プロローグ
プロローグ
血と砂塵に塗れた西部ウェストール戦役。
そこで転生者の俺はおよそ6年もの間、生き残ってきた。
俺が持っていたのは回復魔法と、常人とは桁違いの魔力だけだった。
元々は負傷兵を治す後方支援だったが、いつの間にか前線へと配置されていた。
俺は戦況を動かす攻撃魔法は使えず、回復魔法と一本の剣のみを駆使して戦争を生き抜いてきた。
幸いにも回復魔法は人よりも上手く扱えたおかげで、死んでしまうような怪我をしてもしぶとく生き延びてきた。
これまで戦争を終わらせるために自分にできることはなんでもやった。
山ほど傷を負い、その数の十倍の敵を殺した。
大量の油を抱えて敵陣に突っ込んで行った事もあれば、泣き喚く部下に手足を切り落とさせて、敵の負傷兵に紛れて将校の首を取った事もあった。
俺は攻撃魔法が使えない分、火と油を使った焦土作戦をよく取った。
火傷は即死しにくい。厄介な負傷兵を作り出す事もできる上に、広大な面積に被害を齎すことができるためだ。
火は兵糧をダメにすることも出来るし、簡易拠点を燃やすことも出来る便利な攻撃である。
そういえば馬の尻尾に火をつけた事もあったか。
そんな事を続けていたら、豪炎の中からいつも一人だけ生還する俺は不死鳥などという異名を着せられる事になり、挙げ句の果てにはどんどんと階級が上がっていった。
最終的に戦時大隊長までになったが、俺が優秀なわけではなく、上の人間が次々に死んでいったのが理由だろう。
不死鳥と呼ばれる俺に敵だけではなく、味方でさえも恐怖した。
俺はその恐怖心さえも戦争に利用し、数多の屍を築いてきた。
そうやって、際限なく敵を殺し、傷を負った味方を治療する日々を続けていたら、いつの間にか戦争は終わっていた。
――――――――――――
「よくやってくれた。不死鳥殿」
目の前にいるのは軍服を着た女性軍団長だ。確か3年前にウェストール戦役の指揮官に任命されて、それからたびたび顔を合わせてきた。
真っ黒い長髪を束ねた、切れ長の瞳を持つクールビューティである。
名前は確かレイチェル・グランレイだったか?
「あー。その呼び方やめてください。レイチェル・グランレイ殿。もう戦争は終わったんですから」
戦争中はどこに行っても不死鳥と呼ばれ、もううんざりしていた。別に俺は不死身というわけではないし、そう呼ばれるたびに期待に応えようと思ってしなくていい無茶を強いられた。
「あ、そ、そうか。ではアレン殿。これからの事は考えているのか?」
俺の名前はアレン・ハイネルという。貴族とは名ばかりの男爵家の次男だ。
「そうですねー。うーん。まあ、一旦は退役して旅行でもしようかなって思ってます」
「りょ、旅行? いや、少しの間休暇を楽しむのは責められる事ではないが……そのあとは? もちろん軍に戻ってくるんだよな?」
「そのあと? 別に考えてませんけど」
「ええ……? 君はウェストール戦役の英雄なんだぞ? 軍にいればそれ相応の待遇も受けられるし、民も英雄が国のためにこれからも戦ってくれることを期待しているのだが……」
レイチェルの言葉に俺は頬をかく。
「いや、やっぱり戦争とか向いてないと思うんで」
「──君が向いてなかったら、誰が向いていると言うんだ!?」
いきなり机を叩いたレイチェルに、俺は少し動揺した。
「もしかして何か怒らせちゃいましたか? 悪気はないので軍罰だけは勘弁を……」
「はぁぁあ……」
クソでかいため息をついたレイチェルに戦々恐々としていると、彼女は真剣な顔をして言ってきた。
「君は我が国の宝だ。誰がなんと言おうと、私は君がいたからこの戦争に勝つことができたとさえ思っている。前線にいた兵達も、私なんかより君を信頼している事だろう」
「まあ山ほど殺しましたからね。けど、俺のおかげっていうのは大袈裟ですよ。優秀な指揮官、勇敢な兵達の奮闘による成果です」
「前々から思っていたが、君はなんでそんなに自分の価値を低く見積もるんだ……?」
そんなつもりは一切なかった。なにせ俺も死ぬ様な思いをしながら戦場にいたのだから。だがそれは山ほどもらえる報奨金だけで十分であり、名声の類は一切いらなかった。
「まあ、俺は攻撃魔法を使えないので。戦略的攻撃魔法を使えるレイチェルさんの方が断然価値があると思いますよ?」
「君は……回復魔法の常識を知らないのか? 誰が、全身火傷を負った状態で瞬時に回復できるんだ?」
「ああ。あれはコツがあるんですよ。先に怪我を受けた部分を自動で治療する術式をかけておいて、致命傷になりうる傷だけ高度回復魔法をかけて治療するんです。全身火傷の場合だとまずは呼吸器系が塞がれるので──」
「わ、わかった。もういい。それより、退役の件に戻ろう。どうか考え直してくれないだろうか?」
せっかく回復魔法の真髄を教えてやろうと思ったのに、レイチェルは手を振って話を無理矢理に中断させた。
ここからが面白いところだというのにつれない上司である。
「俺は戦争が嫌いなんですよ。そもそも実家に無理やり兵役に行かされただけで、元々は臆病なんですから」
「臆病だと言うやつがどうして単身で敵将軍の首を狙いにいくのか、私にはさっぱりわからないが」
「それは早く戦争を終わらせたかったからに決まってるでしょう? とにかく、俺はもう戦争やら軍は懲り懲りなんですよ。このままダラダラしながら余生を過ごしたいと思ってます」
「君は今幾つだったか?」
「兵役に行かされたのが14の時なんで、ちょうど20歳ですかね? あれ? 誕生日来てたかな?」
「……20歳でそんな隠居した爺の様な事を言い始めるなんて……よほど過酷だったんだな」
なんか勝手に勘違いしてくれているようだ。爺と言われたのは少しむかついたが、これ以上在籍を求められないならそれでいい。
「まあ。髪も真っ白になっちゃいましたしね」
「……昔は黒髪だったのだったか?」
「はい。レイチェル軍団長ほど綺麗な黒髪ではなかったですが、まあ今の髪色も気に入ってますよ。なんかカッコいいじゃないですか」
「かっこいい……か。私も今まで様々な豪傑たちを目の前にしてきたが、その中でも君は並外れて変わり者だな」
「はは。そんな褒めないでください」
「褒めてないんだが……」
美人な上に優秀なレイチェルにそんな事を言われると少し照れくさいと感じたが、どうやら俺の勘違いの様だ。
「まあ、もしかしたらまた国のために一肌脱ぐかぁ、と思う事もあるかもしれません。ですので、今はとりあえず受理してくれませんかね?」
「……仕方ないな……わかった。だが、この後控えている戦勝記念パーティには参加してもらうからそのつもりでいろ」
「はい。それじゃ」
恭しく敬礼をしてから司令室を出ると、俺はスキップをする。
やっとだ。やっと軍と戦争から逃れることができた。これで自堕落な生活をいくらでもできるし、気になっていた旅行もすることができる。
飛び上がらん程の希望を胸に、俺は兵舎の中を歩いていた。が、足を止める。
「……ああ。そういや、あいつらには少しお灸を据えてやらねえとな」
兄の代わりに俺を兵役に送った実家を思い浮かべる。金と名誉の事しか頭にない父親と、長男至上主義の母親。そして、攻撃魔法の才能が無かった俺を散々虐めてくれた兄。
「はっはっは。楽しみで仕方がないな。ぶちのめしに行ってやるからよ……首洗って待ってろよ」