第18話:頼る心の芽生え
クイズ番組での優勝を悠斗の助けで勝ち取った聖奈は、その後も彼への複雑な気持ちを抱えながら日々の仕事をこなしていた。頭がいまひとつの自分をカバーしてくれた悠斗の存在は、苛立ちと共に少しずつ「頼りになるかも」という思いを生み始めていた。この日、聖奈はファンイベントの準備で事務所にいた。頭の中で、彼女は悠斗に軽く呟いた。
「ねえ、悠斗くん。クイズの時、助かったのは認めるよ。でも、私が自分で頑張れるように、勝手に喋るのは控えてね。」
「分かったよ、聖奈ちゃん! 俺、聖奈ちゃんが困った時だけ助けるからさ。ファンとして輝いててほしいだけなんだ。」
その日のファンイベントは、「スターライト☆ドリーム」のメンバー全員が参加するトークショーだった。会場には数百人のファンが詰めかけ、聖奈は他のメンバーと共にステージに上がった。トークは順調に進み、ファンからの質問コーナーに移った。司会が一人のファンからの質問を読み上げた。
「聖奈ちゃん、歴史上の人物で誰が好きですか? その理由も教えてください!」
聖奈は笑顔でマイクを握ったが、頭の中が一瞬で真っ白に。歴史は彼女の苦手分野だった。
「えっと…歴史上の人物…うーん…誰だっけ…えっと…ナポレオン?」
会場が少しざわつき、聖奈は焦りながら理由を考えたが、思いつかず、「え、なんか…すごい人だから?」と曖昧に答えてしまった。観客席から小さく笑いが漏れ、聖奈は内心でパニックに。
「うわっ、私、またやっちゃった…! 恥ずかしい…歴史なんて全然分からないよ…!」
その時、悠斗が頭の中で急に声を上げた。
「聖奈ちゃん、ヤバいよ! ナポレオンでごまかしても理由が弱いって! 俺、助けるから待ってて!」
聖奈が「何!? 勝手に喋らないでよ!」と反論する前に、悠斗が彼女の声帯を乗っ取り、自信満々に話し始めた。
「実は、私、坂本龍馬が好きなんです! 幕末に新しい日本を作ろうとしたその情熱がすごくて、アイドルとして頑張る私にも響くんですよ!」
会場が「おおー!」と拍手に包まれ、司会が「聖奈ちゃん、深いね!」と感心したように頷いた。聖奈は一瞬呆然としたが、頭の中で悠斗に呟いた。
「悠斗くん…また勝手に喋った。でも、助かった…。坂本龍馬って誰? 私、全然知らないよ…。」
「坂本龍馬は幕末の英雄だよ! 俺、歴史好きだから任せて! 聖奈ちゃん!恥はかかせないよ!」
聖奈はステージ上で笑顔を保ちつつ、内心で複雑な気持ちを抱いた。「自分で答えたかったけど…あなたのおかげでファンの前でカッコついたよ。今回は感謝するね」と頭の中で認めた。悠斗は嬉しそうに返した。
「やった! 聖奈ちゃんが感謝してくれるなんて…。俺、もっと役に立ちたいよ!」
イベントが終わり、楽屋に戻った聖奈は鏡を見ながら考え込んだ。頭が良くない自分を補ってくれる悠斗の存在は、確かに便利だった。次の日、彼女は雑誌のインタビューで「好きな本」を聞かれ、またしても答えに詰まった。が、悠斗が「夏目漱石の『こころ』が好きです。人間の内面を描いた名作で、感情を表現する私に影響を与えてます」と即座に答え、記者から「聖奈さん、読書家なんですね!」と褒められた。
さらにその翌日、テレビ収録で「最近のニュースで気になったこと」を聞かれた時も、悠斗が「環境問題が気になります。地球温暖化対策って大事ですよね」と助け舟を出し、聖奈は「社会派アイドル」とSNSで話題に。聖奈は毎回「勝手に喋らないで」と文句を言うものの、内心で「あなたがいると助かる…」と頼る気持ちが強まっていった。
ある夜、自宅で聖奈はソファに座り、頭の中で悠斗に呟いた。
「ねえ、悠斗くん。最近、私、頭悪いってバレずに済んでるよ。あなたのおかげかも…。でも、私、自分で頑張りたい気持ちもあるから、全部頼るわけじゃないよ。」
「聖奈ちゃん、そう言ってくれるの嬉しいよ! 俺、聖奈ちゃんが困った時だけ助けるからさ。ファンとして輝いてる聖奈ちゃんが見たいんだ。」
聖奈は小さく笑い、「ありがとう…。でも、私の体から出てってくれるのが一番なんだけどね」と付け加えた。悠斗も笑いながら、「それができたらいいけど…まだ一緒にいたいな」と返した。
クイズ番組をきっかけに、聖奈は少しずつ悠斗に頼る場面が増えていった。頭が良くない自分を補う彼の知識は、彼女のアイドルとしてのイメージを守り、二人の関係を「対立」から「協力」へと変えつつあった。聖奈が自分で頑張る意欲と、悠斗への信頼が混ざり合う日々は、まだまだ続きそうだった。