第2話:ステージの二人
楽屋の鏡の前で、悠斗と聖奈は精神の中で言い争いを続けていた。悠斗は聖奈の体を動かそうとするたびに「勝手に動かさないで!」と叱られ、聖奈は突然の侵入者に頭を悩ませていた。しかし、リハーサル開始の時間が刻々と迫ってくる。聖奈は深呼吸をして、気を取り直した。
「ねえ、悠斗くんだっけ? とりあえず今は協力して。リハーサルが始まるから、私が体を動かすよ。あなたは黙ってて。」
「えー、でもせっかく聖奈ちゃんの体にいるんだから、ちょっとくらい…」
「ダメ! 絶対に変なことしないでね! 私のイメージが崩れたらどうするの!?」
「分かったよ…。でも、ライブってすげえ楽しみだな…」
「ファンなら応援に徹して!」
聖奈は立ち上がり、楽屋を出てステージへと向かった。スタッフが慌ただしく動き回る中、彼女はグループのメンバーたちと合流した。他のメンバーは聖奈に笑顔で挨拶したが、悠斗はその一人ひとりに内心で大興奮していた。
「うわっ、彩花ちゃん! 真央ちゃん! マジで近くで見るとみんな可愛い…!」
「ちょっと、頭の中で騒がないで! 集中できないよ!」
聖奈が苛立ちを隠せないまま、ステージに立つ。スポットライトが彼女を照らし、バックダンサーたちがポジションについた。リハーサルの曲は新曲『星屑のラビリンス』。聖奈は振り付けを完璧にこなすことで知られているが、今回はいつもと様子が違った。
音楽が流れ始め、聖奈がステップを踏む。だが、悠斗が我慢できずに口を出した。
「聖奈ちゃん、この振り付けさ、俺ライブで何度も見て覚えてるよ! ここでちょっと腰を低くしてターンするとかっこいいと思うんだ!」
「何!? 勝手にアドバイスしないで! 私がアイドルなんだから!」
その瞬間、聖奈の動きが一瞬乱れた。腰を低くしようとしたせいでステップがズレ、隣のメンバーと軽くぶつかってしまった。
「聖奈、どうしたの? 大丈夫?」と心配そうに声をかける彩花。
「う、うん、大丈夫! ちょっとミスっただけ!」聖奈は笑顔でごまかしたが、内心では悠斗に怒り心頭だった。
「ほら見なさい! あなたのせいで恥かいたじゃない!」
「ごめんって! でもさ、聖奈ちゃんのダンスもっと良くなると思ったんだよ…」
「私のダンスに文句あるわけ!?」
「いや、好きだからこそだよ! 聖奈ちゃんが最高のセンターでいてほしいんだ!」
その言葉に、聖奈は一瞬言葉を失った。ファンの純粋な気持ちが伝わってきたのだ。だが、そんな感傷に浸る暇もなく、リハーサルは続いた。聖奈はなんとか立て直し、最後まで踊りきったが、頭の中では悠斗とのやりとりが止まらなかった。
リハーサルが終わり、楽屋に戻った聖奈は汗を拭いながら鏡に映る自分を見つめた。頭の中では、悠斗がまだ興奮冷めやらぬ様子で喋り続けている。
「いやー、聖奈ちゃんのダンス生で見るの最高だったよ! 彩花ちゃんとぶつかっちゃった時はヒヤッとしたけどさ、すぐ立て直すとことかプロすぎる!」
「ちょっと、褒めるならもっと静かにしてよ。頭の中で騒がれると疲れるんだから。」
「ごめんごめん。でもさ、俺、聖奈ちゃんの体にいるってことは、ライブ本番も一緒に体験できるってことだよね? やばい、マジで夢みたいだ…!」
聖奈はため息をつきながらも、悠斗の純粋なファン心に少しだけほだされていた。確かに迷惑ではあるけれど、彼の応援する気持ちは嫌いじゃなかった。
「ねえ、悠斗くん。さっき、私のダンスにアドバイスしてきたよね。あれ、どうして思いついたの?」
「え? だって俺、聖奈ちゃんのライブ映像何十回も見て研究してるからさ。あのターン、腰を低くするとキレが増すかなって。ファンの目線だけどね。」
「……ふーん。まあ、確かに動きに変化つけると映えるかもしれないけど、私がそんな簡単に変えるわけないでしょ。プロの振り付け師が考えたんだから。」
「そっか。でもさ、聖奈ちゃんがもっと輝けるならなんでも提案したいよ!」
その言葉に、聖奈は小さく笑った。自分をこんなに熱心に応援してくれるファンが、頭の中にいるなんて妙な気分だった。
「じゃあ、悠斗くん。ライブ本番まで黙って応援してくれるなら、私、ちょっとだけそのアドバイス考えてみるよ。」
「マジ!? 聖奈ちゃん、最高! 俺、絶対静かにするから!」
その約束通り、ライブ本番までの数時間、悠斗は驚くほどおとなしくしていた。聖奈はリハーサルの合間に振り付けを微調整し、悠斗のアイデアを少しだけ取り入れてみた。すると、確かに動きに新しい魅力が加わった気がした。鏡の前で試すたび、悠斗が「やばい、かっこいい!」と心の中で呟くのが聞こえてきて、聖奈は思わずクスッと笑ってしまう。
そして迎えたライブ本番。会場には数万人のファンが詰めかけ、「スターライト☆ドリーム」の名前を叫んでいた。聖奈がステージに立つと、割れんばかりの歓声が響き渡る。悠斗は頭の中で大興奮していたが、約束を守って声には出さなかった。
「聖奈ちゃん、すげえ…! この景色、俺の人生で一番ヤバい瞬間だ…!」
音楽が流れ、聖奈は完璧にダンスを披露していく。新曲『星屑のラビリンス』のサビで、彼女は悠斗の提案したターンを試した。腰を低くして鋭く回ると、観客から一際大きな歓声が上がった。メンバーの真央が驚いたように聖奈を見たが、聖奈は笑顔でウィンクを返した。
「悠斗くん、やったね。成功したよ。」
「うおおお! 聖奈ちゃん、ありがとう! 俺、泣きそう…!」
ライブが終わり、ステージ裏に戻った聖奈は息を整えながら呟いた。
「ねえ、悠斗くん。今日だけは、あなたがいてくれて良かったかも。」
「マジで!? 聖奈ちゃんにそう言われるなんて…俺、死んでもいい…!」
「死ぬのは構わないけど、この体から出てってからにしてね。」
「そ、そうだね! でもさ、もうちょっと一緒にいられたら嬉しいな…」
聖奈は苦笑しながらも、少しだけその気持ちが分かる気がした。自分を誰よりも応援してくれる存在が、こんな近くにいるなんて悪いことばかりじゃないかもしれない。そう思いながら、彼女は次のスケジュールに向かう準備を始めた。
二人の奇妙な「共存」は、まだまだ続きそうだった。