10 オルガも迷子になった
17時にポンピドゥーセンターを出発し、グラン・パリ首都圏事務局訪問に向かった。パリは第2次世界大戦で、ロンドンやベルリンのように空爆等で破壊されなかった為、古い街並みや歴史的建造物が残っていた。それが中心部への現代的建築物の進出を阻害する事になり、外環特に西側のデファンスに、現代的建築物が集中して建設されたのが、要因の一つでもある訳だ。
グラン・パリ首都圏事務局は外国人の見学を許可した事はなく、R市長が事務局に要請して見学出来るようになった、と説明された。何でも市長は国会議員も兼務しており、与党の有力者なんですって。その関係で許可が下りたんですね。
フランスでは、市町村長や県知事クラスが国会議員を兼務出来る選挙制度だと教えてもらったが、実際の処どんな制度なのか良く分からない。政治に関しては口を出すと、俺の仕事に影響が及ぶので控える事にしてるんだ。
案内された部屋にはデファンスの全景ミニチュアが飾られていた。随分開発が進んで行くんだろう、と思う位ビルの棟数が多いし、駅を中心に展開されているミニチュアは現存施設の倍近くないだろうか。友人の建築家への土産話にはなるだろうと、俺は全景写真を撮ろうとデジカメを出したが、直ぐに説明者に「写真は禁止だ」と注意された。国家機密とは言わない迄も、厳重に管理されているんだな。
事務局の概要説明が終わり、幾つかの質問が出た。外国人に許可が下りないのは何故か? 計画は何年を目途に設定されているのか? 外国資本の参加はあるのか? 全て外国人からのものであり、学生達からは出なかった。
この辺の表現はどのように表したら良いか、未だに分からないので、欧米人は外国人と言い表していくので、ご了承下さい。特段、偏見や差別の意識はありませんので。
これは学生の語彙力不足だけではなく、俺の通訳が悪かったせいだと思う。第一、俺が話しの半分しか理解出来なかったからだ。一応説明させて頂くと、建築用語が多く、俺が聞いた事のない単語が頻繁に出て来るので、通訳に困り、適当にカットした為だと思う。
彼が言うには「政府の計画として進めている為、国家機密となる事項があり、混乱を避ける為、非公開にしている。今回は議員の要請で受けた」、「基本は10年計画であるが、その都度見直して、延長している。終期は未定」、「今の処、ブイグ社が担っている。ジョイント企業もあり、参加している例もある」との説明だった。
これだけではなかったが、俺の語彙力ではこれが限度だ。色々説明されたが、知らない単語が滅多矢鱈に多く、学生に通訳するのに説明の仕様がなく、省略した箇所が結構多かったから。分からなかった単語はメモ帳に書いて、奈緒ちゃんと美智ちゃんに後で聞いたんだけど、入札方法の云々かんぬん言っていたが、恥ずかしながらその日本語も聞いた事がなかった。
デファンスの概要説明が終了して、俺達はエレベーターで1階に降り、外に出、新凱旋門が聳え立つ広場に戻った。そこからはパリの凱旋門が、一直線上にある通りを通して良く見えた。何でも両者が正対するように配置されているんだとか・・・
「みんな集まって、記念写真を撮るよ」
俺の掛け声で、学生12名がパリ凱旋門をバックにして待機してくれた。それを見たベナタール・クラスの外国人も一緒に集まってくれたので、19名で記念ショットを撮る事が出来た。
全体写真を撮り終えると、直ぐに個人同士で色々な組み合わせで各人が記念写真を撮った。ジャミールとハーバート、ヴァシリーとフローリアンは女学生とツーショット写真をバンバン撮っていた。男子学生はと言うと、女性はオルガだけであり、且つ旦那が付いているのだから、アレクセイとオルガとの記念ショットになってしまった。それでも、アレクセイは嫌な顔をせずに応じたし、オルガも笑顔で応じてくれた
各自のスマホでツーショットを撮り終え、さてこれからどうしようかと思っていたら、陳君が学生に何やら喋り終えて、俺に話しかけて来た。
「先生、折角だから買い物したいんだ。土産とか色々あるんで、一寸見てみたいんだけど、時間どうかな?」
「19時出発だから時間はあるけど」
そう言いながら腕時計を見ると、18時半を指していた。未だ30分ある訳だ。特に急ぐ訳でもないからな。
「それならオッケイだね」
「あゝ」
「おゝい、先生の許可下りたから行くぜ」
彼の話す先では、女学生がグループを作って、スマホで撮ったツーショット写真を見せ合いしていた。直ぐに何人かの女性が、商業ビルの入り口に向かって指差した。
どうやらあのビルに行くんだな。そう思いながら、クラスの外国人を見ると、誰も彼女達と行動を共にしようとは、していなかった。
「はい、アル。お前は彼等に着いて行くんだろ」ヴァシリーが俺に尋ねた。
「いや、学生が『土産を見たい』と言っているからOK出したけど、一緒には行動しないさ」
「そうか、じゃ少し皆で話さないか?」
「何を?」
「講義の内容についてさ」
「どんな事?」
「皆で話そう」
そう言うと、アレクセイとオルガに話し、フローリアンとボブにも話した。ベナタール・クラスの女学生を除いた全員で、新凱旋門前広場の空きスペースで話し出したんだ。
初日からの講義を見ると、どうも一方的な進め方で、学生に合わせた講義になり難い。皆が参加出来る講義にしたい。話しを聞くとこういう内容ですね。講義を受講するのではなく、自分達が主体になって講義に参加しようと言う事だった。
俺は講義に付いて行くのがやっとだったから、内容云々迄考えていなかったが、ヴァシリー、フローリアン、ボブはそう考えていたんだね。問題になる訳じゃないから、俺も同意したんだけど、何をするのか、案があるのか聞いたんだ。今は皆の意見を聞いて意思をまとめ、マダム・ベナタールに伝えると段階だから、具体的にはベナタールも含めて、明日にでも皆で話そうと言う事になった。
色々彼等と話し、出発時間が近付いた。学生は未だ現れないので、俺は彼等の入った商業ビルに、彼等を探しに行く事にした。
「俺はこれから学生達を呼びに行くよ。時間前には戻るから」
クラスの者に伝え、立ち上った時。
「俺達も手伝うよ」
フローリアンが他の外国人にも同意を求め、全員が同意した。ありがとう・・・ 俺は彼等の気持ちが嬉しかった。全員で商業ビルに入り、二人一組で探す事にした、俺とヴァシリー、フローリアンとアレクセイ、ボブとオルガで。
結局の処、学生達は少し遅れて地上1階のバスターミナルに全員来ていた。俺達はと言うと、俺とヴァシリー、フローリアンとアレクセイ、ジャミールとハーバートもバスターミナルで学生と合流した。しかし、ボブとオルガの2人が時間を過ぎても合流しなかった。バスの運転手はそれでも19時半過ぎ迄待機してくれたが、2人は来なかった。
俺達は宿舎に向かってデファンスのショッピングセンターを出発した。19時半過ぎと言っても外は明るいし、日が傾く様子もない。見知らぬ街を抜け、整備された住宅街を通り、時折郊外電車の施設と並行して進む。
20時過ぎに宿舎に着いた。ガヤガヤ学生が話しをしながら宿舎に入っていく。多分、土産の話しなんだろうな。
ボブとオルガが外の広場のテーブルで寛いでいた。
「いつ帰って来たの?」俺は尋ねた。
「君の学生を探していたんだけど、ショッピングモールが広過ぎて、とてもじゃないが見つけるのは無理だった。気が付くと集合時間が来てしまったので、仕方ない。俺達はRERとバスを使って戻って来たって訳さ。そうしたら、君達より早く着いたという次第だ」
ボブがオルガと笑いながら応えた、俺はアレクセイの顔を見たんだが、彼も笑っていた。お前、全然心配していなかったのか? お前の女房だろ? 違うか? そう突っ込みたくなったが、人様の事をとやかく言うのはどうかと思い、グッと言葉を飲んだ。
「アレクセイ聞いて。ボブが凄く親切で、RERとバスの切符全て手配してくれたの。私未だ、この国のシステムを良く理解していなかったから、どうしようか迷っていたら、彼直ぐに助けてくれたわ。貴方からもお礼言ってちょうだい」
「それはありがとう、ボブ。オルガが良く分からなかったのに、戻れた事は凄い事だよ。君に感謝だね」
「どういたしまして。二人で探していて、時間が過ぎてしまったから、仕方なくした事だから。多少俺の方がこの国のシステムに慣れていたという事さ。それだけの事だよ」
「そう言ってもらえると助かるよ。そう思うだろ、アル」
アレクセイが俺に話しを振って来た。
「二人には感謝している。学生を探すのを手伝ってくれてありがとう」
「そんな事当たり前じゃないか。最も学生を探せずに終わったけどね」
ボブがお道化て俺に応えた。これはスコットランド人の冗句か? もしそうなら、何と返したら良いんだ? 一瞬返答に詰まった。
「アル、真剣に考えるな。単なるジョークだぜ」
「そうなのか? 中々返しが思いつかず、言葉に詰まったよ」
「お前、真面目なんだな。それとも日本人は全員そうなのか?」
そんな会話をしていたが、クラスの誰もがニコニコしているだけで、誰も非難めいた顔をしていない。俺だったら、逸れた事を謝罪する事が先だけど、彼等は違うんだな。
そう言えば、ポンピドゥーセンターで呼び出しを食らった時、俺は開口一番謝罪したし、学生も茶化して俺を問い詰めたんだけど、クラスの者から俺を非難する言葉を聞いたか? これが文化の違いなのか、と思いつゝクラスの奴等の顔を見た。そこには誰も非難するような表情はなかった。