第16話:電車での勇気
朝の追及で悠斗に怒りをぶつけた聖奈は、その後も彼への不信感を引きずりながら仕事の準備を進めた。この日はスケジュールの都合で車ではなく電車で現場に向かうことになり、彼女は渋々駅へと足を運んだ。頭の中では、聖奈がまだ悠斗に釘を刺している。
「ねえ、悠斗くん。昨日みたいに私の体を勝手に使うの絶対禁止だからね。今日も仕事だから、黙っててよ。」
「分かったよ…。聖奈ちゃん、ほんとごめんね。俺、反省してるからさ…。今日は静かに応援するよ。」
朝のラッシュ時、駅のホームは人で溢れていた。聖奈はマスクと帽子で顔を隠し、電車に乗り込んだが、車内は予想以上に混雑していた。彼女はつり革を握り、身を縮めるように立っていたが、周囲の人の圧迫感に少し息苦しさを感じていた。そんな中、頭の中で悠斗が小さく呟いた。
「うわ…聖奈ちゃん、電車混んでるね。大変そうだな…。俺、なんとかしてあげたいけど…。」
聖奈は無視して窓の外を見ていたが、突然、後ろから不自然な感触が。誰かの手が彼女の腰に触れ、スカートの上を這うように動いた。聖奈は一瞬にして体が硬直し、心臓が早鐘を打った。痴漢だ。頭の中で警報が鳴り響くが、恐怖と羞恥で声が出ない。彼女は目を閉じ、震えながらなんとか耐えようとした。
「え!? 痴漢? 声出さなきゃ…でも…!」
聖奈の意識が混乱する中、悠斗も同時に異変に気づいた。
「聖奈ちゃん!? 痴漢されてるよどうしよう!? うわっ、聖奈ちゃんが震えてる!」
聖奈が恐怖で固まったまま返事をしないでいると、悠斗は勇気を出し、聖奈の声帯を乗っ取り、彼女の口から大声を上げた。
「ちょっと! 何!? 痴漢! やめなさいよ! 今すぐ離して!」
聖奈の声が車内に響き渡り、周囲の乗客が一斉に振り返った。後ろにいた中年男が慌てて手を引っ込め、「ち、違う!」と弁解しようとするが、悠斗がさらに聖奈の声で叫んだ。
「違うじゃないよ! 私の体に触ったでしょ! 最低! 誰か助けてください!」
聖奈の叫び声に反応し、近くにいた若い女性が「大丈夫!? あんた何してんだ!?」と男を睨みつけ、他の乗客も「痴漢か!」「駅員呼べ!」と騒ぎ始めた。男は顔を真っ赤にして逃げようとしたが、乗客に囲まれ、次の駅で駅員に引き渡されることになった。
電車が駅に停まり、聖奈は震える足でホームに降りた。頭の中では、悠斗がまだ興奮気味に喋っている。
「聖奈ちゃん、大丈夫!? やばい、痴漢なんて最低だよ!絶対ゆるせない! 俺、聖奈ちゃん守れて良かった…!聖奈ちゃん怖かったよね」
聖奈は深呼吸しながら、頭の中でやっと返事を絞り出した。
「悠斗くん…ありがとう…。私、怖くて声出せなくて…。あなたが助けてくれなかったら、どうなってたか…。」
悠斗は少し照れたように答えた。
「え、うわっ、聖奈ちゃんにありがとうって…! 俺、ファンとして聖奈ちゃん守るの当然だよ! 昨日は勝手に動かしてごめんだったけど、今日は役に立てて良かった…。」
「うん…今回はほんと感謝してるよ。でも、勝手に喋るのはこれっきりにしてね。」
聖奈はホームのベンチに座り、落ち着くまで少し時間をおいた。痴漢に遭遇した恐怖はまだ残っていたが、悠斗の機転が彼女を救ったのも事実だった。頭の中で、悠斗が優しく呟いた。
「聖奈ちゃん、仕事頑張ってね。俺、今日はずっと静かに応援するからさ。もう怖い思いしないでいいように…。」
「ありがとう…。でも、私の体から出てってくれるのが一番なんだけどね。」と付け加えた
電車での波乱は、聖奈にとって恐怖の一瞬となったが、悠斗の意外な活躍によって危機を脱し、二人の関係に新たな一面が加わった。聖奈はその後、気を取り直して現場へと向かったが、心の中では複雑な感謝と苛立ちが混ざり合っていた。