうまみが溢れてくる。
お肉、野菜、そして全体にかかってる茶色い液体。それぞれが心地よく組み合わさって、自分の舌に新しい世界をつくってる。
焼いたお肉が入ってるのに、なんか冷たい。こういう料理なのかな。
けど味は最高! できればこれ毎日食べたい!
こんな料理つくれるなら、普段からつくってくれたらよかったのに。
あまりのおいしさに、気づいたときには無我夢中で器の中身を貪ってた。
礼儀なんてそっちのけで、頬が膨れるくらいかき込んで、ほかのことはなにひとつ考えず空腹を取り去ることに集中。
***
「はむ…ん……ん…………ふぅー、おいしかったー! 満足満足! しばらく動けないやー」
人生で一番の満足感の余韻に浸って、少女は椅子の背もたれに体を預ける。そして懐かしい天井を眺めながら手の平でお腹をポンポンと二回たたく。
「お腹いっぱいになったし、花も見られたし、目的は達成かなー! ……目的? 目的……目的……なんか違うような…………」
食事により、体中に漲っている力を思考に使う。
そして少女は、本来の目的を思い出すべく、ここに至るまでの記憶の道筋を順にたどっていくことにした。
「たしか、あのときの花が気になって……で、花の交換ついでに見に……きて……家に入って………そうだ! 倒れちゃったんだ! あれ!? 自分の持ってきた花は!? どこ?? いっちばん重要な部分の記憶だけない! あんなに苦労してきたのに!!」
自分の記憶に冷汗をかかされ、せっかくの食後の気持ちよさを堪能できなくなってしまった少女。
椅子の上であたふたしながら花の行方を捜す。脚の高さが微妙に揃っていないせいで、カタカタなっているが、そんなことが気にならないくらい、少女は動揺していた。
食卓の下、台所付近、玄関――椅子から見える範囲はあらかた捜した。薄暗くて見えにくいが、おそらくどこにも花はない。
「どこ! 返事して! 強く握っちゃったこと謝るから!」
家全体にきこえる声量を出してみたが、もちろん返事はない。
「もう! なにやってんだ、過去の自分」と全身の血液を目に集めて、家全体をくまなく見てみようと決意。
しかし、それは杞憂に終わることになる。
椅子から降りるために食卓に手をつこうとしたとき、少女は気づく。
「……ん? そういえばなんで花瓶に二輪あるんだ? 前に持ってきたのが、まっすぐ伸びてる方で……それはいいとして、もうひとつがー……んー……見たことあるようなー…………ってこれ自分の持ってきたやつだ! うわーよかったー! なくしたかと思ったー!」
少女は息を吐いて胸をなでおろし、体の緊張が解けて背もたれに背中をぶつける。
焦りすぎて、さっき食べたもの全部出てくるかと思ったー……。
とにもかくにも、ひとまず安心!
……あれ、花、入れたっけ?
えーっとー、記憶は……ない。ってことは、多分、入れてないはず。自分が眠りながらでも動ける存在じゃないかぎりは。
じゃあ、いったい誰が……
倒れた自分を布団に運んでくれて、花を花瓶に入れてくれて、おいしいご飯をつくってくれたってことだよね……よくよく考えたら、やってくれてること、すごく優しい。
だけど、なんか、違和感あるような……
「…………」
「あ、そっか」
少女は呟いて、口元を緩めた。
「よしっ、帰ろう!」
自分は椅子を飛び降りた。
そして小走りで食器を台所へ運んでいく。
自分の使ったものはしっかりと洗ってから出ていこうと思ったが、水の出し方がわからないし、どうやって洗えばいいかわからない。
だからとりあえず、おじいちゃんがいつも立ってた場所あたりに食器を置いた。
外からは、起きたときよりもたくさんの音がきこえてきた。
これはきっと、村の人たちが活動し始めたということ。みんなの幸せそうな声がきこえる。
このまま外に出たら、みんなに迷惑かけちゃうかもしれない。
さて、どうやって帰ろうか。
手で顔を隠しながら帰ったとしても、ボロボロの服でバレちゃうだろうし、夜まで待つっていうのも、おじいちゃんに迷惑かけちゃうかもしれないし。
あらためて、こう考えてみると、自分の居場所って、本当にないんだな。まあいいけど。
……そういえば、雨除け用の服があった。雨の日でも出かけられるようにって、おじいちゃんが買ってくれたやつ。
あれはでかいから体が隠せるし、服についてる頭巾みたいなやつを被れば顔も隠せる。
少女は自分の部屋に入って、壁に打ち付けられた杭に吊るされている雨着を手に取り、そのまま羽織った。
ちょっと小さいかも? まあでも顔を隠すには十分だし、大丈夫か!
部屋の中で、頭巾を深く被って、自分の全身が隠れることを確認。足元の肌色が少し見えてるけど、特定できないくらいまでは隠せてそうだ。
目元だけを出して、口、鼻までしっかりと覆う。
自分の吐息が籠って少し暑い。けど、我慢!
床に広げられたままだった布団を最後、埃が立たない程度に足の裏で踏みしめて、気持ちのいい感触を記憶に残す。
そういえば足の裏がキレイになってる。布団に土がついてない。
倒れたときに拭いてくれたってことだよね。
洗ったばかりかのようにキレイな布団を畳んで、部屋の隅に置く。
家を出る前の後始末が終わったため、外の世界につながるトビラへと向かう。
その途中で目に入った食卓の上の二輪の花に、あの人に言うべきだった言葉を残す。
「ありがと! ニシシッ!」
少女は、二輪の花を残してトビラを開ける。
もういちど、頭巾を深く被りなおして、めちゃくちゃにうるさい世界を俯きながら走っていった。




