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1 フランス語研修に向かう

今回より始めます。顛末がどのようになるか分かりませんが、お楽しみに。

 4月某日、俺は学部長に呼ばれた。学部長室に入ると、夏休みに開催するR市主催、海外語学研修に、俺が学生を引率するよう、学部長から依頼された。昨年の後期に募集を開始して、直ぐに定員に達したそうだ。この研修に参加すると、フランス語の単位履修と認める事が付記されていたので、直ぐに枠が埋まったそうだ。


 俺は都内の某私立大学にて、第2外国語としてのフランス語を教えている非常勤講師だ。後、幾つかの私立大学でも教えているんだけど、何処も非常勤から専任にしてくれる処はなかった。

 本当は専門のピエール・コルネイユの悲劇を教えたいんだけれど、そんな仕事なんてある訳ないから、我慢せざるを得ない。そんな訳で、30歳を過ぎても結婚出来ず、かといって彼女もいないシングルで、上からは使い勝手の良い男と見られているんだろうな。


 航空券と参加費は大学が負担し、宿泊費と食費のみ負担すれば良いのだが、主催者が宿舎としてカトリック教会の宿舎を無料で提供する事になっているので、宿泊費は掛からず。食費は大学の旅費規程で日数分支給されるので、実質無料と説明されたんだ。俺の気持ちを押したのは、日当が日数分出るという説明を受けた後だった。

 参加学生は12名で、学科は色々だが、英語学科の学生が大半を占めているから、ある程度コミュニケーションはOKだろう、と俺は思っている。全員を引率して向かう訳ではないと説明された。或る学生の親御さんが住宅商事のフランス支社長だそうで、彼はパリの親元から参加するとの事。そして後二人の親御さんが外国系航空会社に勤務しているので、旅行代理店に一括で手配出来なかったそうだ。それで9名の学生を現地迄引率する事になった。つまり現地集合という訳だ。



 8月、前期試験が終わり、夏休みに入った某日、俺は京成上野駅に9名の学生を集めた。一番先頭の車両に乗った俺達だが、後からキャリーバッグを引く乗客が次々乗り込んで来る。どの顔もこれから向かうであろう、行く先の事を思い浮かべる顔をしている。皆、海外旅行なんだなと思いながら、出発の時間を待つ。


 定時に電車は駅を発車した。そして駅を出て車体が揺れ出すと、9人が一斉に喋り出した。競輪で例えるならば、4分線で話している。

 それにしても車内での9人の五月蠅い事と言ったら、電車に乗った途端、「何処其処の何を買う」とか、「何処の何を食べる」とか喧しい事、この上ない。まあ、初めてのフランス旅行なんだから、嬉しいのは分かる。この俺も同じ気持ちだから。しかし、良く喋るもんだ、良く話題が尽きないと感心する。

 車内の乗客の中にも、海外旅行に行くであろうトランクを持参している者もいるから、何となく車内が華やかと言うか、賑やかだ。



 成田空港には一時間強で着いた。旅行代理店のカウンターに向かい、旅行代理店の方から往復航空券をもらう。それを学生に配り、日系航空会社のカウンターで搭乗手続きをしてもらう。ここ迄は皆、素直に聞いてくれたが、往復航空券を手にすると、もうキャンキャン鳴いて、辺りをうろつき回る子犬状態になった。もうお手上げだ。

 嬉しいのは分かるが、君達中高生じゃないんだよ。一応二十歳過ぎの大人なんだから、自制してねと願ったが、無理ですね。


 相変わらず、女性は買い物や食事の話題で盛り上がっている。男性の方はと言えば、こちらも3人でグループを作り、アレコレ話し込んでいる。

 どうかこの先、何事もなくスケジュールが消化出来ますように。誰も病気やケガや事故に遭わないように。兎に角、無事に日本に戻って来られますように。俺はあらゆる事を神様にお願いした。俺のお祈りタイムは、飛行機に乗る迄続いた。

 お祈りの対象は神様で、お釈迦様ではない。現世利益を願うなら神道で、それを仏教に求めるのはお門違いというものだ。この線引きをしっかりしないと厄介ですよ。一応、念の為申し上げます。



 全員出国審査に問題なく、何とか機内に無事乗り込めた。全員エコノミークラスなので、まとまった方が良いと思っていたから、機内に入ってすぐさま俺は、シートがバラバラな学生を近くに座らせようと、キャビンアテンダントや他の乗客に無理なお願いをした。搭乗してから、こんな事をやっても上手く行く筈もなく、学生自身も俺の行動を嫌がっていた。それはそうだ。それなら、旅行代理店に申し込む段階でお願いすれば多少は融通が利いたのだが、事務局は何もやってくれなかったし、俺もそうしようとは思わなかったんだけど、搭乗前のお祈りタイムにこうした方が良いのじゃないかと閃き、実行に移したんだけど、無理だった。



 成田を飛び立って、シートベルト解除のサインが点灯した。これからパリに着く何迄、何も起こりませんように、俺は又、祈った。

 数時間して夕食の時間になり、キャビンアテンダントが夕食の配膳に回っている。これから、夕食、睡眠、朝食と進み、フランスに着く訳だ。往路が13時間、帰路が12時間で、グアムやケアンズなどと比較すると凄く長い飛行時間になる。それでも俺達の搭乗した日系の航空便は直行便なので、途中でのトランジットがない分、楽な訳なんだけどね。

 そんな事を考えている内に俺は眠ってしまった。飛行機の中では早く寝た方が退屈しないですむし、学生の面倒にも関わらなくて良さそうだし、諸々楽だ。



 学生の一人が俺の身体を揺すって、俺を安楽の世界から引き戻した。

「先生、入国手続きの書き方教えて下さい」

 何言ってるんだ? しばらくボーっとしていたら、西理恵ちゃんが俺の顔を覗き込んで、話し掛けて来た。理恵ちゃんは確か、英語学科の2回生だったな。結構美人で、愛嬌のある女性だから、大概グループの中心となるタイプだ。

「え? 何それ?」


「先生、寝ぼけてないで。入国審査のカードですよ。CAさんが朝食の後で配ったんです。先生、寝ていたから飛ばされましたよ」

 そうなんだ。俺寝ていたから、CAさん、気を使ってくれたんだ。そう思っていると、別の学生も俺の処にやって来て、入国審査カードの記入の仕方について尋ねてきた。

「先生、聞いています?」

 えっと、この子は誰だ? じっと彼女の顔を見る。そうだ、理恵ちゃんと同じ、英語学科の永岡洋子ちゃんだ。


「ご免、大丈夫。もう、はっきりしたから。入国審査カードの記入方法だね?」

「はい」

 二人が綺麗にハモった。


「これから私達はフランスに入国する訳だ。だからカードの記載はフランス語で書く事になります。君達既に初級文法は終えたから、大丈夫だよ。良く読めば簡単な単語で書かれているから、理解出来ますよ」

「先生、書いてくれない?」

 洋子ちゃんが鼻にかゝった声で俺に言った。一瞬、彼女の色香に迷った。どうしようか逡巡したんだが、それをやると、私も僕もと全員から頼まれそうだったので、涙を呑んで断った。タイミングが悪いよ、洋子ちゃん。周りに誰もいなくて、皆眠っていればやったかもね。


 二人は直ぐに諦めて、自分たちのシートに戻って行った。俺が周りを見ると、何人かの学生はテーブルを倒して、何やら書いているじゃないか。あの二人、何考えているんだ? 

 他の乗客も入国準備に忙しくしている。それを見ながら俺は少し腹が減って来た。こんな時に賤しいな俺は。そう思ったが、夕食を食べてから5、6時間は経っただろう。そんなに減っている訳じゃないんだね。何となく、そう思ったゞけだ。


プライベートな体験を基に書きました。?と思える箇所もあろうかと思いますが、多少盛ったと思えばOKかな? 否、d'accord。

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