2話
俺は屋敷に入ると、鼻歌を口ずさみながら階段を上がっていく。
そのまま驚いて固まっている使用人たちを無視して、執務室へと向かう。格調高い扉の前で立ち止まると、足に魔法をかけて蹴り飛ばす。
轟音を立てて部屋の中へと雪崩れ込んでいく扉の残骸。
部屋の中からは驚きに満ちた悲鳴が上がった
「じゃあシャーリーはまた後でな。俺はちょっと父さんに用事があるから」
「はい……アレン様」
笑顔で手を振って見送ると、俺は部屋の中へと足を踏み入れた。
「お邪魔します。っと。よう? 久しぶりだな父さん」
「お、お前……あ、アレンか?」
久しぶりに父親の顔を見たが、少し老けた様に見える。
「ああ。愛しの息子が帰ってきたぞ。それにしても、ぺらぺらの扉だな。もう少し高いのに買えたらどうだ?」
執務室の客人用ソファーにどっかりと腰を下ろす。このソファーは高級家具で中々座り心地がいい。6年前は触れただけで折檻されたものだ。
「お前……一体どういうつもりだ!?」
「どういうつもりも何も両手が塞がってたからさ」
部屋の前まではシャーリーをお姫様抱っこしながらやって来たのだ。どうやって扉を開けろというのか。
「……お前の話は聞いている。どうやらウェストールで十分な活躍をしたようだな……」
「おかげさまでね。まあ、何度も死ぬ様な思いをしたけどな」
「その髪の色はなんだ……?」
「頭皮は何度も焼け爛れたからな。それを回復魔法で治してたらいつの間にかメラニン色素が仕事しなくなっちゃったんだよ。まあ、ストレスもあんのかな? よくわからんけど」
「……私を……恨んでいるのか?」
「うーん。恨んでるってのとはちょっと違うな。まあ俺が戦争に行ってる間に兵役支援金も受け取ってたみたいだし、その金を返してもらいたいってのがまず一つ」
俺の言葉に父親は額に冷や汗を垂らしている。
昔はあれほど父親の存在が恐ろしかったが、今ではどうだろう。ただのくたびれたおっさんにしか見えないから不思議だ。
「……支援金だと? そんなものはとっくにない」
「ああ。使い込んじまったのか? まあいいけどな。無理やり回収させてもらうし」
俺は腰の剣を抜き放ち、それを投げつける。
「ぐぅあぁぁあ!」
ダン、と音を立てた剣は寸分違わず父親の足を地面に縫い付ける。
「旦那様! どうなさいましたか!?」
父親の悲鳴を聞いて、一人の男が執務室に入ってくる。家の執事で、父親にとっては秘書みたいなものだ。
「ああ。そこを動くなよ? 一秒あれば二人とも殺せる」
「……これは一体……まさかアレン坊ちゃんなのですか?」
「そういや、お前にも昔は散々皮肉を言われたよな」
俺は魔法を使い、肩から先の腕力を強化する。そのまま座っていた高級ソファーを片手で持ち上げ、執事の男を上から叩き潰す。
「あ……あ」
頭から流血し、潰れたカエルの様に地面に伏せる執事。その上に覆い被さったままのソファへと座り直し、俺は父親を見る。
「うっぐ……わ、わかった。金は渡すっ……」
地面に足を縫い付けられたまま、執務室の棚から金の入った袋を出した父親。それを受け取って振ってみると、金貨の音がした。
「なんだ。ちゃんとあるじゃん」
「……これで満足か?」
「そんなに怯えるなよ。あんたを殺す気はないから安心してくれ。それより聞きたいことがあるんだよ」
「な、なんだ?」
「シャーリーの手にまだ新しい傷があったんだよ。誰がやったんだ? 大体予想はついてるんだが」
俺は父親に近づいて、足を貫いたままの剣の柄を握る。
「それはっ……」
「流石に自分の愛した女は売れないか? じゃあ仕方ないな」
俺は握った剣をぐりぐりと回転させる。
「あぅがぁぁあ!!」
「痛いだろ? 言えば楽になるぜ」
「イザベラがっ……イザベラがやった!」
「それでいいんだよお利口さん」
俺は剣を引き抜いて、血を払うために数回振る。
「ああそうだ。シャーリーなんだけど俺が連れて行ってもいいかな? 家族のために戦争に行ったお礼ってわけじゃないけど、それくらい許してくれてもいいよな?」
「くっ……あの女を連れていけば……イザベラが」
「はっはっは。母さんだったら心配するなよ。ちゃんと、俺が説得するからさ。それより足痛いだろ? 治してやるよ」
父親の足に魔法を使い、完全に傷跡を無くす。
「……こんなことをして、後でどうなるかわかっているんだろうなっ?」
「後先なんて考える余裕は戦場ではなかったからなあ。因みにどうなるんだ?」
「うちの騎士団は精鋭揃いだっ……。せいぜい震えて眠るんだな……攻撃魔法も使えない出来損ないめが」
「騎士かあ。いやあいいね。騎士を殺したことはないからさ。楽しみにしてるよ」
俺は帰りがけにソファの下敷きになった執事を引きずりだし、回復魔法をかけてから部屋を出た。
そして、聞き忘れていたことを思い出し、部屋のなかに顔だけ覗かせる。
「そういえば母さんはどこにいんだ?」
「……教えると思うか?」
「じゃあいいや。自分で探すよ」
金輪際会うことはないだろう。復讐としてはぬるいが、父親には兵役に行かされた事と、あとは口汚く罵られた事くらいしかない。
真の復讐はここからだ。
「母さーん。どこにいるんだー? 可愛い息子が帰ってきたぜー?」
大きな声を出しながら屋敷を練り歩く。
俺の顔を見て使用人たちは怯えて後退りをする。
「あ、メイド長。いいところにきた。喉乾いたからお茶淹れてくれるか?」
「あ、あ……アレン様……お、お久しぶりです」
「久しぶり。じゃ、俺は客室で待ってるから。あ、あと母さん見つけたら俺が会いたがってたって伝えといてくれる?」
「しょ、承知しました……少々、お待ちください」
お茶なんていつぶりだろう。茶菓子は何が出てくるんだろうか。久しぶりの甘味にうきうきしたまま、俺は客室へと歩いていく。
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