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8 ハードスケジュールは続く

 11時半にレセプションが始まった。副市長ジャック・カロン氏がR市を代表してあいさつをした。昨年の研修ではポーランド、ブルガリア、ハンガリー、クロアチアの人が参加してくれたが、今年は日本とアメリカからも参加してくれて、アンテルナショナルな研修になったと自慢していた。固有名詞が多かったので、ある程度理解出来たと思う。一応、学生には見栄を張って通訳したが、多分、学生達は俺の語学力に感心したゞろう。



 レセプションが終わり、そのまゝカクテルパーティーに流れた。学生達はカクテルに興味を示し、あれやこれやトライしている。俺は一人のフランス女性が手持ち無沙汰にしているのが眼に入り、彼女に早速話し掛けた。

「こんにちは、お嬢さん」

「こんにちは」


「私は“フランス語コース”に参加する、晴夫です。お会い出来て嬉しいです」

「私もお会い出来て嬉しく思います。○○と申します」

 名前は、一般的な名前でなかったので、上手く聞き取れなかった。仕方ない。だが、会話するには不都合にはならないんだね。以降の会話には代名詞を使うので、名前なんか憶えてなくとも大丈夫。


「貴女はどのコースに参加するのですか?」

「はい、そうです。私はパリ学区の大学生で、“商業英語コース”・・・・(聞き取れん)」


「英語が話せるのですか?」

「はい。大学でも・・・・(聞き取れないし、知らない単語がある)」

 聞き取れないだけではなく、分からない単語も入っているので、理解出来ない。


「夏休みに英語の研修ですか。立派ですね」

「良く聞き取れないのですが、ありがとう。私は・・・・(聞き取り不能)。全過程を・・・・(知らない)」


「一人で参加したのですか?」

「はい、そうです。貴男は?」


「私は日本の大学生と参加しました」

「先程、カロン氏が紹介した日本人ですか。初めて・・・・、私達も・・・・」

 聞き取れないし、名詞なのか動詞の三人称単数形、複数形なのかも分からない単語なのか、何を言っているのかチンプンカンプン。


「何か飲みませんか?」

「ありがとう、パンチをお願いします」

 間を持たせようと、俺はパンチボールとクラッカーのツマミを彼女に持って来て彼女に渡し、俺もパンチボールを持って来た。そして、俺は彼女に質問した。


「私のフランス語、分かりますか?」

「一寸。何を言っているのか、分からない部分があります」


「そうですか」

 やっぱりね。間違った発音をしていたので、理解出来なかったんだ。間違った発音で憶えたものだから、ディクテもエクテも通じない。通じる部分と通じない部分があると分かり、漸く俺は問題が分かった。BとV、LとRの発音が出来ないんだ。これで会話にならないんですね。

 それと、これは後で教えてもらった事なんだけど、例えばフランス語で“ルパン”と言うと、俺はモーリス・ルブランの“怪盗アルセーヌ・ルパン”を思い出すんだけど、“ル・パン”となると意味が違って来る。人名詞と定冠詞+名詞の違いを初めて聞いて理解しようなんて、土台無理。会話の流れから理解しなくちゃならないんだけど、全て理解出来てる訳じゃないから、推測で話すんで、間違ってしまうんだ。

 因みに“ル・パン”は小麦粉等を発酵させて焼いたパンであったり、ギリシャ神話の半獣半神であったり、植物の松であったりします。付け加えるに“ラ・パン”となるとウサギになります。

 この様な例は幾らでもあり、先程のモーリス・ルブラン氏の名前と“ル・ブラン”でも意味が違って来る訳ですね。

 事程左様に翻訳するのは大変で、文書なり会話の流れを掴まないと大変な事になると言うか、話しが前に進みません。


「でも、貴男の必死さは伝わりますから、こうだろうと、推測して話しているんです」

「ありがとう。やさしいんですね」


「日本の人と会話をするのは初めてゞす。こんな・・・・初めてゞす。私も嬉しくて・・・・です」

 今一だ。

「何はともあれ、話していると楽しいのは同感です」


「折角、知り合えたのですから・・・・しましょう」

「はい」俺は意味が分からないまゝ、応えてしまった。


 それからは何を話されて、何を話していたのか記憶にない。分かっているのは俺が必死になって、相手の話しを理解しようとしていた事だけだ。そんな会話が数分続いた時に、学生が俺の傍に来て囁いた。


「先生。フランス女性をナンパしてるんですか?」

「鵜飼君、失礼だよ。『ナンパしてる』なんて」


「じゃあ、何してるんですか?」

「楽しい会話だよ」


「いいなあ。俺もフランス女性と喋りてえ」

「君ねえ。俺に愚痴を溢すよりも先に実践しろ」


「何て言えば良いの?」

「そんなの、知るか。自分で考えろ」


「ちぇ、つまんねえな」

 どうも、アルコールが入り過ぎているようだ。心配になったので、他の学生を見回す。学生同士ではしゃいでいる者、外国人(適切な言葉がないので、これで通します)に話しかけられている学生、つるんで外国人と会話している者色々だ。どうも、鵜飼君はボッチになったのだろう。それで、俺に茶々を入れようとした訳か。

 隣の彼女と又、話そうとしたが・・・いなかった。誰かと話している。多分フランス人だろう。笑顔で会話をしている。

 あの子可愛かったなあと思いながら、学生の輪に入って行く。そしてカクテルパーティーは13時前に終わった。



 一旦各部屋に戻り、13時過ぎに食堂に降りて、昼食を食べる。相変わらず、俺達は中で昼食を取り、外国人は外で昼食を取っている。30分程で食事を終え、14時からのクラス分けに対応しないといけないので、学生に、14時10分前には食堂に集まる様伝える。


 14時からクラス割り試験が実施された。矢張り、文法の問題がメインになっていた。任意の前置詞等の選択問題であった。俺も学生に交じり試験を受けた。流石に全問正解とは行かなかったが、及第点は取れたゞろう。

 直ぐさま採点が行われた。マダム・アリジーのクラスに藤奈緒ちゃん、大井美智ちゃん、何好子ちゃん、三木清子ちゃん、陳長府君、鵜飼裕君、ジャミール(アメリカ人)、ハーバート(アメリカ人)の8名、マダム・べナタールのクラスに山本芳子ちゃん、永岡洋子ちゃん、西理恵ちゃん、斎藤利恵ちゃん、小野恵美ちゃん、大西純君、アレクセイとオルガ(ロシア人夫婦)、ヴァシリー(ロシア人)、フローリアン(ドイツ人)、ボブ(イギリス人)、俺の12名となった。


 しかし、大西君がマダム・アリジーのクラスに移動したいと言い出したので、彼に訳を聞いてみた処、彼女の清子ちゃんとクラスが別れたので、一緒に講義を受けたいと申し出たのである。勉学よりも愛情を優先させた訳だ。それを聞いたマダム・べナタール、甚く感心して、彼女への愛情が深い事を称賛していた。何か違うと思わない? そう感じるのは俺だけだろうか。

 ともあれマダム・アリジークラス9名、マダム・べナタールクラス11名で明日から講義が始まる。


 16時半からエクスパンド(ロールプレイング)が始まった。アリジークラスとべナタールクラスにわかれて実施された。これは初体験だった。一つの設定されたシチュアションから、各自が独自にフランス語で自己表現する寸劇のようなもので、海辺での体験が主題であった。

 芳子ちゃん、洋子ちゃん、理恵ちゃんは日光浴する観光客を演じ、利恵ちゃんは海で溺れる役を演じた。恵美ちゃんが助けを呼ぶ役を演じた処、フローリアンが救助役を演じ、浜辺迄彼女を救助した訳ですね。結構様になっていたな。そして、オルガがマウス・トゥ・マウスを実演したのを見て、正直俺、興味をそゝられた。だって女同士のキスシーンを見ている訳だ。AVのレズシーンのようで凄く興奮したね。日本の若い女性とロシアの30歳台主婦の絡みだよ。非日常的なシーンで不謹慎だとは思ったが、身を乗り出して観ていたんだな。俺はと言うと、騒動を面白可笑しく見る野次馬をアレクセイと共に演じたんだけど、後で利恵ちゃんに感想を聞いてみようかな? 女同士ってどうよ?


 盛り上がったエクスパンドだったので、時間が延び、市内観光が19時ギリギリになってしまった。宿舎を出て、先ず初めに市役所に向かった。そこはまるでおとぎ話に出て来る、中世ヨーロッパの城のように美しい建物だった。後日聞いた処、それは旧庁舎で、記念館として保存しているそうだ。次いで市内中心地を巡った。教会を中心に街が発展したもので、ヨーロッパでは何処もそのようだ。唯々、美しい街並みを見学して宿舎に帰って来た。時間にして丁度20時だ。それから夕食。



 食後は2階のホールでアメリカ人のジャミールとハーバートと学生で一寸した議論があったんだ。

 何かと言うと、原爆投下問題だった。学生から提案された問題ではなく、アメリカ人から出された主題だったそうだ。彼等が言うには「日本に原爆が落とされた原因は、有色人種だったから」だと明言したんだ。それを裏付けるものとして、当時のヨーロッパ諸国が原爆投下に正面切って反対しなかった事が上げられると。更に、それは暗黙の了解の元になされたと説明していた。

 そこから彼等の発言は飛躍したというか、陰暴論や偏見が感じられるが、全てWASPに起因すると力説していた。学生もそれについては偏った見方だと批判したが、ジャミールは白人の差別は生易しいものではなく、悲惨極まりないものだと強調し、差別される側になれば、それが如何に理不尽なものか分かると語った。彼自身、ブラックパンサーではないが、知り合いが参加しており、白人の差別は筆舌に尽くし難いものだとも語った。

 学生もアメリカ社会の断絶を聞き、貴重な時間になったと思う。1時近くなったので、俺は解散を要請した。ジャミールとハーバートと学生も各部屋へ戻った。その日は1時半に就寝。長い一日だった。


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