5話
「──ここだ」
ごろつきの男が顎で建物を指す。目の前にはボロい3階建ての建物があった。
扉を開けて建物に入ると、埃っぽさが鼻につく。
「ブローチは3階にある。さっさと行こうぜ」
勝ち誇った様な笑みを浮かべるごろつきの男。なんとなく魂胆は予想できたが、俺は黙ってネルと共についていく。
3階の部屋の扉を開けると、そこには五人の男がいた。
「おい! 助けてくれ!」
ごろつきの男が叫ぶ。中にいた男たちは各々武器を手に取り、ゾロゾロと近づいてくる。
「なっ!? お前、騙したのか!?」
ネルがごろつきの男に叫ぶ。
「馬鹿が! 騙される方が悪いんだよ!」
男は手を縛られたまま、五人の方へと駆け寄っていった。
「くそっ! おいアレン! 逃げよう!」
ネルが俺を引っ張ろうとする。だが、俺は別にそんな気は一切ない。
「なんでだ? ここにブローチがあるんだろ?」
「で、でも。ここにいたら」
「安心しろよ。協力してやるって言ったろ?」
ネルと話していると、一人の男がナイフを構えて走ってくる。
俺はその男の腕を掴み、肘を起点にナイフの向きを変えた。
「ぎゃぁあ!」
ナイフは男の肩口に突き刺さり、悲鳴があがる。
「あれ? 思ったより深く刺さらなかったな。あ、さてはお前、本気で刺す気なかったろ?」
ナイフが刺さった男に問いかけるが、痛みで声が聞こえていないのか何も答えない。
「馬鹿だなぁ。脅すためだけに刃物なんか向けたら、利用されるに決まってるだろ?」
突き刺さったナイフの柄頭にデコピンをしてやると、男は床でのたうち回る。肩にちょっと穴が出来たくらいで大袈裟な男だ。
「アレン……あ、あんた一体何者なんだ……?」
「あー。ネル。ちょっと離れてろよ。暇つぶしにもならなそうだけど、刃を向けられたらちゃんと返してやるのが礼儀だ」
俺は手斧やらナイフやらを持つ男たちに近づいていく。別にこの程度の奴らなら剣を抜く必要も無さそうだ。
「く、来るんじゃねえ!」
そのうちの一人が震える手でナイフを向けてくるが、殺意が無いのがバレバレである。
ナイフを持った手を下から掌底でかち上げ、男の股間を蹴り上げる。
そして手斧を持った男の腕を掴んで地面に引き倒した。
「は、離せっ……っぎ、ぎぁあ!」
そのまま肩の骨を抜いてやると、地面に転がった手斧を拾い、クルクルと手の中で回して遊ぶ。
「お、おい……お前、なにが目的だ?」
リーダーなのだろうか。スキンヘッドの男が吃りながら問いかけてくる。
「ブローチ」
「あ、あん?」
「ブローチ奪ったんだろ? 返してくれるか?」
「それを返したら……見逃してくれんのか?」
リーダーなだけにいい判断力だ。
別に個人的に恨みも無いし、このチンピラどもも大して脅威になる様な奴らでは無さそうだ。
俺は手斧を地面に落として口を開く。
「返してくれるならな。あ、あとは人探しをしてるから、ちょっと質問させてもらうくらいか?」
「わかった……ちょっと待ってろ」
「おい団長!?」
ここまで案内してくれたごろつきの男が、信じられないと言った風にリーダーの男に問いかける。
「黙ってろこの馬鹿野郎っ……なんてやつを連れてきてんだ。あの白髪に、黒い瞳。間違いねえ。ウェストールの不死鳥だ」
「な、あ、あの不死鳥? ウェストールの英雄?」
ごろつきの男は、俺をまじまじと見ながら信じられないと言った風に口を開閉する。
「その呼び方やめてくれないか……?」
「あんたあのアレン・フェニクスだったのか?」
ネルも驚いた様子で質問してくるが、それにはちらりと視線を向けるだけで俺はため息をついた。
「……さっさと持ってきてくれよブローチ。じゃないとまた暴れたくなっちまうだろ?」
「か、勘弁してくれっ……おい! グスマン! さっさと持って来い!」
「は、はい!」
冗談のつもりだったのだが、あまりウケなかったようだ。
――――――――――
「ほれ」
受け取ったブローチをネルに手渡すと、彼は嬉しそうに目を輝かせた。
「団長とやら。ちょっと聞いてもいいか?」
「……なんだ?」
「クリス・ハイネルが今どこにいるか知らないか?」
「男爵家の長男か? この時間だったら賭場にいると思うが」
「それってどこにあるんだ?」
「ここからはそう遠くはねえ……この建物の三つ向こうの通りだ」
「ありがとよ。じゃあ行こうぜネル」
「あ、うん」
俺とネルが出て行こうとすると、露骨に後ろから安堵した様なため息が聞こえた。
「あ、そうだ。ネルとその友達って子に報復とか考えるなよ?」
「……」
「報復は新たな報復を呼ぶ。意味わかるよな?」
「あ、ああ。わかった。全員に伝えておく」
そのままごろつき達のアジトを出て、俺は深呼吸をする。
「いや、埃っぽい場所だったなあ。掃除するやつとか一人くらいおらんもんかね?」
「……」
ネルを見るが、彼はちらちらと俺の方を窺うのみで何も言わない。
「どうしたんだよ。さっきまではあんなに威勢がよかったのに」
「い、いや。それはあんたの事知らなかったから……」
「俺ってそんなに有名なのか? 困ったな。変装でもした方がいいか」
「なんで、あんたみたいな人がこの街にいるんだ?」
俺の軽口を無視して、ネルはそう聞いてきた。
「ここは俺の故郷なんだよ。一応これでもハイネル男爵家の次男坊なんだぞ?」
「そ、そうだったのか。いや、号外やら噂やらであんたの事を知ったんだけど、ここが故郷だとは知らなかったから」
「噂かあ。想像するのも嫌になるな」
「……この街にはどれくらいいるんだ?」
ネルの質問に俺は考える。
「あと二日三日くらいかな?」
「そのあとは軍に戻るんだよな?」
「いや、軍は辞めたぞ?」
「え、ええ!? なんでだよ!」
どうして皆して俺が退役したと聞くと驚くのだろうか。俺はそんなに争い事が好きな様に見えるのか。
「旅がしたくてな。俺は平和主義なんだよ」
「噂だと、戦争が大好きで、撤退しようとした指揮官を殺したって聞いたけど……」
「そりゃ、噂に尾ひれがついてる。当時は敵前逃亡は死罪だったから、仕方なく苦しまない様に殺してやっただけだよ」
俺の言葉にネルは苦笑いを浮かべる。
「……それを何でもない風に言うのも十分怖いけど、少し安心したよ。僕の想像していたアレンは、もっと話の通じない人だと思ってたから……」
「どんな想像をしてたんだよ。まあ、いいや。とりあえず友達に会いに行ってやれよ。あ、俺の話は出すなよ?」
「それはどうしてだ? 助けてくれたのに、そんな恩知らずな真似は僕もエミリーもできない」
「これ以上いらん噂が広がるのは嫌なんだよ。とにかく頼んだぞ。じゃあ俺はもう行くから」
「あ、ま、待ってくれアレン!」
「なんだ?」
「う、あ、そ、その。街を出る前に、もう一度会えないか?」
ネルの言葉を聞いて、俺は友達という言葉が頭に浮かんだ。
戦争の時は毎日誰かしらが死んでいた。前線は特に人の出入りが激しかったし、友人になる前に別れる事が多かった。
だから、ネルがもう一度会いたいと言ってくれたのは嬉しかった。
「ああ。勿論だ。必ず会おうぜ」
「僕の家は宿屋をやってるんだ。小鳥の休憩所っていう宿だから、絶対来てくれよ!」
俺は背中越しに手を振りながら、ネルと別れた。