1話
第一話
凱旋式やら戦勝記念パーティが終わった後、俺は王都から逃げる様に実家へと向かった。
王都にいると貴族連中や、果てには王族までもが話を聞かせてくれとうるさいのだ。ただの戦時大隊長の話なんて、聞いても面白くもないはずなのに。
まあ、そこは一緒にいてくれたレイチェルが対応してくれたおかげで、余計な時間もかけずに王都を抜け出せたのだが。
本当にレイチェルには頭が上がらない。戦勝記念パーティでは押し寄せる令嬢を避けるために、一緒にダンスまで踊ってもらった。
王都の人間は俺のことを英雄だと囃し立てたが、俺からしてみればレイチェルこそが本物の英雄だ。
何せ未だに女性に風当たりが強い軍で指揮官として戦場に君臨し、巷では軍神などと呼ばれているのだから。
「お客さん。着いたよ」
「おう。ありがとさん」
御者に言われて、馬車から降りると、目の前には懐かしい風景が広がっていた。
「おー。変わらないなあ。ここは」
小さな街の門を目の前にして、俺は感慨深い気持ちになった。
なにせ6年もの間離れていた故郷だ。
「この街にはなんの用だ?」
門番に問われ、俺は身分を証明する書類を見せる。
「……アレン・ハイネル……フェニクス……? フェニクス!? 本物ですか?」
俺は王様からありがたいことに一代限りの名誉騎士爵とフェニクスの名を頂いた。感謝の気持ちに俺は王都の銅像を破壊してきた。
それよりも今はこっちだ。証明書と俺の顔を交互に見る門番に、俺は疑問に思って問いかけた。
「本物って何がだ?」
「い、いえ。まさか、ウェストールの英雄がこんなところにいらっしゃるとは……」
街の門番にまで名前を知られていると知って、俺は頭が痛くなった。
「英雄ってのは間違いだけど、俺のことを知ってるんだな?」
「は、はい。王都の号外がこの街にも広がっているので」
「ああ。そういうことか。ってか号外に乗ってるのか俺?」
「それはまあ、一面に」
「……ふうん。まあいいや。とりあえず通してくれるか?」
「は、はい!」
門番は慣れない軍隊式の敬礼を行い、素早く門を開けるために走っていく。
「こりゃめんどくさい事になったな」
俺は目立つのは嫌いだ。それに、この街にまで俺の名前が知れ渡っているとなると、当然家族の耳にも入っているだろう。
「人知れず帰って暴れてやろうと思ってたのになぁ」
両親の前で兄をボコボコにして雲隠れしてやればいいや、と思っていたのに、そうもいかなくなった。俺のことを知っている人間がいるということは、あまりに無体な真似をするとバレて指名手配される可能性がある。
「ふむ……」
俺は門が開くのを見ながら考える。
「まあいいか。別に追われても。あんまりしつこかったら殺して別の国に行きゃいいや」
俺の手元には山ほどの金があるのだ。
「ようし。一丁挨拶しにいくか」
――――――――――
「たのもー!」
一つの屋敷の前で、俺は大声を張り上げる。
門が開けられ、中からメイドが出てきた。
「どなたでしょうか?」
メイドは俺のことがわからないらしい。まあそれも仕方がない。何故ならここに住んでいた時は体格も小柄な子供だったし、髪の色も黒かった。
「よ。久しぶり」
怪訝な顔をするメイドに手を上げて挨拶をすると、彼女は目を凝らす様にこちらを見る。
「あ……もしかして、アレン様ですか?」
口元に手をやって驚くメイド。彼女のことは覚えている。屋敷の中で唯一と言っていいほど俺に優しかったメイドだからだ。
「帰ってきたぞシャーリー!」
「ちょ、アレン様!? ほ、本当にアレン様なんですか!?」
シャーリーの腰を掴んで持ち上げ、くるくると回転すると彼女は驚きに目を丸くした。
昔はむしろ俺が抱き上げてもらっていた立場だったが、あれほど大きく見えたシャーリーが今ではとても小柄に見えた。
「そうだよ。6年ぶりだな。ていうかまだ屋敷で働いてたんだな」
「本当に……アレン様なんですね……。うっ……久しぶりに会えて、なんだか夢みたいです」
流れる涙を拭う様に目元を擦るシャーリーを見て、俺はようやく帰ってきたのだと実感した。
「それよりシャーリー。クリスは?」
「クリス様でしたら、街に繰り出しておいでです。いつもと同じだったら帰ってくるのは夜になるかと」
「ううん。夜まで待ちたくねえなあ。めんどくさいし、火をつければ飛んで帰ってくるかな?」
「あ、アレン様? それは屋敷に火をつけるってことですか……?」
「はっは。冗談だよ。中には父さんと母さんもいるんだろ? まずは……顔合わせしないとな」
「あ、それでしたら、私がお伝えしてまいります!」
「ちょっと待ってくれ」
走り出そうとするシャーリーの肩を掴み、そのまま持ち上げてお姫様だっこをする。
「ちょ、アレン様!? 何をするんですか!?」
「まあまあ。久しぶりに会えて嬉しいんだよ俺は。だから一緒に行こうぜ」
「で、でもこんな……」
「軽いなあシャーリーは。ちゃんと飯食ってるか?」
腕の中にいるシャーリーを覗き込むと、彼女は顔を真っ赤に染めて目を逸らす。
「み、見ないで。というか降ろしてください……恥ずかしいです」
シャーリーの手を見ると、赤ぎれやささくれで傷だらけだった。それに加えて鞭の痕のようなものもある。
「いまだに母さんにやられてるのか?」
「あ、いえ。これは私が失敗したのが悪いんです」
恥ずかしがる様に手を隠そうとするシャーリーに、俺は回復魔法を使う。
「え、あ、何これ?」
「もう痛くないだろ?」
「もしかして、回復魔法を使ってくれたんですか?」
シャーリーは信じられないといった風に俺を見る。
「そうだけど。迷惑だったか?」
「迷惑なんてそんなっ……。そうじゃなくて、アレン様は昔もこうして私に魔法を使ってくれたなって思って」
シャーリーはよく俺の母親に手を鞭で打たれていた。単なる八つ当たりにしか見えなかったが、シャーリーは自分が悪いのだとそれに文句も言わなかった。
そこで俺は練習していた回復魔法をシャーリーに時々使っていた。まあ、あの時の俺の魔法は今と比べると気休め程度だったが、シャーリーはそれを覚えていてくれたらしい。
「シャーリーに会えただけでも帰ってきた甲斐があったなあ」
「そ、そんな事言わないでください! 旦那様や奥様も、アレン様の帰りを心待ちにしておりましたよ?」
その言葉を聞いて俺は笑いが止まらなかった。
「俺も会いたくて会いたくて、仕方がなかったさ」