19 チークキスは難しい?
フランス語は英語と品詞の並びが違う。文中のTVAがVATに。エイズ(AIDS)がシッダ(SIDA)になるのは有名な例です。
17時から19時迄、M23計画の説明と現場視察。市役所脇に建っているおとぎ話に出て来る様な建物(旧市庁舎)に入り、計画のジオラマを見ながら説明を受ける。
R市ではセーヌ川の氾濫(1910年、氾濫によりパリ及びパリ近郊で500万人が被害を受け、市内でも471軒の床上浸水があった)に備えて、セーヌ河畔に位置する下水道施設(オ・ド・セーヌ県の県庁所在地ナンテール市を含む広域をカバー)の地下に遊水池を構築した、県の重要区域だと説明(東京都の神田川・環状七号線地下調節池計画は1995年に第一期区間が完成したが、それよりも5年早い)。計画区域ではオフィスビルや工場、住宅街が半数程完成し、既に操業を開始している企業もあると。RERと高速道路とで旧街区と分断している為、一体的な構想には気を付けていると力説。
バスで現場に到着。確かに既存の建物以外に、新築の構造物も見えるので、再開発だろうと学生には説明した。美智ちゃんが「所有形態を知りたいから、先生質問して」と言うので、質問した処、国及び自治体が住民から買い上げ、完成後払い下げるとの事だった。ついでに、立ち退きに反対しても国が強制執行するから、事業に支障はないと、堂々と答えていたのにはタマゲタね。
19時半、宿舎に戻り夕食。ジャンから食後、パリに出かけないかと誘われたので、何人かの学生に振ったが、皆帰りが遅くなるので遠慮すると。仕方ない、一人で付き合うかと、ホールに向かった。全員で11名になったので、車3台になった。俺はジャンの車にニコールと同乗。後はフローリアンとパスカルが出すと言った。
パリに向かう途中、ニコールが仏教について教えて欲しいと言って来た。
「アル、教えて欲しいの。仏教について」
「仏教に興味があるの?」
「ジャンから聞いたのよ。貴男、純粋な仏教徒なんですってね。肉食をしないから、戒律を守っているのね」
ジャンの奴、彼女に盛って話したな。バックミラーで運転席のジャンが、俺の顔をチラリと見たのが分かった。
「戒律を守っているか、どうかは怪しいけど、普通の仏教徒よりはましな程度さ」
「そんな事ないわ。貴男だけでしょ、肉食しないのは」
「そうらしいね」
「やっぱり、実践している貴男に聞くのが一番よ」
「分かった。何を知りたいの?」
「仏性って何?」
「仏性とは大乗仏教で使われる用語で、誰でも仏に成れる要素を持っているという事。だけど、初期仏教では仏性の事は触れられていないよ。何故なら、仏に成ると言う事は解脱する事であり、それは修業して悟りに至った人だけの境地だから。だけども、そう言ったら身も蓋もないじゃないか。それで、在家の人々には誰でも仏に成れる、仏性があると言って、信者を集めたのさ。それが小乗と大乗の違い。大乗の誰かゞ説いた説だよ」
「仏性はないの?」
「そうじゃない。重要な要素ではないから、知らなくてもOKと言う事」
「知らなくとも大丈夫な教義って、可笑しいわ」
「カソリックやプロテスタントでも、教義の軽重があるでしょ?」
「確かにあるわ」
「それと同じだよ」
「それなら分かるわ」
「そう思って」
「それじゃ、輪廻について教えて」
「これは教義の根本というより、仏教やジャイナ教が派生したバラモン教でも認識されていたそれで、人の苦しみの発生源が輪廻であるとされているんだ。原因じゃないよ。輪廻から逃れる事を目的として、バラモン教、仏教、ジャイナ教が存在しているんだ。では輪廻とは何か。生まれて、老いて、病になり、死んでいく人生の苦しみを繰り返す流れは、永遠に続くものだと認識されていたんだね。それが輪廻で、その苦しみから解放される方法が仏教にはある訳です」
「人生は苦しみなの? 楽しい事、嬉しい事は沢山あるわ」
「例えば?」
「恋人との一時、結婚の慶び、子供の誕生、バカンスの楽しみ、子供の成長、仕事の充実よ」
「恋人と喧嘩する人もいれば、離婚する夫婦もいるよ。子供の障害に葛藤する親もいれば、グレた子供に神経を使う親もいるよ。バカンスが終わった後の虚しさは? 失業した時の悩みは?」
「人生には苦悩と同じ位、喜びもあるわ。バカンスにしても終われば、来年の予定を考える喜びもあるし」
「それは万人に共通する事? 個人によって違うでしょ。バカンスにしても、その為にどれ程ストレスを抱えて仕事に従事するの? 詰まり、快楽を得る為に苦痛を受け入れる事が、人生にはあるでしょ」
「先憂後楽だからこそ、楽しみが多いと思うの」
「だから万人に共通する感情なの? 個人によって捉え方は様々でしょ」
こんな会話をパリに着く迄、続ける気はなかったので、休みに改めて話そうと提案し、お仕舞いにした。
パリ北駅に到着した。商業英語コースに途中から参加していた女子学生がドイツに帰るので、見送りに来たらしい。その彼女はフローリアンの車に乗っていた。
駅構内を見渡すと、学生風らしき旅行者がバックパックを背負い、ウロウロしている。迎えを待つ者、タクシー待ちの者、ベンチに荷物を置いて仮眠している者。総じて男女共、身形が汚い。
23時過ぎ、日本人だけでいたならば、不安に駆られる程、雑多な人種が行き来している。治安面で不安を感じる雰囲気が漂い、アフリカ系の集団は得体が知れない。ジャン達と逸れないよう、気を付けて歩いた。
23時15分北駅からドイツに向かう列車に乗った彼女を見送り、これからどうするか聞かれたので、シャンゼリゼ通りの夜景が見たいと伝えた。
シャンゼリゼ通りのカフェに入り、ビールを注文する。通りは大勢の旅行者、地元の人間でごった返している。まさにパリは不夜城だ。自動車は絶え間なく流れ、人の波も絶える事がない。しかし、東京のような喧騒がない。夏の夜にも係わらず、空気も淀んではいないし、爽やかだ。カフェから見るシャンゼリゼ通り、凱旋門の夜景は、車のライトの波と共に眩いばかり。
パスカルが俺に言った、「もし、お前がこれから毎日俺達と付き合えば、フランス語が上手くなるぞ」と。いやあ、それは無理だわ。付き合いたいが、学生がいるから無理無理。
1時半、人の出は一向に減らない。バカンス期間中でもあるので、12、3歳位の少年達もチラホラ見える。そろそろ限界だ、眠い。
2時、宿舎に帰って来たが、正門が閉まっている。通用門も裏門も閉まっている。仕方なく、ニコールと一緒に石垣を超えて敷地内に入った。ホールで一服し、寝ようかとした時に、好子ちゃん、洋子ちゃん、陳君、鵜飼君が騒がしく帰って来た。
4人で散歩に出ていたそうだ。23時に宿舎を出、第2次世界大戦時、フランス解放の為、戦い亡くなったアメリカ兵を埋葬した、アメリカ人墓地から見えるパリの夜景が素晴らしいとディアナから聞き、態々見学に行って来たんだと。道が分からず、往復3時間も掛かってしまったそうだ。
その上帰路、フランス人カップルに強盗か何かと間違われ、一騒動あったらしい。4人が4人共迷子になった事、墓地の気味の悪さ、アベックとの一悶着、往復3時間の散歩の事を嬉々として喋っている。申し訳ないが、2時半過ぎている。俺の限界が来た、寝る事にする、ボン・ニュイ。
12日目
朝食を取りながら、午後の自由時間について学生と話す。全員が免税店でのショッピングを希望したので、パリにある好子ちゃんの親戚の店で土産物を買う事に決定。
10時から12時迄マルメゾン城見学。一部改装中の為、見学出来なかったが、城と言うよりも屋敷と言った感じ。小ざっぱりとしたフランス式庭園が見事であった。
午後、好子ちゃんの親戚の免税店エレーヌ・ダールで土産を購入。全品3割引きであった。TVA(フランス以外ではVAT付加価値税の事、日本では消費税に相当)の先取りであると説明されたが、税は20%だから、1割引きしか負けていない。これも○○の商法か。
ショッピング後、女性が近くの超高級宝飾品店ブシュロン、バンクリーフ&アーペルを見たいと言うので、自由解散にした。女性だけなので万が一の事を考え、陳君と鵜飼君を同行させる事に。本人達は嫌な顔をせず、同意してくれた。本当、助かるわ。
俺、大西君と清子ちゃんはテレサから食事に招待されていた為、RERでデファンスに向かい、手土産を探しにショッピングモール“オシャン”に入った。滅茶苦茶広いモールでワイン店を探したが、見付からない。19時半に招待されていたので、15分程遅れる(準備が遅れるのを想定して)のがエチケットだと聞いていたので、それ程慌てずに探し続ける。
ようやっと酒屋を見つけワインを購入したが、今度は出口が何処なのか分からなくなってしまった。そうこうしている内に19時50分。恥を忍んで、テレサに電話して、迎えに来てもらいたいとお願いした。恥ずかしい。
20時10分、彼女にモール内に来てもらった。彼女の顔を見た途端近付いて、抱きついてチークキスをした。これは今でも何故したのか分からないんだ。多分、相当緊張していたんだと思う。テレサも一瞬驚いたような顔をしたが、笑いながら、返してくれた。
これは今、思い返しても相当マナーに反する行為だと聞かされた。相手の腕に軽く触れながら左頬と右頬にカラキスをする行為であり、俺みたいに抱きついたりはしないそうだ。そんな事など知らずに、無意識でした事なので、後日大西君と清子ちゃんから、話しのツマミにされっぱなしだった。教師の威厳は何処へ行ったのか。
歩いて10分程の処に彼女のマンションはあった。11階にある彼女の部屋に入り、ソファーに座る。ホッとした瞬間だった。
直ぐに、ポーランドから遊びに来ている、彼女の姪を紹介された。9月から体育大学の1年生になるそうだ。生まれて初めて日本人に会ったと話した。そんなに珍しいのかね。緊張しているのが傍から見ても分かる程だ。しかし清子ちゃんが大学の先輩だから、何でも相談してくれと話すと、表情もほぐれ、笑顔が見えるようになった。
一時の会話で緊張をほぐした処でテーブルに着く。先ずはワインで乾杯。フランスパン、ドイツパン(ライ麦パン)が並ぶ。前菜、ポーランド料理、魚料理(6cm厚の鮭ステーキ)。チーズ、フルーツ、デザート、コーヒー、ウォッカ。初めて見たり、食べたりした物が多く、その都度俺達は、これは何の料理かと彼女に聞いたりしながら食事をしていたので、どうしても手が止まってしまい、食事のスピードが遅くなりがちだった。何度も嫌いなのかと聞かれたが、そんな事はない、貴方達が早過ぎると応える。
清子ちゃんも姪っ子と話しながら食事を楽しんでいて、食事のペースが遅かったので、俺達の会話を聞いてキャッキャッと笑っていた。西洋人は女性でも食べるのが早いわ。それもお喋りをしながらだから、本当に咀嚼しているのかね?
洒落を一つ、昔、アメリカに、パン・アメリカンなる航空会社がありました。これがフランスでは、フランスパンになるという。一種の地口です。面白かったら幸いです。




