視力を失って便器と愛し合いながら死を願う異種間恋愛エッセイ
学生時代、突然視力を失ったことがある。
この時の驚きたるや凄まじいもので。
いきなり目の前が見えなくなったのだから、それは恐ろしい。
目を開いているのに、眼の前が分からない。衝撃であった。
前兆があった。眼の前を、たくさんの星が飛び回るのだ。
なろう。☆は是非とも飛び回ってほしい。いつもありがとうございます。
現実。☆が流星群のように飛び回る。綺麗だけど嬉しくはない。何事だ。
そうして飛び回る星が消えた途端、視界を失った。
星の代わりに、強烈な光の「残像」が目の前を覆った。
みなさん、窓から太陽を眺めてください。
強烈な光を眺めると、それが残像となって眼の前に焼き付くでしょう。どうですか。目が痛いでしょう。ざまぁみろ。
そんな「残像」がどんどん広がって、視界を覆って、何も見えなくなってしまった。
焦った。
友人が目の前で心配している。それは分かるが、表情が一切分からない。
この友人は空想の産物ではない。
どうしていいか分からないけれど、とりあえず休む他ない。たたずむ。
一転。いきなり視界が開けた。全て見えるようになる。一安心。
取り戻した後。
頭が、痛い。
ガンガンガンガン痛くなる。
なんかもうたまらない。たまらなく痛い。ガンガンガンガンする。
なにより吐き気がすごい。
友人とともに、保健室へ行く。良い友人であった。空想の産物ではない。
しかし連れていかれた所で、どうしようもない。気持ち悪くて仕方がない。
保健室にて洗面器を見た途端、吐いた。限界であった。
友人の眼の前。とんでもない勢いで嘔吐した。
さながら獲物に飛びつく肉食獣のごとく。
涙目の中、友をチラ見した。――ドン引きしていた。
さながら捕食者に出会った草食獣の面持ち。
視界はもはや鮮明である。あのまま見えなきゃよかった。
吐いた後、また吐いた。
その後、またもや吐く。
胃の中は出し切っている。なのに吐く。胃液すら出てこないのに、吐く。
もう涙しか出てこない。涙を吐いているようなものである。頭はずっと痛い。
あまりに強烈な頭痛と嘔吐感。全く動けない。本当にまいった。
こんなことが、立て続けに起こるようになる。
もうたまらなく恐ろしくなって病院へ。
しこたま吐いて吐いて吐いた後、酸素マスクと点滴を受けながらまどろむ。
「きっと脳に障害があるんだ」
視力を失い、吐き続け、日常生活もまともに送れない。明らかに異常だ。
これから病院通いの生活になるのだろう。開頭手術しなきゃかも。さようなら青春。
先生の診断が、下る。
「偏頭痛ですね」
偏頭痛!!!!!!!11
よく聞く奴!!!!!! 助かった!!!!!!!
レントゲンも撮った!!!!!! 腫瘍とかはない!!!!!
よかったあ!!!!!!!!1
まったくよくない。辛い。苦しい。死にたい。地獄としか思えない。
誇張抜きにして、本当に死にたくなるぐらい辛い。延々と続く吐き気が辛い。
何も出ないのに吐くことの辛さ。果たして何を吐いているというのか。
それは涙である。これはさっき言った。言い回しが気に入りました。
私は涙を吐いているのです。うーん詩的。
発作が起きたら最後。数時間はトイレにしがみつかねばならない。最早伴侶である。白くて冷たい肌――雪女が便器に変じたのかもしれない。そう思うと多少は気が紛れる。全く紛れない。
雪女(便器)と愛し合った後も、まともに動ける訳はない。確実に二日は無駄にする。
この凶悪過ぎる嘔吐感と生涯付き合わざるを得ぬという現実。本当に泣きたくなってくる。
一度、勢いつきすぎて鼻から嘔吐した。惨めであった。見られていたら「鼻ゲロマン」とか呼ばれていたかもしれない。M-1連覇できそう。
それにしたって、なんか思ってた偏頭痛と全然違う。こんな苦しいだなんて聞いてない。
そもそも偏頭痛とはなんなのか。
脳の血管。これがなんらかの「アレ」で収縮する。
この「アレ」が厄介。個人差が大きいらしく、一人ひとり原因が異なるらしい。
とにもかくにも、この収縮時に視界の異変が生じる場合がある。
この際の症状を「閃輝暗点」という。必殺技みたいでかっこいいですね。
芥川龍之介の『歯車』。
作中にて表現される、眼前を覆う「歯車」は閃輝暗点の描写とされている。
自分の場合はギザギザした歯車ではなく、太陽の眩しさであった。異邦人の方である。誰かを殺さねばならない。殺せる相手もいないので大人しくしている。
縮んだ血管は、膨張する。この時、偏頭痛の痛みが発生する。
しぼんだら、何故かふくらむのだ。いらぬ帳尻合わせ。無駄に律儀な奴らだ。
かくして彼らは生真面目さを以って、主人を苦しめるのである。くるしい。
(注1:偏頭痛のメカニズムは諸説あるらしいです。インターネットがそう言っていました)
(注2:他の説も書こうと思ったんですけど、むずかしくてよくわかんなかったです。インターネットに聞いて下さい)
当時、偏頭痛にまつわる話もあれこれ調べた。
特に、同じ症状で苦しんでいる人達の話は慰めとなった。
歴史上の偉人にも結構いる。偉い人達ですら苦しんでいるんだから、自分が苦しむのもしょうがない。
芥川だってそうだ。『歯車』は生涯の愛読書となった。今までに二回も読んだ。内容は忘れた。
偏頭痛を調べている中で、こんな面白い話も見つけた。
複数のサイトに載っていた文言。
「偏頭痛持ちは脳が過敏であることから、頭の良い人が多いらしいです!」
なるほど~~~。たしかに~~~。
言われてみれば、頭が良かった気がしてくる。
小学生の頃、九九における最高難度「七の段」をマスターしてみせたことがある。七々四十九。
「ごんぎつね」を噛まずに音読したこともあったし、円周率は3.1415まで暗唱できてしまう。
インターネットには真実しか書かれていないので、頭が良いというのは真実に違いない。紛うことなき真実によって自尊心を満たしつつ、原因の特定を始めた。
運動中によく起こったことに気付く。そういえば水を一切飲んでいなかった。
脱水は要因としてあるようだ。それから水をいっぱい飲むようになった。
ストレスに睡眠不足、肩こりなんかも原因となるらしい。全て当てはまる。
いっぱい寝て、肩をほぐす。ストレスはどうだろう。どうにもならない。捨て置く。
年を経ると症状が収まる場合もあるとか。
思春期の身。己が年を取るなどとは想像しづらい。
しかしこの辛さが収まるならいくらでも老いよう、そう思った。
頭痛が治るのであれば、無一文になってもいいとさえ思っていた。老いるぐらいがなんだ。
これらの対策をもって、未来に希望を託した。
淡い期待とともに。どうか治ってほしい、と――。
治った。
「なおるんかい」
なんか思いの外すぐ治った。色々気をつけていたらすぐであった。
いつでも発作の可能性はあるのだろうけれど、今やお付き合いもめっきりご無沙汰である。
恐らく、水分補給が効いている。お水だいすき。異世界転生したら水属性キャラになります。
こうして偏頭痛もおこらず、平穏な生活を送っている今であるが。
ふと、当時調べていたある情報を思い出す。
インターネットが言っていた、あの真実。
「偏頭痛持ちは脳が過敏であることから、頭の良い人が多いらしいです!」
偏頭痛。
治っている。
「頭悪くなってるのか……」
そういうことらしい。
確かに年々、頭が悪くなっている気がする。
八の段でつっかえるし、ごんぎつねの内容は思い出せないし、一度買った漫画をまた買いそうになるし、「場末」を「ばまつ」って読んじゃうし、第九の作曲者をモーツァルトだと思ってたし、今が令和何年かよくわかんないし。
あんなにも優秀だった自分の脳も、劣化してしまった。
嘘をつきました。
頭が良かった時期があったのかと問われればもう黙る他ありません。
悪かった頭が、一層悪くなった。それだけのことであった。どうしようもないですよもう。インターネットには嘘と陰謀論しか書かれていませんよ。ほあああ。
「お水おいしいな」
一層悪くなった頭で、お水を飲む毎日である。
しかし悪い頭が一層悪くなったことで、死にたくなる嘔吐感はなくなった。
はずだったのに。
「おええぇえああんんああ」
今でも雪女(便器)と仲睦まじく愛を育んでいる。
白い肌を抱え、顔を突っ込んでは、オエーオエーやっている。
何故?
「お酒おいしいな」
酒であった。
水を飲むようになったが、いずれ酒も飲むようになった。
水を飲むことで偏頭痛はなくなったが、酒を飲むことで似たような状況になっている。どうしたことだ。
「これはいけない」
酒を飲むということ。
偏頭痛以上に、貴重な時間を失っている。
毎晩毎晩、酩酊した頭でぼんやりするだけ。こんなに無駄なことはない。二日酔いが起ころうものならもっと無駄になる。
積み重ねれば、どれほどの損失になるだろう。執筆時間だって削られている。せっかく見つけた趣味なのに。
これじゃあ、収縮膨張をやめてくれた脳血管さん達だって甲斐がない。
偏頭痛で吐き続けた過去。
酒で吐いている現在。
未来は、どうだ。
「禁酒しよう」
二度と、飲まない。
酒に費やしていた時間を、全て有意義なことに当てていこう。
雪女さんとはもうお別れ。今後は下半身だけのお付き合いにしていきたい。
なんて最低な言葉だ。
二日酔いで悶えている時、偏頭痛で苦しんでいたことを思い出して。
現状と過去を省みながら、禁酒を固く決意した。
そんな所信表明エッセイでした。
そうして書き終えようとしているこの一連の文章は。
酒を飲みながら、書いている。
やはり頭が悪くなっている。
【終】