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23 フローリアンと美智ちゃん

17日目

 昨日、芳子ちゃんと理恵ちゃんが帰って来たのは3時を過ぎていたそうだ。

朝食の時、同期の学生に話した内容をまとめると、ジャンは芳子ちゃんから二人で行きたいと要請されたので、理恵ちゃんの相手として友人のピエールを同席させたそうだ。男女二組での晩餐になって、色々話せて楽しい時間だったと。23時頃に晩餐を終え、それからパリに夜景を見に行ったらしい。カフェでビールを飲みながら、甘美で耳にまつわり付くフランス語で話されて、二人共夢見心地だったそうだ。

 話した内容は他愛のないものだったらしいけど、フランス語と英語で何時間も同じ男性と話し、すっかり魅了されたように周りからは見られていた。実際、芳子ちゃんはジャンに、理恵ちゃんはピエールに恋心を抱いたように思えると、洋子ちゃんや恵美ちゃんが言っていた。

 俺が心配したのはそのまゝ、何事もなくジャンが二人を送ってくれたかどうかであり、それさえクリアしていれば、後は大人の男女である。何も案ずる事などない。それに俺からジャンに話したから、その点も配慮があるだろう。色々思い描いてみても始まらない。後でゆっくり二人から報告を聞くとしよう。


 8時半、生徒全員参加型の授業の開始。ボブと芳子ちゃんが皆にテクストを配る。

“某日、エジンバラの傍らにあるホテルでの秋の一日、ドイツへの輸出という主題のセミナーに経済人が参加した・・・”このような書き出しで始まるボブのテクストは、首相の辞任に関する時事解説であった。ボブが英国首相、フローリアンがドイツ首相、芳子ちゃんが日本の首相を語るようである。

 芳子ちゃんが少し興奮しているのか、何時もよりテンションが高いような気がする。昨日、ジャンと何かあったんだな。日本の首相を語る内容で興奮するなんてあり得ないからな。


 ボブは感情を込めて発表している。「ショックは強かった」と語る時は、机を叩いて臨場感を出そうとした。俺の脇で叩かれたものだったから、半眠状態から直ぐに覚醒した。

 首相の辞職には2つの理由があるそうだ。第1としてEUとの関係、第2に大蔵大臣との関係に見られる内閣の不一致。これらが引き金となって退陣劇の始まりとなったそうである。英国人本人がいっているのだから本当なんだろう。SNSやマスコミの記事より説得力があった。


 コーヒーブレイク中にナディータに会う。昨日の件について質した処、「友人のパーティーが今日あるから、21時に迎えに来る」と言うので、それ以上は尋ねなかった。


 10時15分から再開して文法試験。全部で22問。はっきり言って難しい。6割位しか出来なかった。特に前置詞がムズかった。enの使い方がこんなにあるなんて知らなかったし、そもそも俺の学んだ使い方が限定なんだと。学生達も7問出来れば良い方で、4問の学生が大半だった。今の倍の時間学ばないと、つまり第一語学で学んだ奴でなきゃ駄目だろう。

 授業の終わりに、フローリアンから明日使用するテクストが配られた。“ドイツ、再統一後の政治、経済状況”と題する一文である。


 14時からCDを使ったディクテ。CDから流れるフランス語が早くて聞き取れない。これが一般的な早さなんだろうな。先生方やセリーヌ、ガエル、ディアナ達がゆっくり喋ってくれた事が良く分かったし、サロモン氏やパスカル、ダニエル等のフランス語は聞き辛かったのが思い出された。答えを返そうにも早過ぎて、曖昧な返答になってしまった。それは学生も同じだった。


 16時半から“ヨーロッパに於ける通信コミュニケーションの進展”と題して、IBMコミュニケーション・システム戦略部長のマダム・エチエンヌ・ゴロの講演。

 英語で講演を行うと告知されていたので、マダム・ベナタールクラスの学生も参加したし、ジャミールとハーバートも久々に出席した。一度、アメリカ脅威論を展開した講演者がおり、一切の反駁を許さなかった事があったそうで、随分気を悪くした経緯があったから、尚更だろう。


 内容を要約すると、EUでは各国で様々なシステムで通信事業を展開しており、コンピュータプログラムについても同様である。EUでは大きく分けて3ブロックに展開しているが、統合以降の市場は本格的にアメリカ、日本、韓国の参入を念頭に入れている。

 この3ブロックは地域ブロックとして北欧、中欧、南欧とになっており、この中で生き残るものは英国、ドイツ、オランダ、北欧3ヵ国ブロックだけではないか。又企業として存続する会社はドイツのシーメンス社、フランスのアルカディア社ではないか。何故ならば、アメリカ、日本、韓国は世界規模で事業を展開しているが、EUの会社は統合市場の寡占化のみに奔走しているからだと。尚、中国市場は特異な世界であり、進出するには相手国との合弁会社、共産党支部の設置に同意しなければならず、警戒しなければならないとも語った。



 講演後から夕食迄の間、結構時間があるので、フローリアンが自分の車を運転させてくれると言うので、美智ちゃんを呼んだ。一緒にドライブしようと誘うと喜んでくれた。勿論、フローリアンがいるからね。


 後席に美智ちゃんとフローリアン、助手席にクローディアを乗せて、出発。宿舎の鉄門扉を出て、左折して郊外に向かう。初めての左ハンドルの車で右側走行をする。左折は自分でも良く出来たと思ったが、右折がどうも良く出来ない。又、ロータリーへの出入りも何回繰り返しても、慣れないせいか良くならない。左側走行に慣れているので、手足の動きや視線の移動が、自分でぎこちないのが良く分かる程だ。

 3人共曲がる度、他車とすれ違う度に悲鳴に近い絶叫を上げる。だけど、バックミラーで確認すると、後席の美智ちゃんは嬌声と思しき声でフローリアンに抱き付いているので、悲鳴を上げているのは二人だけだ。

 走る度に絶叫マシンの如き車となったので、10km程走って戻る事にした。後席から降りる時、美智ちゃんはフローリアンに手を引かれて降り、彼に抱きついてしまった。彼もこの事態に動転したのか、そのまゝの状態で暫し佇んだ。それに比べ、クローディアは助手席から降りると、「アルの運転は怖い。もう乗らない」とはっきり俺に言い切った。俺もそう思う。俺の運転では誰も安心して乗らないな。


 宿舎に戻り、中庭で学生達と寛いでいると、フローリアンがやって来た。

「アル、さっきの運転は、一生忘れない思い出になるよ」

「悪かったよ。でも事故無く帰って来たから、良しとしてくれ」


「分かったよ。それで相談なんだが、最後の授業の時にマダム・ベナタールとマダム・アリジーに、授業のお礼に花束をプレゼントしたいんだ」

「良いアイデアだね」


「賛成してくれてありがとう。それで俺とお前とボブにヴァシリーの4人で30ユーロ、一人当たり7.5ユーロの予算でやりたいんだ」

「了解した」


「それじゃ、代金は後で俺の処に持って来てくれないか」

「分かった。後で持って行くよ」


「ありがとう。又後でな」

「後でな」

 ヨーロッパの人間は昔から異民族との交渉経験がある為か、この気配りには感心した。俺等には真似出来ないな。


 帰り際、フローリアンが美智ちゃんのテーブルに近付き、何やら彼女に耳打ちし、軽く腰の辺りをタッチして戻って行った。彼の姿が建物に入って見えなくなってから、彼女の傍にいた恵美ちゃん、利恵ちゃん、好子ちゃんが一斉に囃し立てた。

 

 美智ちゃん耳たぶを真っ赤にして俯き、顔を上げると嫌々をしながら「違うの、違うの」と繰り返していた。これも君の青春の1ページになったね。


 俺のテーブルで雑談していた清子ちゃんが、明日の18時に宿舎を出発したいと伝えてきたので、「大西君は?」と聞くと、「彼には伝えてある」と。家庭の都合らしい。

 俺が1階の事務所に行くと、中に市役所の職員、ブリジットがいたので、明日の18時に、シャルル・ド・ゴール空港迄の車の手配を依頼し、快諾してもらった。他の帰り予定が決まっていれば、事前に教えてくれゝば全て車の手配をすると言うので、3日後の14時半に宿舎を出発したいと伝えた。



 21時時半、迎えが来た。ナディータと彼氏、それに初めて宿舎で話したフランスの女子大生が後席に乗っていた。

「はい。二回目だよね、君とは」

「そうね。初日のパーティーで話したわね」


「ハルオ・カツラギです。宜しくね」

「ジェルトゥリュッドよ。難しいから、覚えられなかったでしょ。ジェイと呼んで。貴方はアルオでしょ」


「ご免、あの時は聞き取れなかったから。ジェイ、今日は宜しくね」

「凄く上手くなったわね。初めの時、アルオの話しは聞き辛かったけど、今は普通に会話出来るわよ」


「自分じゃ、前と同じアクサンで話している積もりだったけど」

「いゝえ。発音がとても綺麗になったから、分かるわ。前は『何で、この単語が会話に入るの? 意味不明』ってのがあったけど、会話のキャッチボールが出来るから、会話が楽しいわ」


「そう言ってくれると嬉しい。それで、ジェイは英語を学んでいるんだよね?」

「アメリカやイギリスで働きたいの。だから商業英語コースにも参加したの」


「卒業後は海外で働きたいんだ」

「そう。国内じゃ不況のあおりで求職が限られて、選択肢が少ないの。待遇も良くないし。それなら、海外もありかなって」


「将来を見据えているのか。でも国内から出る事に、親御さんは反対しないの?」

「父親は反対しているわ。でも母親は私の好きにすればって、言ってくれてる」


「何時の世でも、何処の父親でも娘の事については、親子の情愛が優先するからな。その点、母親は肝が据わっていると言うか、同性として見られるから打算的と言うか、エモーションじゃないよね。これが息子なら違う反応なんだろうけど」

「それはデヴィッド・ロレンスの“サンザン・ラバース”の事?」


「イギリス文学に詳しいんだね」

「好きなの。その所為もあって英語を学んでいるの」

 そんな会話をしながら、20分程走ったのだろうか。車は高台にある住宅街で停車した。石畳を敷き詰めた道路と古い街並みがマッチしている。


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