第5話:インタビューの舞台裏
トイレでの騒動をなんとか乗り越え、聖奈は雑誌「アイドル・ビーナス」のインタビュー会場へと向かった。スタジオにはカメラマンとライターが待機し、明るい照明が彼女を照らす。聖奈は汗や疲れを隠し、完璧な笑顔を浮かべて席に着いた。だが、頭の中では悠斗がすでに騒ぎ始めていた。
「うわっ、聖奈ちゃん、インタビューだ! こういうのって初めて近くで見るよ! めっちゃ緊張するね!」
「あなたが緊張してどうするのよ。私が答えるんだから、静かにしてて。邪魔しないでね。」
ライターの女性がにこやかに質問を始めた。
「聖奈さん、新曲『星屑のラビリンス』が大ヒット中ですね。この曲に込めた思いを教えてください。」
聖奈はプロらしい落ち着いた口調で答えた。
「ありがとうございます。この曲は、迷いながらも自分の道を見つけるというテーマがあって、私自身もファンの皆さんに支えられてここまで来たんだなって感じています。」
すると、悠斗が頭の中で興奮気味に割り込んだ。
「おお、聖奈ちゃん、いい答え! ファンに感謝って…俺のこと言ってるみたいで泣きそう!」
「ちょっと、泣かないでよ。集中してるんだから、黙って聞いてて!」
ライターが次の質問に移った。
「ライブでのパフォーマンスも話題です。特にあの新しいターンの振り付けが印象的でした。あれはどうやって生まれたんですか?」
聖奈は一瞬、悠斗の提案が頭をよぎり、少しだけ笑みを深めた。
「実は、リハーサルの時にちょっとしたひらめきがあって。試してみたらうまくハマったんです。ファンの皆さんが喜んでくれるなら嬉しいなって。」
「うおおお! 聖奈ちゃん、それ俺のアイデアじゃん! マジで感激だよ! 俺、聖奈ちゃんの歴史に刻まれたってこと!?」
「大げさね。ちょっとしたアドバイスだっただけよ。調子に乗らないで。」
「いやいや、これはファン冥利に尽きるって! 聖奈ちゃん、俺のこと名前出してよ! 悠斗くんの提案でって!」
「バカじゃないの!? そんなわけないでしょ!」
聖奈が頭の中で悠斗とやりとりしている間、彼女の表情が一瞬だけ微妙に揺れた。ライターが「何か面白いことでも思い出しました?」と笑いながら聞くと、聖奈は慌てて取り繕った。
「あ、いえ、ちょっとライブのことを思い出して。ファンの歓声がすごかったなって。」
次の質問が来る前に、悠斗がまた口を挟んだ。
「ねえ、聖奈ちゃん、次って絶対『プライベートはどう過ごしてる?』とか来るよ! ファンなら分かる、この流れ!」
「何!? やめてよ、そんな質問来たら困るじゃない! あなたがいるせいでプライベートなんて滅茶苦茶なんだから!」
予想通り、ライターがにこやかに聞いた。
「聖奈さんは普段、どうやってリフレッシュしてるんですか? プライベートな一面も気になります。」
聖奈は内心で「うわっ!」と叫びつつ、表面上は冷静に答えた。
「えっと、家でゆっくり音楽を聴いたり、映画を見たり…ですかね。わりと普通ですよ。」
「普通って…聖奈ちゃん、シャワーとかトイレとか、俺と一緒にあんな騒ぎだったじゃん! 本当のこと言ったら面白いのに!」
「言えるわけないでしょ! あなたがいること自体が異常なんだから! 黙ってなさい!」
「でもさ、俺的には聖奈ちゃんのリアルな一面知れて最高なんだけどなあ…。アイドルはトイレに行かないって思ってたけど、今はそれも愛おしいっていうか…。」
「愛おしいって何!? 気持ち悪いこと言わないで!」
聖奈が頭の中で悠斗とバトルしていると、ライターが少し首をかしげた。
「聖奈さん、時々遠くを見るような表情になりますね。何か考え事でも?」
「えっ! あ、いえ、ただ…ファンのことを思い浮かべてただけです。皆さんの応援が力になるなって。」
聖奈はなんとか笑顔でごまかしたが、心の中では悠斗に怒りをぶつけた。
「ほら、あなたのせいで変な空気になったじゃない!」
インタビューが終わり、スタジオを出た聖奈はため息をついた。
「ねえ、悠斗くん。あなたがいると、アイドルとしての私の完璧さが崩れるよ。」
「でもさ、それって人間らしくて素敵じゃん。俺、聖奈ちゃんのそういうとこも大好きだよ。」
「好きって…もういいから、私の体から出てってよ!」
聖奈の願いも虚しく、悠斗との奇妙な共存はまだ続く。インタビューでのやりとりは、二人の距離を少しだけ縮めたのかもしれなかった。